ニコニコ堂

株式会社ニコニコ堂(ニコニコどう、英称:NikoNikoDo Co.,Ltd.)は、かつて熊本県に存在した企業[15]

株式会社ニコニコ堂
NikoNikoDo Co.,ltd.
種類 株式会社
市場情報
大証2部(廃止) 7424[4]
1997年(平成9年)2月25日[5]上場廃止
本社所在地 熊本県熊本市上通町1-15[6]

熊本県熊本市南熊本1-9-27[7]
設立 1960年昭和35年)11月8日[6][8]
業種 小売業
事業内容 スーパー
代表者 林康治(代表取締役社長)[9]

林瑞栄(代表取締役社長)[10]

平山敞(代表取締役社長)[11]
資本金 1000万円[6]

5000万円[8]

9000万円[9]

5億4000万円[12]
売上高 901億0100万円
連結:943億9300万円
(1996年(平成8年)3月期)[13]
従業員数 141[6]

1,800[9]

2,290(1996年(平成8年)3月)[13]
決算期 8月期[9]

3月期[13]
特記事項:ゆめタウン熊本と合併し、2007年平成19年)2月25日消滅[14]
ロゴマーク入りの看板
(多良木店、現:ゆめマート
ニコニコドー店舗外観
荒尾市あらおシティモール内の店舗)

熊本中心に展開していたスーパーマーケットチェーンであり、総合スーパーと食品スーパーの他、ディスカウントストアや専門店(書店や家電量販店)なども出店していた[10]。 また、パチンコ店もチェーン展開し、売上高の約4分の1近くを占めた時期もあった[16]

概要

中国福建省出身の両親のもとで日本で生まれた林康治[12]1950年(昭和25年)に熊本市河原町で[6]、「林康治商店」としてセーターの卸業を行ったのが始まりである[12]

1958年(昭和33年)に火災に遭い、同年9月にセンイセンター街でニコニコ堂として営業を再開した[6]

1960年(昭和35年)11月には株式会社ニコニコ堂を設立して小売業に参入し[12]、熊本では初めてセルフサービスを導入した「衣料品スーパー」を[17]、熊本市上通りに開業した[18]

百貨店法の規制下の時代には、売場面積1,500m2以下の店舗を出店し[19]、その後の商調協の規制下でチェーン展開を進めるために規制対象外となる売場面積300m2以下の小型店を出店し[20]、熊本市を中心とする地域に集中出店するドミナント戦略を推し進めて1970年代に急速な成長を実現した[21]

また、1984年(昭和59年)6月に「フレッシュシステムズ」と共同出資で「フレッシュニコニコドー(株)」を設立し、同年10月に生鮮食品から日用雑貨、衣類などを扱う会員制宅配式無店舗販売事業を開始した[22]

その後、1990年代には大型店14店を出店するなど、店舗の大型化を図ったが、そのうち過半の9店舗を熊本県内に出店しており、地元でのドミナント戦略は継続していた[23]

1994年(平成6年)12月21日福岡証券取引所に上場し[2][3]、華僑が経営する企業としては日清食品ロンシャンに続く3社目の上場となった[24]。 その後、1997年(平成9年)2月25日大証2部にも上場した[5]

しかし、中国事業の不振などで1998年(平成10年)3月期に約25億円の連結最終赤字を計上するなど業績が悪化[25]。 再建策として、既存店の活性化を目指して食品ディスカウントストア「スーパーバリュー」への業態転換を進めたり[26]1999年(平成11年)に中国事業から撤退したり[27]、希望退職を募集して人員削減を実施し[28]2000年(平成12年)には創業家の林瑞栄社長が退任した[29]。後任の社長としてトリアス社長の平山敞が就任することになった[11]

2002年(平成14年)4月9日に、連結負債総額約1070億円を抱えて、民事再生法適用を申請して事実上倒産[30]

業務提携を行っていた大手スーパーのダイエーは、民事再生法の適用申請を受け、提携解消の方針を発表[31]

その関係もあり、民事再生手続においては、広島市に本拠を置く同業のイズミをスポンサーに選定[32]

それに伴い、大型店4店舗をイズミの子会社であるゆめタウン熊本(元々山口県のSCゆめタウン長府の運営会社「長府商業開発」が改称したもの)に営業譲渡し、同社が賃料を当社に支払う形で債権の弁済資金の一部を確保[32]

2003年(平成15年)7月に[33]当社と共同出資でに「株式会社ゆうあいマート」(現:ゆめマート熊本)を設立し[34]、食品スーパーの営業を継承して「ニコニコドー」の店名で継続[33]。 同社の利益と「ゆめタウン熊本」からの賃料と合わせて債務を返済し、債券を目指すことになった[32]

以後はそれらの店舗の不動産管理業を営んでいたが、2007年(平成19年)2月25日付でゆめタウン熊本に吸収合併され、解散[14]。翌年の2008年(平成20年)9月に「ゆめタウン熊本」も「イズミ」本体に吸収合併され、法人格が消滅することになった[35]

そして、2010年(平成22年)3月に最後まで「ニコニコドー」の店名で営業を継続していた松島店が「ゆめマート松島店」へ店名を変更し、ニコニコ堂が完全に消滅した[33]

