テイクオーバーターゲット

テイクオーバーターゲット (Takeover Target) はオーストラリアの競走馬。主なG1勝利は2004年のサリンジャーステークス、2006年のライトニングステークス、ニューマーケットハンデキャップ、スプリンターズステークス、2007年のドゥームベン10000、2009年TJスミスステークス、グッドウッドハンデキャップ(いずれも10歳の最高齢で優勝)の7勝した。後の国際G1になる2006年のキングズスタンドステークス(ヨーロッパ生まれの競走馬以外で初優勝)、2008年クリスフライヤーインターナショナルスプリント(当時国内G1。シンガポールの国際及び国内G1で最高齢9歳で優勝)の当時国内G1とG2で優勝した。2012年にオーストラリア競馬名誉の殿堂に選定された。

テイクオーバーターゲット
品種 サラブレッド
性別 騸(セン)
毛色 鹿毛
生誕 1999年9月27日
死没 2015年6月20日(16歳没)
父 Celtic Swing
母 Shady Stream
母の父 Archregent
生国 オーストラリアの旗 オーストラリア
生産者 Meringo Stud Farm
馬主 Joe Janiak
Ben Janiak
調教師 Joe Janiak(オーストラリア)
競走成績
生涯成績 41戦21勝
  オーストラリア:29戦18勝
  イギリス:8戦1勝
  日本:2戦1勝
  シンガポール:2戦1勝
獲得賞金 約391万オーストラリア・ドル(換算値)
  238万1700オーストラリア・ドル
  +15万1255ポンド
  +1億2285万4000円

※北半球に位置する日本の競馬では、1月1日から12月31日を1シーズンとするが、南半球に位置するオーストラリアでは8月1日から翌年7月31日までを1シーズンとするため、年齢表記も8月1日で切り替わる。本馬はオーストラリアの競走馬であるので、以下、本稿での年齢表記は同国での表記に従う。よって、1月から7月の年齢については日本での表記と異なり、日本より1歳若い表記となる。

来歴

2003年/2004年 - 2004年/2005年シーズン

すでに3歳の暮れを迎えていた2003年7月18日にオーストラリア・ニューサウスウェールズ州で行われたセリ市「ウインター・サラブレッド・セール」で、馬主兼調教師のジョセフ・ジャニアック(Joseph Janiak、1947年6月13日[1] - )によって1250オーストラリア・ドル(約11万円[1])の安値で購入された[2][1]。膝の故障を抱えていた[1]ためデビューは4歳の2004年4月[1]と遅かったが、以来7連勝でG1優勝馬に登りつめた[1]。なお、その後は4連敗する。

2005年/2006年シーズン

シーズン開始後に2連敗し、前シーズンから合計で6連敗を喫する[1]が、2005年12月のG3競走に6馬身差で勝利[1]すると、2006年グローバル・スプリント・チャレンジ(以下GSC)初戦のライトニングステークス (G1) まで3連勝し[1]、G1競走2勝目を挙げ、オークレイプレートの3着[1]をはさんで、ニューマーケットハンデキャップを制しG1競走3勝目を挙げる[1]。その後は国内では走らず、イギリスに初の国外遠征を行い、GSCの第3戦・キングズスタンドステークス (G2) と第4戦・ゴールデンジュビリーステークス (G1) に中3日で出走し、その20日後にはジュライカップ (G1) にも出走し、それぞれ1着・3着・7着でイギリス遠征を終えた[1]。

2006年/2007年シーズン

GSCの総合優勝を目指し、シリーズ第5・6戦が行われる日本に遠征し、初戦となったセントウルステークスで先行してシーイズトウショウの2着になると、スプリンターズステークスではスタートして先頭に立つとそのまま逃げ切り、2着のメイショウボーラーに2馬身2分の1差で勝利し[3]、シリーズ最終戦の香港スプリントを待たず、2006年GSCの総合優勝を決めた[3][4]。

11万円という破格の安値で購入された本馬はこれまで3億円あまりを稼ぎ、出走を予定していた香港スプリントに勝利した場合、同競走の1着賞金である684万香港ドル(約1億300万円)に加え、GSCのボーナス100万アメリカドル[4](約1億1700万円)の合計約2億2000万円をさらに獲得することができたが、レース当日の薬物検査で禁止薬物である黄体ホルモン(ステロイドホルモンの一種)が検出されたため[5]、出走取消となった[5][4]。帰国後は5つのレースで走り、ドゥームベン10000を制した[6]。国内の競馬シーズンが終わるとふたたびイギリスへ遠征し、キングズスタンドステークス (G2) では4着、ゴールデンジュビリーステークス (G1) では2着となった。

