チャールズ・オヘイガン

チャールズ・オヘイガンCharles O'Hagan1881年7月28日 - 1931年7月1日)は、アイルランドバンクラーナ出身の元同国代表サッカー選手、元サッカー指導者。ポジションはフォワード

チャールズ・オヘイガン
名前
ラテン文字 Charles O'Hagan
基本情報
国籍 アイルランドの旗 アイルランド
生年月日 (1881-07-28) 1881年7月28日
出身地 バンクラーナ
没年月日 (1931-07-01) 1931年7月1日(49歳没)
身長 175cm
選手情報
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1901-1902 北アイルランドの旗 St.コロンブス・コート
1902-1903 アイルランドの旗 デリー・セルティック
1903-1904 イングランドの旗 エヴァートン 0 (0)
1904-1906 イングランドの旗 トッテナム・ホットスパー 21 (5)
1906 イングランドの旗 ミドルズブラ 5 (1)
1906-1910 スコットランドの旗 アバディーン 99 (22)
1910-1912 スコットランドの旗 モートン 55 (22)
1912-1913 スコットランドの旗 サード・ラナーク 5 (0)
通算 185 (50)
代表歴
1905-1909 アイルランドの旗 アイルランド 11 (2)
監督歴
1920-1921 イングランドの旗 ノリッジ・シティ
1923-1924 スペインの旗 セビージャ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

スコットランドサッカークラブ、アバディーンFC史上初のナショナルチーム出場選手[1]。現役を引退後は短期間ながらサッカー指導者としてサッカーに携わり、ノリッジ・シティFCスペインセビージャFCをそれぞれ約1年間指揮した。

前者のノリッジ・シティでは、クラブ創設以降6人目の監督として21試合を戦い、4勝8分け9敗の成績を残した[2]。一方、後者のセビージャでは、クラブ史上初の外国人監督として、そして当時最先端の戦術を披露していたイギリスからの監督ということで、タイトル獲得を期待されたが、州リーグではリーグ3位に終った。コパ・デル・レイでもレアル・ウニオンに敗戦してベスト8で大会を終えた。結果、セビージャは無冠のシーズンを送ることになったため、オヘイガンは解任された[3]

1931年、アメリカ合衆国マンハッタンにて49歳で死去[3]。死因は不明である。

脚注

  1. Charles O'Hagan, AFC Heritage Trust
  2. Manager History for Norwich City”. Eastern Daily Press. 2007年3月21日閲覧。
  3. THE MYSTERIOUS CAREER OF CHARLES O’HAGAN, SEVILLA’S FIRST FOREIGN MANAGER (英語). These Football Times (2017年1月11日). 2021年3月4日閲覧。

外部リンク

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