沿革

かつて存在した店舗

  • 太字はイズミグループに引き継がれ、現存する店舗。
  • ▲はニコニコドーからニコニコドースーパーバリューになり、後にニコニコドーの名称に戻った店舗。
  • ×は解体された店舗。
  • ビッグウェイ - 郊外型ディスカウントストア[17]。生鮮品の取り扱いはなし。
  • スーパーバリュー - 食品ディスカウントストア[26]
  • Books24 - 24時間営業の書店[47]
  • ゆめマート熊本も参照のこと。
中央区
売場面積130m2[49] → 760m2[36]
取扱商品:衣料品[36]
当社の1号店の衣料品スーパーで[49]、熊本では初めてセルフサービスを導入[17]
  • (初代)下通店(熊本市下通1-4-9[50]1964年(昭和39年)5月19日開店[51] - ?閉店)
売場面積380m2[52]
  • (2代目)下通店(熊本市下通1[53]1971年(昭和46年)5月20日開店[53] - ?閉店)
7階建ての店舗だった[53]
  • (3代目)下通店(熊本市下通3-7[54]
上新電機のフランチャイズで出店した家電量販店[17]
雑貨専門店[47]
売場面積100m2[55]
売上高1億5000万円(昭和53年)[55]
ミュージックテープ・CD専門店[47]
  • モガドール上通店(熊本市上通[55]
売場面積396m2[55]
売上高2億5000万円(昭和53年)[55]
  • モガドール下通店(熊本市下通[55]
売場面積230m2[55]
売上高2億5000万円(昭和53年)[55]
  • チープシック新市街店(熊本市新市街[55]
売場面積115m2[55]
売上高2億円(昭和53年)[55]
  • モガドール新市街店
婦人服専門店[47]
  • 新市街メロディハウス[8]
  • ザ・ファインビル店(熊本市手取本町4-12[56]
家電量販店へ業態転換[57]
  • 川鶴店(熊本市大江1-10-26[58]1977年(昭和52年)2月開店[59]
延床面積2,954m2[58]、売場面積948m2[55] → 1,307m2[58]
売上高10億円(昭和53年)[55]
  • 江津店(熊本市出水4-403-2[58]1975年(昭和50年)11月開店[60]
延床面積1,399m2[61]、売場面積985m2[62] → 1,177m2>[61][60]
売上高12億円(昭和53年)[62]
  • 江津2号店(熊本市出水5-704-3[63]
1984(昭和50年)10月2日にニコニコ堂労働組合が店内に移転した[63]
※現・江津店の道を挟んだ向かい側 店舗跡は、同仁堂(1F・ドラッグストア)・歯科、美容室(2F)→ミーツ江津ゆめマート別棟店
  • 砂取店(熊本市出水2-2-37[54]1979年(昭和54年)11月開店[64]
  • 南熊本店×(熊本市南熊本1-9-27[54]1976年(昭和51年)4月開店[60]
延床面積6,771m2[58]

売場面積1,156m2[62] → 1,497m2[58] : 4,169m2[60]

