オグニェン・ヴコイェヴィッチ

オグニェン・ヴコイェヴィッチ(Ognjen Vukojević, 1983年12月20日 - )は、クロアチア(旧ユーゴスラビア)・ビェロヴァル出身の元同国代表サッカー選手。現役時代のポジションは守備的ミッドフィールダー。

オグニェン・ヴコイェヴィッチ
ディナモ・キエフ時代(2011年)
名前
ラテン文字 Ognjen Vukojević
基本情報
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
生年月日 (1983-12-20) 1983年12月20日(40歳)
出身地 ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ビェロヴァル
身長 184cm
体重 76kg
選手情報
ポジション MF (DMF)
利き足 右足
ユース
クロアチアの旗 ムラドスト・ジュドラロヴィ
クロアチアの旗 ビェロヴァル
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2001-2003 クロアチアの旗 ビェロヴァル 7 (0)
2003-2005 クロアチアの旗 スラヴェン・ベルポ 53 (5)
2005 ベルギーの旗 リールセ 9 (0)
2006-2008 クロアチアの旗 ディナモ・ザグレブ 66 (11)
2008-2015 ウクライナの旗 ディナモ・キエフ 141 (10)
2013 →ロシアの旗 スパルタク・モスクワ (loan) 9 (0)
2014-2015 →クロアチアの旗 ディナモ・ザグレブ (loan) 17 (0)
2015-2017 オーストリアの旗 アウストリア・ヴィーン 22 (1)
2001-2017 通算 324 (27)
代表歴2
2003-2005 クロアチアの旗 クロアチア U-21 17 (3)
2007-2014 クロアチアの旗 クロアチア 55 (4)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年8月14日現在。
2. 2016年7月7日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

経歴

初期

NKムラドスト・ジュドラロヴィでサッカーを始め[1]、NKビェロヴァルを経て、2003年にNKスラヴェン・ベルポでプロキャリアを開始した。2005年にベルギー1部のリールセSKと契約するも出場機会はあまりなく、同年12月にクロアチアへ帰国しNKディナモ・ザグレブと契約を締結した。

ディナモ・ザグレブ

2006年3月4日のNKメジムリェ戦(ホーム3-0勝利)で移籍後初出場を飾って以降、同2006-07シーズンに地位を確立し、そのプレースタイルから度々"ディナモ(もしくはクロアチア)のガットゥーゾ"の愛称で呼ばれた[2]。また、欧州カップ戦ではUEFAチャンピオンズリーグ 2006-07予選のFKエクラナス戦とアーセナルFC戦との4試合、UEFAカップ2006-07・1回戦のAJオセール戦との2試合の全6試合中全試合に出場し、うちエクラナス戦(ホーム5-2勝利)で1得点を挙げた。

翌2007-08シーズンは、UEFAチャンピオンズリーグ 2007-08予選6試合、UEFAカップ 2007-086試合の全12試合中全試合に出場。前者ではNKドムジャレ戦とヴェルダー・ブレーメン戦、後者ではSKブラン戦(アウェイ1-2敗北)の同点弾とスタッド・レンヌ戦(アウェイ1-1)の先制点と、それぞれ1得点を挙げた。国内リーグ戦の方では29試合11得点を挙げ、クラブの3連覇に貢献。また、国内カップ戦では2連覇を達成した。

ディナモ・キエフ

2008年5月26日にFCディナモ・キエフと5年契約を締結[3]。7月19日のFCイリチヴェツ・マリウポリ戦(ホーム2-0勝利)でリーグ戦初出場を飾ってから、すぐさまにレギュラーとして地位を確立した。

UEFAチャンピオンズリーグ 2008-09予選でドロヘダ・ユナイテッドFC戦とFCスパルタク・モスクワ戦の全4試合中前試合に出場し、本大会進出に貢献。本大会では、初戦のアーセナルFC戦(ホーム1-1)でバカリ・サニャにファールをされPKを獲得し、それをイスマエル・バングラが決め先制した[4]。

2008年10月4日のFCハルキウ戦(アウェイ4-0勝利)で移籍後公式戦初得点にして先制点を挙げる。その後のチャンピオンズリーグではグループリーグ全6試合中全試合に出場するも、決勝トーナメント進出は叶わなかった。しかし、グループリーグ3位で終えたことでUEFAカップ 2008-09出場権を獲得し、引き続き欧州カップ戦挑戦に貢献した。そのUEFAカップでも定期的に起用され、2009年3月12日にFCメタリスト・ハルキウとのベスト16第1戦(1-0勝利)で欧州カップ戦初得点を挙げる[5]。続く第2戦ではイエローカードの累積警告により出場停止だったものの、アウェーゴール・ルールによりクラブは準々決勝に進出した。その準々決勝では、パリ・サンジェルマンFCとの第2戦目(3-0勝利)で最後の得点を挙げ、2試合合計3-0で準決勝に進出が決定した[6]。

スパルタク・モスクワ

それまでは中心選手として起用されていたものの、中盤のポジション争いでミゲル・ヴェローゾやデニス・ハルマシュの後塵を拝するようになり、2012-13シーズン終了までロシア1部のスパルタク・モスクワへの期限付き移籍が決定[7]。2013年8月7日には古巣ディナモ・ザグレブへ復帰することが伝えられた[8] が、公式発表されることはなかった。

アウストリア・ヴィーン

2016年6月2日、オーストリア・ブンデスリーガのFKアウストリア・ヴィーンに2年契約で移籍することが発表された[9]。

現役引退

2016-17シーズン限りで現役を引退し、古巣であるディナモ・キエフの東欧スカウトに就任した[10]。

代表

2007年8月にクロアチア代表に初招集され、10月16日にスロバキアとの親善試合(3-0勝利)でハーフタイムから初出場を飾ると、その僅か2分後に初得点を挙げた。EURO2008予選のマケドニア戦(アウェイ0-2敗北)で試合残り15分からニコ・クラニチャールに代わり公式戦初出場を飾る。EURO2008の一員にも選出され、全4試合中2試合に出場。開催国オーストリアとの開幕戦でイヴィツァ・オリッチと交代で途中出場し、グループリーグ最終戦のポーランド戦で先発フル出場した。チームは両試合に1-0で勝利を収めている。

2008年10月11日のウクライナ戦(0-0)で2010 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選初出場、続く4日後アンドラ戦(ホーム4-0勝利)にもウクライナ戦同様に先発出場を果たした。

タイトル

クラブ
ディナモ・ザグレブ
ディナモ・キエフ

脚注

  1. "Proizvode vrhunske igrače, a žive samo od uspomena"
  2. "EXCLUSIVE: 'Croatia's Gattuso' Vukojevic could just fit the bill for Celtic as Arsenal wait in the wings"
  3. "Vukojević destined for Dynamo"
  4. "アーセナル、終盤のゴールで引き分け"
  5. "ディナモ、果敢な攻撃で勝利をつかむ"
  6. "ディナモ、快勝でベスト4進出"
  7. "Vukojević je brzo shvatio da neće igrati. Blohin ga ne voli..."
  8. "Ognjen Vukojević se vraća u Dinamo: Modri dogovorili detalje transfera s veznjakom!"
  9. “AUSTRIA HOLT 54-FACHEN KROATISCHEN TEAMSPIELER VUKOJEVIC!”. FK Austria Wien (2015年6月2日). 2016年7月7日閲覧。
  10. “NOVI IZAZOVI ZA OGNJENA / Vukojević dobio novi posao, postao menadžer u kijevskom Dinamu”. 100posto.hr (2017年5月31日). 2017年8月14日閲覧。

外部リンク

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