2007年/2008年シーズン

帰国後は休養し、12月1日のアローフィールドスタッドスプリント、12月22日のレザーシャープクオリティハンデキャップ(準重賞)を連勝、その後ヴィリエステークス (G2) に出走し、2着となった。続く4月26日のTJスミスステークス (G1) では3着に入った。国内のシーズン終了後、ふたたび国外遠征を決行。シンガポールへ遠征し、5月18日のクリスフライヤー国際スプリントを制した。その後イギリスへ遠征し、キングズスタンドステークス (G1) は2着、ゴールデンジュビリーステークス (G1) は4着という結果だった。

2008年/2009年シーズン

帰国し、休養したのち11月29日のウインターボトムステークス (G2) に出走、ひさびさの勝利を挙げた。続く12月13日のスカヒルステークス (G3) も勝利した。休養をはさみ、年が明けて4月18日に施行されたTJスミスステークス (G1) に出走。主戦のJ.フォード騎手からN.ローウィラー騎手に乗り替わってのレースとなったが勝利を収め[7]、G1・7勝目を挙げた。続く5月2日のグッドウッドハンデキャップ (G1) では鞍上がフォードに戻って出走、ここでも勝利し[7]G1・8勝目を挙げた。その後シンガポールに遠征して、5月17日のクリスフライヤー国際スプリントに出走したが8着[7]と敗れた。7月10日にはジュライカップに出走するも7着に敗れ、レース後管骨の骨折が判明[8][7]し、そのまま現役引退となった[9]。なお、2010年に一時復帰が模索された[7]が、関節が摩耗していたために断念している。

引退後

2015年6月20日に事故の為、安楽死処分されたことが報じられた[10]。

競走成績

出走日競馬場競走名格距離着順騎手着差1着(2着)馬
2004.04.23クインビヤン未勝利芝1200m 1着J.フォード7馬身(Ras Tafari)
2004.05.06ワガワガ一般競走芝1200m 1着J.フォード7馬身(Devour)
2004.05.19ケンジントン一般競走芝1200m 1着J.フォード3馬身(Bibury Court)
2004.06.05ローズヒル一般競走芝1200m 1着J.フォード6馬身(Spinjester)
2004.06.24ゴスフォードペースセッターS準重芝1200m 1着J.フォード3/4馬身(Mustard)
2004.07.14グラフトンラモーニーH準重芝1200m 1着J.フォード2馬身(Devil)
2004.10.30フレミントンサリンジャーSG1芝1200m 1着J.フォード1 1/2馬身(Recurring)
2005.04.30ドゥームベンブリスベンターフクラブCG2芝1200m 4着J.フォード2馬身Spark of Life
2005.05.21ドゥームベンドゥームベン10000G1芝1350m 3着J.フォードクビRed Oog
2005.06.11イーグルファームストラドブロークHG1芝1400m 10着J.フォード3 1/2馬身St.Basil
2005.06.25イーグルファームカールトンドラフトSG3芝1200m 2着J.フォードアタマPoetic Papal
2005.10.29フレミントンサリンジャーSG1芝1200m 4着J.フォード5馬身Glamour Puss
2005.11.05フレミントンエイジクラシックG2芝1200m 7着S.アーノルド10馬身Glamour Puss
2005.12.10ドゥームベンサマーSG3芝1200m 1着J.フォード6馬身(Picardi Run)
2005.12.24ドゥームベンドゥームベンS準重芝1350m 1着J.フォード3馬身(Impaler)
2006.02.04フレミントンライトニングSG1芝1000m 1着J.フォードアタマ(God's Own)
2006.02.25コーフィールドオークレイプレートG1芝1100m 3着J.フォード4馬身Snitzel
2006.03.11フレミントンニューマーケットHG1芝1200m 1着J.フォード1/2馬身(Snitzel)
2006.06.20アスコットキングススタンドSG2芝5f 1着J.フォードハナ(Benbaun)
2006.06.24アスコットゴールデンジュビリーSG1芝6f 3着J.フォード2 1/2馬身Les Arcs
2006.07.14アスコットジュライCG1芝6f 7着J.フォード1 3/4馬身Les Arcs
2006.09.10中京セントウルSG2芝1200m 2着J.フォード0.5秒シーイズトウショウ
2006.10.01中山スプリンターズSG1芝1200m 1着J.フォード0.4秒(メイショウボーラー)
2007.04.14ランドウィックオールエイジドSG1芝1400m 5着J.フォード4 1/4馬身Bentley Biscuit
2007.05.12ドゥームベンBTCカップG1芝1200m 2着J.フォード短首Bentley Biscuit
2007.05.26ドゥームベンドゥームベン10000G1芝1350m 1着J.フォード1/2馬身(Gold Edition)
2007.06.20アスコットキングススタンドSG2芝5f 4着J.フォード2 1/2馬身Miss Andretti
2007.06.24アスコットゴールデンジュビリーSG1芝6f 2着J.フォードアタマSoldier's Tale
2007.12.01ランドウィックアローフィールドスタッドスプリント芝1200m 1着J.フォードアタマ(Dance Hero)
2007.12.22ランドウィックレザーシャープクオリティ準重芝1200m 1着J.フォードハナ(Alverta)
2008.01.05ランドウィックヴィリエSG2芝1200m 2着J.フォード1位入選降着Honor in War
2008.04.26ランドウィックTJスミスSG1芝1200m 3着J.フォード2 3/4馬身Apache Cat
2008.05.18クランジクリスフライヤーインターナショナルスプリント芝1200m 1着J.フォード1/2馬身(Magnus)
2008.06.21アスコットキングススタンドSG1芝5f 2着J.フォード1/2馬身Equiano
2008.06.24アスコットゴールデンジュビリーSG1芝6f 4着J.フォード4 1/4馬身Kingsgate Native
2008.11.29豪アスコットウィンターボトムSG2芝1200 1着J.フォードハナ(Apache Cat)
2008.12.13豪アスコットスカヒルSG3芝1400m 1着J.フォード3 3/4馬身(Tarzi)
2009.04.18ランドウィックTJスミスSG1芝1200m 1着N.ローウィラー2 3/4馬身(Northern Meteor)
2009.05.02モーフェットビルグッドウッドHG1芝1200m 1着J.フォード1馬身(I am Invincible)
2009.05.17クランジクリスフライヤーインターナショナルスプリント芝1200m8着J.フォードSacred Kingdom
2009.07.10アスコットジュライCG1芝6f7着J.フォードFleeting Spirit