売上高18億円(昭和53年)[62]
店舗跡は、建物解体 → 複合商業施設「Actyくまもと」(後にマリモへ経営権が移り、「MRRくまもと」へ改称)※ただし、立体駐車場部分は解体せずにそのまま使用し、2020年現在も現存。
  • ビッグウェイ南熊本店
売場面積567m2[65]
  • 三軒町店(熊本市黒髪1-9-33[54]1977年(昭和52年)9月開店[64]
売場面積266m2[55]
売上高2億5000万円(昭和53年)[55]
  • 京町店(熊本市京町本町98-3[54]
  • 渡鹿店(熊本市大江町渡鹿5-15-29[54]1977年(昭和52年)10月開店[64]
売場面積298m2[55]
売上高3億2000万円(昭和53年)[55]
  • 新町店(熊本市新町2-12-21[66]1970年(昭和45年)10月8日開店[67] - ?閉店)
延床面積1,275m2[58]
売場面積548m2[55] → 650m2[68]
売上高8億円(昭和53年)[55]
  • 城東店(熊本市上林町1-25[69]1977年(昭和52年)11月開店[60]
売場面積270m2[55] → 290m2[60]
売上高4億5000万円(昭和53年)[55]
店舗跡は、イワサキグループエース並木坂店天水店
東区
  • 健軍店×(熊本市若葉町1-32-21[54]1968年(昭和43年)4月29日開店[51] - ?閉店)
売場面積1,695m2[62] → 1,982m2[68]
駐車台数60台[68]
売上高18億円(昭和53年)[62]
衣料品の他に、当社で初めて食料品の販売を行った[3]
店舗跡は、建物解体 → パチンコ店
健軍商店街(現・ピアクレス)の中に所在した。
売場面積79.22m2[70]
じじや(居酒屋) → 九州すし市場(回転寿司)→じじや(回転寿司、居酒屋)
売場面積280m2[55]
売上高3億円(昭和53年)[55]
延床面積2,132m2[61]、売場面積1,474m2[60][61]
売上高18億円(昭和53年)[62]
  • 渡瀬店▲(熊本市帯山1-19-20[69]1987年(昭和62年)12月開店[60]
売場面積718m2[71]
ドラッグイレブン帯山店
  • 秋津店(熊本市秋津町秋田3446-28[69]
  • 東野店[72]×(熊本市)
店舗跡は、地場スーパー → 地場スーパー → 建物解体 → ローソン熊本東野三丁目店
  • 尾ノ上店(熊本市尾ノ上1-34-7[54]1979年(昭和54年)10月開店[64]
売場面積91m2[64]
  • 桜木店 → スーパーバリュー桜木店×(熊本市花立3-13-2[54]1976年(昭和51年)4月開店[60]
延床面積1,284m2[58]
売場面積892m2[62] → 1,151m2[58]
売上高12億5000万円(昭和53年)[62]
  • 託麻店(熊本市保田窪本町1162-1[54]1978年(昭和53年)4月開店[64]
延床面積1,131m2[58]
売場面積560m2[55] → 700m2[58]
売上高5億3000万円(昭和53年)[55]
ニコニコドー研修センター → ディスカウントドラッグコスモス託麻店
  • ビッグウェイ東バイパス店(熊本市西原3-3-22[73]1982年(昭和57年)8月開店[73][74] - ?閉店)
延床面積11,749m2[75]、売場面積8,400m2[75]
熊本市東バイパス沿い[3]
1996年(平成8年)3月期に増床[13]
2000年(平成12年)に家電量販店コジマが出店することになった[76]
  • 下南部店(熊本市下南部2-1-50[69]1984年(昭和59年)12月開店[60]
売場面積292m2[60]
店舗跡は、エブリワン下南部店
  • ビッグウェイリカーセンター店(熊本市新南部町3-10-48[56]
  • サンピアンシティーモール(熊本市上南部2-2-2[69]、1996年(平成8年)6月28日開店[77]
敷地面積約78,000m2[78]、延床面積28,736m2[79]、売場面積27,680m2[77]
店舗跡は、イズミの「」が全面改装してゆめタウンサンピアンとして営業を継承した[32]
南区
  • 日吉店(熊本市日吉1-8-21[69]1980年(昭和55年)12月開店[80]
売場面積1,257m2[80]
  • 高江店(熊本市高江町1194[54]1980年(昭和55年)12月開店[64]
売場面積90m2[64]
  • 高江2号店(熊本市高江町1250-10[54]
売場面積90m2[64]
  • 田迎店▲(熊本市出仲間7-3-35[81]1977年(昭和52年)4月開店[60]
延床面積1,881m2[58]
売場面積1,224m2[62] → 1,577m2[60]
売上高15億円(昭和53年)[62]
店舗跡は、イワサキグループエース田迎店
  • 萩原店×(熊本市)
店舗跡は、ドラッグストアコスモス田迎店 ※ 2008年平成20年)建替えに伴い解体
  • クリスタルモールはません(熊本市田迎町田井島中の割70[82]、1998年(平成10年)2月20日開店[82]
開業時点では、SSMのニコニコドーとディスカウントストアのビッグウェイの2業態で出店[83]
敷地面積約90,100m2[82]、延床面積55,658m2[82]、売場面積22,735m2(当社16,031m2[82]飲食1,718m2[82]、サービス6,078m2[82]
店舗跡は、ゆめタウンはません
    • ビッグウェイはません店(熊本市)
クリスタルモールはません内に入居していたが、ニコニコドー時代に撤退。
  • 八幡店×▲(熊本市八幡町5-14-33[69]1984年(昭和59年)12月開店[60]
売場面積498m2[60]
店舗跡は、ドラッグストアコスモス川尻店→2012年下期に閉店後、解体。跡地はファミリーマート
  • 飽田店(熊本市砂原町479[69]1983年(昭和58年)10月開店[80]
売場面積2,055m2[84]
  • 近見店[72]→ 近見店衣料部×(熊本市)
店舗跡は、熊本ゼミナール近見校 → リニューアルピアノ専門店「ピアノタウン熊本南」(大谷楽器近見教室)→2015年6月に解体開始、跡地はセブンイレブン


西区
  • 上熊本店(熊本市上熊本3-233-18[85]、1993年(平成5年)4月開店[85]
売場面積2,965m2[85]
売場面積2,486m2[87]
  • 春日店(熊本市春日4-29-1[54]1980年(昭和55年)5月開店[64]
  • 小島店(熊本市小島上町字神ノ前1657[54]1981年(昭和56年)4月開店[64]
  • 新土河原店(熊本市)
店舗跡は、業務用製品卸店「ラップス熊本」。
北区
当社初の総合スーパーとして、衣料品と食料品のみならず、住居関連商品や家電などの販売も行った[3]
売場面積4,750m2[68] → 6,471m2[86]
駐車台数600台[68]
  • 出町店(熊本市池田1-14-8[54]1979年(昭和54年)6月開店[64]
  • 清水店(熊本市清水町亀井27-6[54]1978年(昭和53年)7月開店[64]
延床面積728m2[58]
売場面積427m2[55] → 562m2[58]
売上高4億円(昭和53年)[55]
  • 新地店(熊本市清水町新地杉下1911-1[54]1977年(昭和52年)11月開店[64]
売場面積250m2[55]
売上高3億5000万円(昭和53年)[55]
  • 堀川店(熊本市清水町八景水谷1086[54]1977年(昭和52年)8月開店[64]
売場面積273m2[55]
売上高3億円(昭和53年)[55]
  • 本町店(熊本市清水本町[55]
売場面積173m2[55]
売上高8500万円(昭和53年)[55]
  • 楠店(熊本県龍田町上立田1248[54]1975年(昭和50年)4月開店[3][60] - ?閉店)
延床面積2,440m2[58]
売場面積1,286m2[62] → 1,497m2[58]
売上高26億円(昭和53年)[62]
1996年(平成8年)7月26日に食品ディスカウントストア「スーパーバリュー」へ業態転換[90][91]

