セナド・ルリッチ
セナド・ルリッチ(Senad Lulić, 1986年1月18日 - )は、ボスニア・ヘルツェゴビナ・モスタル出身の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。元ボスニア・ヘルツェゴビナ代表。
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| 名前 | ||||||
| ラテン文字 | Senad Lulić | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1986年1月18日(38歳) | |||||
| 出身地 |
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| 身長 | 183cm | |||||
| 体重 | 75kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | MF/DF | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2003-2006 |
| 24 | (0) | |||
| 2006-2008 |
| 63 | (13) | |||
| 2008-2010 |
| 41 | (6) | |||
| 2010-2011 |
| 31 | (6) | |||
| 2011-2021 |
| 280 | (28) | |||
| 代表歴2 | ||||||
| 2008-2017 |
| 57 | (4) | |||
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1. 国内リーグ戦に限る。2021年7月11日現在。 2. 2017年10月3日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
経歴
クラブ
スイスでプロデビューし、グラスホッパー・クラブ・チューリッヒやBSCヤングボーイズでプレーした後、2011年6月16日、SSラツィオへ3年契約で移籍した[1]。
ラツィオ移籍直後は、左サイドバックとして使われ安定感のない守備力に疑問がもたれるが、ポジションを上げた左WGにポジションを変えると、その推進力やエリア内での勝負強さでブレイク。
2014年にステファノ・ピオリが就任して以降は、インサイドハーフとしても使われ、2017年からキャプテンも務め[2]、そのユーティリティ性からチームには欠かせない存在として、2018年11月、ラツィオでの300試合出場を達成した[3]。
2021年に契約満了でラツィオを退団し、翌年6月に引退を発表した[4]。
代表
2008年6月1日のアゼルバイジャンとの親善試合に途中出場し代表デビュー。2013年6月7日のワールドカップ予選、ラトビア戦で代表初得点を挙げた。2014 FIFAワールドカップに臨むメンバー23人に選出され、初戦のアルゼンチン戦で先発出場した。
所属クラブ
FC Chur 97 2003-2006
ACベッリンツォーナ 2006-2008
グラスホッパー・クラブ・チューリッヒ 2008-2010
BSCヤングボーイズ 2010-2011
SSラツィオ 2011-2021
脚注
- Goal.com (2011年6月17日). “ラツィオ、ボスニア代表MFが加入”. 2012年9月28日閲覧。
- “Nakon preuzimanja kapitenske trake: Lulić prenio prve utiske” (Bosnian). (2017年7月21日) 2017年7月23日閲覧。
- “Nebesko-plavi vladaju Rimom: Lulić Laziju donio trofej Kupa” (Bosnian). (2013年5月26日) 2013年5月29日閲覧。
- “Lulić nakon godinu dana šutnje otvorio dušu i progovorio o ružnom rastanku s Laziom” (Bosnian). (2022年6月1日) 2022年9月19日閲覧。
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