カンヌ国際映画祭 監督賞

カンヌ国際映画祭 監督賞(Prix de la mise en scène)は、カンヌ国際映画祭の部門の一つ。

概要

コンペティション部門に出品された作品の監督から選出される。1946年から授与されている。

監督賞とパルム・ドールを同時受賞したのは、1991年のコーエン兄弟の『バートン・フィンク』、2003年のガス・ヴァン・サントの『エレファント』の二回である。

最多受賞者は、『バートン・フィンク』『ファーゴ』『バーバー』で3回受賞したコーエン兄弟。2回受賞したのはルネ・クレマン、セルゲイ・ユトケーヴィッチ、ロベール・ブレッソン、ジョン・ブアマンの4人。

監督創造大賞

1983年の第36回カンヌ国際映画祭においては、「監督賞」ではなく例外的に「監督創造大賞」が付与されている。

これはアンドレイ・タルコフスキー(『ノスタルジア』)とロベール・ブレッソン(『ラルジャン』)の両監督が、大賞受賞を条件とした作品出品を要求したことによる特別措置である。

受賞一覧

開催年受賞者題名
原題
受賞者の国籍
1946年ルネ・クレマン鉄路の闘い
La Bataille du rail
フランスの旗 フランス
1947年受賞なし
1949年ルネ・クレマン鉄格子の彼方
Le mura di Malapaga
フランスの旗 フランス
1951年ルイス・ブニュエル忘れられた人々
Los olvidados
メキシコの旗 メキシコ
1952年クリスチャン=ジャック花咲ける騎士道
Fanfan la Tulipe
フランスの旗 フランス
1953年受賞なし
1954年受賞なし
1955年ジュールズ・ダッシン男の争い
Rififi
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
セルゲイ・ワシーリエフГерои Шипкиソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
1956年セルゲイ・ユトケーヴィッチオセロ
Othello
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
1957年ロベール・ブレッソン抵抗 -死刑囚の手記より-
Un condamné à mort s'est échappé ou Le vent souffle où il veut
フランスの旗 フランス
1958年イングマール・ベルイマン女はそれを待っている
Nära livet
 スウェーデン
1959年フランソワ・トリュフォー大人は判ってくれない
Les quatre cents coups
フランスの旗 フランス
1960年受賞なし
1961年ユーリア・ソーンツェワ戦場
Povest plamennykh let
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
1962年受賞なし
1963年受賞なし
1964年受賞なし
1965年リヴィウ・チュレイPadurea spânzuratilorルーマニアの旗 ルーマニア
1966年セルゲイ・ユトケーヴィッチウラジミール・レーニンの想い出
Lenin v Polshe
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
1967年コーシャ・フェレンツ一万の太陽
Tízezer nap
 ハンガリー
1968年五月革命で中止
1969年グラウベル・ローシャアントニオ・ダス・モルテス
Antônio das Mortes
ブラジルの旗 ブラジル
ヴォイチェフ・ヤスニーVšichni dobří rodáciチェコスロバキアの旗 チェコスロバキア
1970年ジョン・ブアマン最後の栄光
Leo the Last
イギリスの旗 イギリス
1971年受賞なし
1972年ミクロシュ・ヤンチョーMég kér a nép ハンガリー
1973年受賞なし
1974年受賞なし
1975年ミシェル・ブローLes Ordresカナダの旗 カナダ
コスタ=ガヴラスSection spécialeギリシャの旗 ギリシャ
1976年エットーレ・スコラ醜い奴、汚い奴、悪い奴
Brutti, sporchi e cattivi
イタリアの旗 イタリア
1977年受賞なし
1978年大島渚愛の亡霊日本の旗 日本
1979年テレンス・マリック天国の日々
Days of Heaven
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1980年受賞なし
1981年受賞なし
1982年ヴェルナー・ヘルツォークフィツカラルド
Fitzcarraldo
西ドイツの旗 西ドイツ
1983年ロベール・ブレッソンラルジャン
L'Argent
フランスの旗 フランス
アンドレイ・タルコフスキーノスタルジア
Nostalghia
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
1984年ベルトラン・タヴェルニエ田舎の日曜日
Un dimanche à la campagne
フランスの旗 フランス
1985年アンドレ・テシネランデヴー
Rendez-vous
フランスの旗 フランス
1986年マーティン・スコセッシアフター・アワーズ
After Hours
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1987年ヴィム・ヴェンダースベルリン・天使の詩
Der Himmel über Berlin
西ドイツの旗 西ドイツ
1988年フェルナンド・E・ソラナススール/その先は…愛
Sur
アルゼンチンの旗 アルゼンチン
1989年エミール・クストリッツァジプシーのとき
Time of the Gypsies