益城

売場面積2,550m2[92]
建物解体 → セブン-イレブン

荒尾市

売場面積650m2[65] → 2,700m2[49]。駐車台数約600台[49]
三井グリーンランドに近い郊外立地で[49]、DIY用品や家電、カー用品など当時広域商圏が見込めた商品の品揃えを充実させた店舗として開業した[16]
ニコニコドーはあらおシティモール開店に伴い、移転のため閉店。跡地にビッグウェイが旧ニコニコドーフロアを拡張して営業を続けていたが、約1年後に閉店し閉鎖。
長い間建物はそのままにされていたが解体され、現在は駐車場跡を含め住宅地へ、旧入口は拡張・延長され市道となっている。
敷地面積約89,000m2[93]、延床面積約42,000m2[93]、売場面積23,459m2(当社11,618m2[93]、駐車台数約2,000台[93]
ホームセンターサンコー(5,037m2)や鶴屋百貨店(1,500m2)と共に出店していた。
運営母体の「荒尾シティプラン(株)」は、当社とホームセンターサンコー、鶴屋百貨店という核店舗の運営会社の他、荒尾市も出資していた[93]
店舗跡は、ゆめタウンあらお → ゆめタウンシティモール
  • 野原店(荒尾市野原早馬1268-1[69]
建物解体 → エブリワン野原店 → ファミリーマート荒尾野原店

八代

  • ビッグウェイ八代店(八代市横手町字源代1152[71][94]、1997年(平成9年)11月21日開店[95]
売場面積654m2[65] → 6,712m2[94]
  • 八代本野店(八代市本野町字西道善寺2301-1[69][96]、1993年(平成5年)12月1日開店[97]
延床面積5,714m2[96]、売場面積4,497m2(当社3,312m2[96]
売場面積1,403m2[62] → 6,409m2[60]) → 建物解体
売上高13億5000万円(昭和53年)[62]
1996年(平成8年)4月18日に既存のスーパーを改装して、ディスカウントストアを増設し、新装開店した[99]

阿蘇

  • 阿蘇店(現・阿蘇市黒川横井ノ本1536-2[69]
売場面積2,711m2[86]

宇城市

売場面積1,421m2[101]
店舗跡は、「ゆうあいマート」が継承[102]

玉名市

売場面積2,340m2[103]
店舗跡は、ホームセンターサンコー天水店 → ホームセンターダイキ天水店 → DCM天水店

天草

売場面積2,627m2[104][60]
2010年(平成22年)3月に「ゆめマート松島店」へ店名を変更[33]
売場面積298m2[105]、駐車場170台[105]
天草五橋の開通に合わせて作られたバイパス沿いに出店[105][105]。パチンコ店を併設していた[105]
売場面積298m2[105]、駐車場10台[105]
天草五橋の開通に合わせて作られたバイパス沿いに出店[105]


人吉市

  • 人吉店(人吉市上薩摩瀬町園田880[69]、1995年(平成7年)11月17日開店[106]
延床面積12,196m2[107]、売場面積6,494m2[108]

球磨郡

延床面積2,892m2[109]、売場面積2,187m2>[109]
1996年(平成8年)3月期に増床[13]

菊池郡

売場面積298m2[55]
売上高5億5000万円(昭和53年)[55]
延床面積10,172m2[110]、売場面積8,016m2(当社6,364m2[110]
店舗跡は、ホームプラザナフコ菊南店・ハローデイ菊南店→ドン・キホーテ合志店・ハローデイ菊南店
  • 恵楓園店(菊池郡合志町大字栄3976[69]、1995年(平成7年)7月開店[112]
国立療養所菊池恵楓園入所者自治会の購買部事業を継承し、開店した[113]
売場面積499m2[80]

山鹿市

延床面積1,744m2[114]、売場面積1,201m2[114]
店舗跡は、「ゆうあいマート」が継承[114]現在はゆめマート山鹿店。
  • ビッグウェイ山鹿店(山鹿市大字古閑字十三部1006-5[115]、1996年(平成8年)11月1日開店[116]
延床面積9,072m2[115]、売場面積6,615m2[115]
東山鹿店[86]
ゆめマート東山鹿店

福岡県

1996年(平成8年)3月期に出店[13]
マルミヤストア大牟田店
    • ウィズユー本館 → ビッグウェイ大牟田店
100円ショップダイソー大牟田店
売場面積8,149m2[117]
店舗跡は、トライアル新宮店[118]
  • ビッグウェイ新宮店(新宮シティモール[119]、1997年(平成9年)11月7日開店[119]
ナフコ福岡東店
  • ビッグウェイ太宰府店 → 太宰府店 → ビッグウェイシティモール太宰府店(太宰府市大字大佐野字篠原46-1[120]、1995年(平成7年)12月6日開店[121] - 2000年(平成12年)5月末閉店[122]
延床面積15,834m2[120]、売場面積11,478m2(当社6,674m2[120]
店舗跡は、ニトリ太宰府店[122]ルミエール太宰府店
一度ニコニコドーとなった後、再びビッグウェイとなった店舗だった。
  • 大川ショッピングセンター大川市大字坂井字反々524[123]
延床面積約33,377m2[123]、売場面積23,862m2(当社19,310m2[123]