エピソード

本馬を管理するジョセフ・ジャニアックは調教師ながらタクシードライバーでもあった[11][1]。オーストラリアでは、専業調教師として生活できるのはごく一部の人間だけであり、ほとんどの場合ほかの職業と兼業するのが普通である。ジャニアックも例外ではなく、一時期は朝はパン屋、昼は馬の調教、夜はタクシードライバーとして生活するほど苦しく、調教師を辞めることすら考えたほどである。しかしテイクオーバーターゲットの賞金で、馬を厩舎に10頭所有できるほどになった[11][1]。ジャニアックは「テイクが人生を変えてくれた」と語っている。

血統表

テイクオーバーターゲットの血統(ミスタープロスペクター系/アウトブリード)(血統表の出典)
父

Celtic Swing  1992
黒鹿毛  イギリス
父の父
*ダミスター
Damister  1982
黒鹿毛  アメリカ
Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Batucada Roman Line
Whistle a Tune
父の母
Celtic Ring  1984
鹿毛  イギリス
Welsh Pageant Tudor Melody
Picture Light
Pencuik Jewel Petingo
Fotheringay
母

Shady Stream  1994
栗毛  オーストラリア
Archregent  1981
鹿毛  カナダ
Vice Regent Northern Dancer
Victoria Regina
Respond *カナディアンチャンプ
Reply
母の母
Merry Shade  1989
芦毛  オーストラリア
Spectacular Spy Spectacular Bid
Lassie Dear
Parasol Sostenuto
Mary Poppins F-No.22-b[12]

父・セルティックスウィング(Celtic Swing、おもな勝ち鞍:1995年ジョッケクルブ賞)の父であるダミスターは、2001年スプリンターズステークスを制したトロットスターを輩出している。

脚注

  1. “セントウルステークス(GII)外国馬プロフィール テイクオーバーターゲット号(日本中央競馬会、2006年9月1日)”. 2007年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年4月17日閲覧。
  2. 本馬が購入されたセリの結果 Archived 2007年9月28日, at the Wayback Machine. - William Inglis and Son Limited〜ロット番号284を参照
  3. “過去GI成績 第40回 スプリンターズステークス”. 競走成績データ. 日本中央競馬会 (2006年). 2012年3月29日閲覧。
  4. “テイクオーバーターゲットに罰金300万円”. netkeiba.com (2007年1月22日). 2012年3月29日閲覧。
  5. 本馬の出走取消を伝える記事 - 日経ラジオ社
  6. “テイクオーバーターゲット復活のV”. 新着情報. Japan Horse Navigation System (2007年5月30日). 2012年3月29日閲覧。
  7. “テイクオーバーターゲット、11歳も現役続行(オーストラリア)[その他]”. 海外競馬ニュース. ジャパン・スタッドブック・インターナショナル (2010年10月14日). 2012年3月29日閲覧。
  8. ジュライカップ後の記事 - Racing and Sports
  9. 引退を伝える記事 - Sporting Life
  10. 死亡を伝える記事
  11. “Interview with Joseph Janiak, trainer of Takeover Target” (英語). News & Photo. 日本中央競馬会 (2006年9月30日). 2012年3月29日閲覧。
  12. 血統表 - Pedigree Online Thoroughbred Database

参考文献

外部リンク

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