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア
1990年パーヴェル・ルンギンタクシー・ブルース
Taxi Blues
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
1991年ジョエル・コーエンバートン・フィンク
Barton Fink
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1992年ロバート・アルトマンザ・プレイヤー
The Player
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1993年マイク・リーネイキッド 快感に満ちた苦痛
Naked
イギリスの旗 イギリス
1994年ナンニ・モレッティ親愛なる日記
Caro diario
イタリアの旗 イタリア
1995年マチュー・カソヴィッツ憎しみ
La Haine
フランスの旗 フランス
1996年ジョエル・コーエンファーゴ
Fargo
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
1997年ウォン・カーウァイブエノスアイレス
春光乍洩
香港の旗 イギリス領香港
1998年ジョン・ブアマンジェネラル 天国は血の匂い
The General
イギリスの旗 イギリス
1999年ペドロ・アルモドバルオール・アバウト・マイ・マザー
Todo sobre mi madre
スペインの旗 スペイン
2000年エドワード・ヤンヤンヤン 夏の想い出
一一
中華民国の旗 台湾
2001年ジョエル・コーエンバーバー
The Man Who Wasn't There
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
デヴィッド・リンチマルホランド・ドライブ
Mulholland Drive
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2002年イム・グォンテク酔画仙
취화선
大韓民国の旗 韓国
ポール・トーマス・アンダーソンパンチドランク・ラブ
Punch-Drunk Love
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2003年ガス・ヴァン・サントエレファント
Elephant
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2004年トニー・ガトリフ愛より強い旅
Exils
フランスの旗 フランス
2005年ミヒャエル・ハネケ隠された記憶
Caché
 オーストリア
2006年アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥバベル
Babel
メキシコの旗 メキシコ
2007年ジュリアン・シュナーベル潜水服は蝶の夢を見る
The Diving Bell and the Butterfly
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2008年ヌリ・ビルゲ・ジェイランスリー・モンキーズ
Üç Maymun
トルコの旗 トルコ
2009年ブリランテ・メンドーサキナタイ-マニラ・アンダーグラウンド-
Kinatay
フィリピンの旗 フィリピン
2010年マチュー・アマルリックさすらいの女神たち
Tournée
フランスの旗 フランス
2011年ニコラス・ウィンディング・レフンドライヴ
Drive
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2012年カルロス・レイガダス闇のあとの光
Post Tenebras Lux
メキシコの旗 メキシコ
2013年アマト・エスカランテエリ
Heli
メキシコの旗 メキシコ
2014年ベネット・ミラーフォックスキャッチャー
Foxcatcher
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2015年ホウ・シャオシェン黒衣の刺客
聶影娘
中華民国の旗 台湾
2016年クリスティアン・ムンジウエリザのために
Bacalaureat
 ルーマニア
オリヴィエ・アサイヤスパーソナル・ショッパー
Personal Shopper
フランスの旗 フランス
2017年ソフィア・コッポラThe Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ
The Beguiled
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
2018年パヴェウ・パヴリコフスキCOLD WAR あの歌、2つの心
Cold War
ポーランドの旗 ポーランド
2019年ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌその手に触れるまで
Le Jeune Ahmed
ベルギーの旗 ベルギー
2020年新型コロナウイルス感染症の世界的流行で中止[1]
2021年レオス・カラックスアネット
Annette
フランスの旗 フランス
2022年パク・チャヌク別れる決心
헤어질 결심
大韓民国の旗 韓国

脚注

  1. Facebook (2020年6月4日). “The Cannes Film Festival was canceled. But now we know the films that would have screened” (英語). Los Angeles Times. 2021年7月18日閲覧。

関連事項

外部リンク

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