佐賀県

敷地面積50,145m2[124]、売場面積20,300m2(ニコニコドーとビッグウェイ13,946m2[124]
烏栖シティモール開業時点では、総合スーパーのニコニコドーとディスカウントストアのビッグウェイの2業態で出店し、60店舗の専門店街を併設していた[124]
1995年(平成7年)11月21日に別棟にゲームセンターとカラオケ店、ボウリング場などからなる複合型娯楽施設「テクモピア」が開業した[125]
2000年(平成12年)に家電量販店コジマが出店することになった[76]
店舗跡は、イズミが2003年(平成5年)に「ゆめタウン鳥栖」を開業した後、2010年(平成12年)4月にスーパーセンターへ業態変更して「スーパーセンターイズミ鳥栖店」となったものの、2013年(平成15年)6月2日に閉店となった[126]。また、2013年(平成15年)3月24日に家電量販店コジマも閉店した[126]
店舗跡は、2015年(平成17年)7月2日に複合商業施設「ライフガーデン鳥栖」が開業し、ディスカウントストアのダイレックス、家電量販店のケーズデンキなどが出店することになった[127]

長崎県

  • ビッグウェイ大村店(大村市杭出津2-744-1[69]、1993年(平成5年)8月6日開店[17])→ ニコニコドー大村店
敷地面積約18,000m2[17]
売場面積4,050m2[17]
平屋建て[17]
店舗跡は、ゆめタウン大村(数カ月で閉店) → エレナ大村中央店[128]ナフコ南大村店

パチンコ店

  • 下通店[8](熊本市下通1-4[129]ニコニコビル1階[130]
  • 上通店[8](熊本市上通町)
  • 新町店[8](熊本市新町)
  • 健軍店[8](熊本市若葉町)
  • 鏡店[8](八代郡鏡町)
  • 菊南店[8](菊池郡西合志町)
  • 大矢野店(大矢野町[105]


国内関連会社

  • (株)オートラマ熊本[18]
  • (株)ダイヤ企画[18]
  • 未来建設(株) - 店舗やビルの建設会社として創業したのち、「未来ホーム」のブランドで住宅事業にも進出した[131]
  • (株)ニコニコドーロジテック - 物流センター運営[132]
  • 大一 - 水産物商社[133]

中華人民共和国

1986年(昭和61年)に香港のグッドホープビルディングを約40億円で買収し、その賃料及び一部フロアの売却代金を合わせた合計33億円を再投資する形で、中国本土の事業への出資を行っていたが[134]1999年(平成11年)に中国事業から撤退[27]

香港

1986年(昭和61年)9月設立[136]
1986年(昭和61年)にグッドホープビルディングを約40億円で買収し、運営していた不動産会社[134]。(ビルの敷地面積2,000m2[136]、地上9階建て[136]
合計33億円を再投資する形で、中国本土の事業への出資を行っており、中国事業の投資母体となっていた[134]

桂林市

延床面積約48,000m2[44]、営業面積28,564m2[45](売場面積23,796m2[45])、駐車場40台[45]、駐輪場1,000台[45]
  • 地下1階・地上8階建ての百貨店で[44][45]、7階と8階は倉庫と事務所となっていた[45]
  • 桂林寳館股份有限公司(ホテル[138]
    • ホリデイイン桂林(1987年開業[139]
    客室数295室[139]

北京市

  • 北京国際芸苑有限公司(ホテル[138]、出資比率49%[140]
    客室数385室[139]
    地下1階・地上9階建てのホテルで、飲食店街やスポーツ施設、ビジネスセンター、ギャラリーなども併設していた[140]
  • 北京麗旦有限公司(延慶県[141]、衣料品縫製業[138]、出資比率35%[142]
    延床面積9,174m2[141]、ミシン472台[141]、従業員570名[141]
    ブルゾン類を年間62万枚生産し、約8割を日本向けに出荷[142]
    1992年(平成4年)に合弁で開設[143]
  • 北京華笑有限公司(密雲県[141]、衣料品縫製業[138]、出資比率33%[142]
    延床面積1,992m2[141]、ミシン136台[141]、従業員160名[141]
    パンツ類を年間35万枚生産し、全量を日本向けに出荷[142]
    1992年(平成4年)に合弁で開設[143]
  • 北京通日紡織品服務有限公司(商社[138]
    1995年(平成7年)9月に北京総合物流センターを開設[41]

上海市

  • 上海海崙賓館有限公司(ホテル[138]
    • ホテル・ソフィテル・ハイランド上海(南京東路[139]、1993年1月開業[144]
    客室数400室[139]

浙江省

  • 旦旦有限公司(諸歷市[138]、縫製工場[135]
    子供服やパジャマ等行う工場で、1985年(昭和60年)に合弁で開設[143]

大連市

  • 大連連旦針織有限公司(縫製工場[135]
    ニット製品製造[145]
  • 大連銀帆賓館
    開発区の中心に位置し、事務所利用の常宿客が過半だった[145]

企業スポーツ

1981年(昭和56年)に[146]、林瑞栄の発案による社会人野球部を創設したのが始まりである[12]

同部には佐伯真貴(元・熊本ゴールデンラークスコーチ兼捕手)やビクトル・メサ2013年WBCキューバ代表監督)らが、所属していた。

1987年(昭和62年)に女子陸上競技部を開設[24]。 同年に岐阜で行われた全日本実業団対抗女子駅伝競走大会で熊本県植木町出身の松野明美が12人抜き[24]。 その後も松野明美の活躍で当社は全国的にも知られる存在となった[24]。 また、中国からも有力な女子陸上選手が入部するなどしていた[24]

地元熊本出身の岡田正裕が監督に就任。 全日本実業団対抗女子駅伝競走大会でも第10回大会(1990年平成2年))の3位を始め上位入賞の経歴を持っている。

3番目に作られたラグビー部は、ニュージーランドからの助っ人を獲得するなどして、Aクラスとなっていた[12]同部には藤井雄一郎(現・静岡ブルーレヴズ監督)らが所属していた。

全国社会人ラグビーフットボール大会戦績
年度地区成績備考
491996西日本予選プール敗退300360244-184ニコニコドーのチーム名で出場
501997西日本予選プール敗退300369181-112
511998西日本予選プール敗退300384154-70

関連項目

脚注

注釈

    出典

    1. “特集 「地場投資家の薦め」 変わり始めた地方証券取引所をホームグラウンドに”. Japanese investor 第12号 1995夏号 (フィナンシャルメディア) (1995年7月).pp7
    2. “兜町情報アラカルト”. 野田経済 1995年2月号 (野田経済研究所) (1995年2月).pp55
    3. “ニコニコ堂 林瑞栄(株式会社ニコニコ堂社長) スーパー店チェーンと中国での事業が主柱”. 証券アナリストジャーナル 1995年4月号 (日本証券アナリスト協会) (1995年4月).pp47
    4. “株式市場は選別色の強さが続く”. 証券調査月報 2000年8月号 (岡三経済研究所) (2000年8月).pp17
    5. “DIK経済日誌(新聞記事より) 1月15日~2月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1997年3月号 (地域流通経済研究所) (1997年3月).pp35
    6. 『全国繊維企業要覧 昭和45年版』 信用交換所大阪本社、1969年9月15日。pp3054
    7. 『熊本年鑑 昭和54年版』 熊本年鑑社、1979年1月20日。pp255
    8. 『熊本年鑑 昭和54年版』 熊本年鑑社、1979年1月20日。pp256
    9. 平尾壮一“多角的ゲリラ戦略で業界水準の二倍の収益を上げる”. 近代中小企業 1983年4月号 (中小企業経営研究会) (1983年4月1日).pp64
    10. “ニコニコ堂 林瑞栄(株式会社ニコニコ堂社長) スーパー店チェーンと中国での事業が主柱”. 証券アナリストジャーナル 1995年4月号 (日本証券アナリスト協会) (1995年4月).pp48
    11. “経済日誌 2000年5月15日~6月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 2000年7月号 (地域流通経済研究所) (2000年7月).pp41
    12. 西木田恭生“トピックス 上場申請したニコニコ堂中国人経営者に〝思い〟を聞く”. 長銀総研L 1993年9月号 (長銀総合研究所) (1993年9月).pp23
    13. “ニコニコ堂 篠崎牧人(株式会社ニコニコ堂常務取締役) 積極的出店により増収増益”. 証券アナリストジャーナル 1996年8月号 (日本証券アナリスト協会) (1996年8月).pp12
    14. 子会社合併に関するお知らせ | イズミ (日本語). 2023年4月26日閲覧。
    15. 『山陽年鑑 昭和39年版』 山陽新聞社、1964年。pp91
    16. 平尾壮一“多角的ゲリラ戦略で業界水準の二倍の収益を上げる”. 近代中小企業 1983年4月号 (中小企業経営研究会) (1983年4月1日).pp66
    17. 西木田恭生“トピックス 上場申請したニコニコ堂中国人経営者に〝思い〟を聞く”. 長銀総研L 1993年9月号 (長銀総合研究所) (1993年9月).pp24
    18. “新展開を図る心熱き会社 (株)ニコニコ堂”. あすの九州・山口 1992年1月号 (九州経済連合会) (1992年1月).pp23
    19. 『新・熊本の歴史 9 現代』 熊本日日新聞社、1983年2月。pp219
    20. “第16回経営者賞 (株)ヨコオ・横尾英彦社長ら4氏に経営者賞”. あすの九州・山口 1989年5月号 (九州経済連合会) (1989年5月).pp10
    21. 小川阿希子 “熊本県の小売業 その歴史と特徴”. DIKウインドゥ 2000年6月号 (地域流通経済研究所) (2000年6月).pp17
    22. 上野良甫 “〈変貌するサービス業〉ニューサービス業へ展開する宅配業”. 九州経済統計月報 1986年11月号 (九州経済調査協会) (1986年11月).pp39
    23. 北島剛明 “九州における総合スーパーの出店戦略”. 九州経済調査月報 1999年9月号 (九州経済調査協会) (1999年9月).pp21
    24. 西木田恭生“トピックス 上場申請したニコニコ堂中国人経営者に〝思い〟を聞く”. 長銀総研L 1993年9月号 (長銀総合研究所) (1993年9月).pp22
    25. “3月の対中商談”. MRI中国情報 1998年4月号 (三菱総合研究所) (1998年94月).pp37
    26. “DIK経済日誌 4月16日~5月14日の主な出来事――(新聞記事より)”. DIKウインドゥ 1997年6月号 (地域流通経済研究所) (1997年6月).pp33
    27. 稲垣清 “日系流通業の撤退と欧米系の進出”. MRI中国情報 2000年9月号 (三菱総合研究所) (2000年9月).pp14-15
    28. “DIK経済日誌 1999年2月15日~3月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1999年4月号 (地域流通経済研究所) (1999年4月).pp35
    29. “経済日誌 2000年1月15日~2月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 2000年3月号 (地域流通経済研究所) (2000年3月).pp33
    30. 『イミダス 2003年版』 集英社、2003年1月。pp1147
    31. “ダイエー、ニコニコ堂との業務提携解消へ”. 日本経済新聞(日本経済新聞社). (2002年4月10日) pp15
    32. “ニコニコ堂債務弁済で山西・イズミ社長語る、2社の本格的事業再建軸に計画完遂”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2003年10月31日) pp15
    33. 店名変更が全店舗で完了 ゆめマート 「ニコニコドー」店名は消滅 週刊経済2010年3月30日発行 No.1567 | 週刊経済”. 2023年4月16日閲覧。
    34. 『世界同時不況と地域企業 九州経済白書 2009年版』 九州経済調査協会、2009年2月。pp100
    35. ゆめタウン熊本を吸収合併 広島市のイズミ 9月に | 週刊経済:2008年4月22日発行 No.1472 (日本語). 2023年4月26日閲覧。
    36. 『日本スーパーマーケット名鑑 1968年版』 商業界、1968年。pp404
    37. “オンライン受発注をスタート ニコニコ堂”. 総合食品 1985年4月号 (総合食品研究所) (1985年4月).pp159
    38. “年事表 昭和60年1月~12月”. 流通情報 1987年4月号 (流通経済研究所) (1987年4月).pp8
    39. “流通年事表 昭和61年のできごと”. 流通情報 1986年4月号 (流通経済研究所) (1986年4月).pp21
    40. 北逵伊佐雄 『家電量販店の現況』 経済月報 1989年11・12月号 (住友銀行) (1989年12月)。pp15
    41. “ニコニコ堂 北京に物流センターを設立”. 中国経済 1995年10月号 (日本貿易振興機構) (1995年10月).pp186
    42. “ニコニコ堂との提携カードを発行”. 月刊消費者信用 1995年4月号 (金融財政事情研究会) (1995年4月).pp73
    43. “国内信販 ニコニコ堂との提携カードを発行”. 月刊消費者信用 1995年4月号 (金融財政事情研究会) (1995年4月).pp80
    44. “ニコニコ堂,桂林市に百貨店開業”. 中国経済 1997年8月号 (日本貿易振興機構) (1997年8月).pp199-200
    45. “ニコニコ堂桂林(中国)に百貨店”. ショッピングセンター 1997年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年8月1日).pp24
    46. 中嶋嘉孝 『家電量販店業界の競争構造の変化 福岡都市圏の事例から』 流通 No.18 (日本流通学会) (2005年)。ISBN 978-4-89579-329-2 pp51
    47. “新展開を図る心熱き会社 (株)ニコニコ堂”. あすの九州・山口 1992年1月号 (九州経済連合会) (1992年1月).pp25
    48. “DIK経済日誌 1999年3月15日~4月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1999年5月号 (地域流通経済研究所) (1999年5月).pp37
    49. 平尾壮一“多角的ゲリラ戦略で業界水準の二倍の収益を上げる”. 近代中小企業 1983年4月号 (中小企業経営研究会) (1983年4月1日).pp65
    50. 『日本セルフ・サービス年鑑 1970年版』 日本セルフ・サービス協会、1970年。pp350
    51. 『日本スーパーマーケット名鑑 1969年版』 商業界、1969年。pp607
    52. 『熊本県議会史 第7巻』 熊本県議会、1994年3月31日。pp281
    53. 『熊本年鑑 昭和48年版』 熊本年鑑社、1973年1月20日。pp53
    54. “ニコニコ堂 広告”. 九州商工時報 1983年1月号 (九州商工協会) (1983年1月).pp70
    55. “大規模小売業地域別・店別売上高ランキング(No.9)”. ヤノニュース 1980年9月15日号 (矢野経済研究所) (1980年9月15日).pp55
    56. 『会社年鑑 全国上場会社版 下巻 2001年版』 日本経済新聞社、2000年10月。pp2494
    57. “雑誌記事インデックス”. 九州経済調査月報 1989年10月号 (九州経済調査協会) (1989年10月).pp34
    58. 小谷正守 『熊本市における小売商業構造の分析 昭和51・54・57年の商業統計からみた特性分析』 産業経営研究 2号(別冊) (熊本学園大学付属産業経営研究所) (1984年3月)。pp21
    59. 『流通会社年鑑 2001年版』 日本経済新聞社、2000年12月11日。pp274
    60. 『流通会社年鑑 2001年版』 日本経済新聞社、2000年12月11日。pp274
    61. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2002年版』 東洋経済新報社、2002年。pp1620
    62. “大規模小売業地域別・店別売上高ランキング(No.9)”. ヤノニュース 1980年9月15日号 (矢野経済研究所) (1980年9月15日).pp54
    63. “10月の常執・中執”. 月刊ゼンセン 1984年12月号 (ゼンセン同盟) (1984年12月1日).pp45
    64. “大型店・FB・チェーン店出店状況 熊本県・熊本”. ヤノニュース 1985年1月5日/15日号 (矢野経済研究所) (1985年1月5日).pp90
    65. “県内の業界動向調査 ホームセンター”. DIKウインドゥ 1994年5月号 (地域流通経済研究所) (1994年5月).pp16
    66. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2000年版』 東洋経済新報社、2000年。pp1810
    67. 『熊本年鑑 昭和46年版』 熊本年鑑社、1971年。pp57
    68. 小谷正守 『熊本市における小売商業構造の分析 昭和51・54・57年の商業統計からみた特性分析』 産業経営研究 2号(別冊) (熊本学園大学付属産業経営研究所) (1984年3月)。pp20
    69. 『ダイヤモンド会社職員録 全上場会社版 2002年版 下巻』 ダイヤモンド社、2001年11月1日。
    70. 『流通会社年鑑 1980年版』 日本経済新聞社、1979年11月12日。pp141
    71. “大型店出店状況”. DIKウインドゥ 1997年4月号 (地域流通経済研究所) (1997年4月).pp44
    72. “ニコニコ堂 広告”. 九州商工時報 1983年1月号 (九州商工協会) (1983年1月).pp80
    73. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2005年版』 東洋経済新報社、2005年。pp1711
    74. 小川阿希子 “熊本県の小売業 その歴史と特徴”. DIKウインドゥ 2000年6月号 (地域流通経済研究所) (2000年6月).pp18
    75. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2002年版』 東洋経済新報社、2002年。pp1615
    76. “経済日誌 2000年6月15日~7月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 2000年8月号 (地域流通経済研究所) (2000年8月).pp39
    77. “96年開店SC一覧”. ショッピングセンター 1996年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年12月1日).pp15
    78. “経済日誌 2000年5月15日~6月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1996年7月号 (地域流通経済研究所) (1996年7月).pp43
    79. “届出情報”. ショッピングセンター 1993年3月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年3月1日).pp86
    80. 『流通会社年鑑 2002年版』 日本経済新聞社、2001年12月10日。pp264
    81. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2006年版』 東洋経済新報社、2006年。pp1715
    82. “日本のSC クリスタルモールはません”. ショッピングセンター 1998年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年6月1日).pp62
    83. “日本のSC クリスタルモールはません”. ショッピングセンター 1998年6月号 (日本ショッピングセンター協会) (1998年6月1日).pp61
    84. “昭和54年度 大規模小売店舗法届出一覧”. 九州商工時報 1980年6月号 (九州商工協会) (1980年6月).pp11
    85. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2005年版』 東洋経済新報社、2005年。pp1713
    86. 大規模小売店舗立地法 その他(承継・廃止)2000年8月1日-2022年11月30日 | 熊本県”. 2023年4月16日閲覧。
    87. “大型店出店状況(平成9年度)”. DIKウインドゥ 1998年4月号 (地域流通経済研究所) (1998年4月).pp44
    88. “ニコニコ堂 広告”. 九州商工時報 1987年1月号 (九州商工協会) (1987年1月).pp61
    89. 小川阿希子 “熊本県の小売業 その歴史と特徴”. DIKウインドゥ 2000年6月号 (地域流通経済研究所) (2000年6月).pp16
    90. “ニコニコ堂など3社がJVA(バリュー会)に新加盟、全国で34社に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年8月19日) pp5
    91. “DIK経済日誌(新聞記事より) 7月15日~8月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1996年9月号 (地域流通経済研究所) (1996年9月).pp41
    92. “大型店出店状況(平成9年度)”. DIKウインドゥ 1998年4月号 (地域流通経済研究所) (1998年4月).pp41
    93. “日本のSC あらおシティモール”. ショッピングセンター 1997年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年8月1日).pp58
    94. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2005年版』 東洋経済新報社、2005年。pp1719
    95. “平成9年11月15日~12月14日の主な出来事(新聞記事より)”. DIKウインドゥ 1998年1月号 (地域流通経済研究所) (1998年1月).pp41
    96. “届出情報”. ショッピングセンター 1993年2月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年2月1日).pp63
    97. “1993年オープンSC一覧(146SC)”. ショッピングセンター 1993年12月号 (日本ショッピングセンター協会) (1993年12月1日).pp92
    98. 『熊本年鑑 昭和53年版』 熊本年鑑社、1978年1月20日。pp249
    99. “今月のキーワード 複合商業施設”. 九州経済調査月報 1996年8月号 (九州経済調査協会) (1996年8月).pp37
    100. “昭和54年度 大規模小売店舗法施行状況”. 九州商工時報 1980年6月号 (九州商工協会) (1980年6月).pp12
    101. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2006年版』 東洋経済新報社、2006年。pp1745
    102. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。pp1825
    103. “大型店出店状況(平成9年度)”. DIKウインドゥ 1996年4月号 (地域流通経済研究所) (1996年4月).pp55
    104. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2006年版』 東洋経済新報社、2006年。pp1742
    105. 緑川広 “地域商業基盤の活性化をめざして(1)熊本県大矢野町ショッピングプラザ「キャモン」 ”. 商工会 1989年5月号 (全国商工会連合会) (1989年4月25日).pp14
    106. “DIK経済日誌(新聞記事より) 11月15日~12月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1996年1月号 (地域流通経済研究所) (1996年1月).pp47
    107. “届出情報”. ショッピングセンター 1995年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年11月1日).pp106
    108. “SC開店予定(11月)”. ショッピングセンター 1995年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年11月1日).pp74
    109. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2008年版』 東洋経済新報社、2008年。pp1821
    110. “開店予定”. ショッピングセンター 1990年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1990年9月1日).pp86
    111. “開店予定”. ショッピングセンター 1991年9月号 (日本ショッピングセンター協会) (1991年9月1日).pp80
    112. 『壁をこえて 自治会八十年の軌跡』 国立療養所菊池恵楓園入所者自治会、2006年6月。pp24
    113. 『壁をこえて 自治会八十年の軌跡』 国立療養所菊池恵楓園入所者自治会、2006年6月。pp58
    114. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。pp1823
    115. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2002年版』 東洋経済新報社、2002年。pp1628
    116. “DIK経済日誌(新聞記事より) 10月15日~11月14日の主な出来事”. DIKウインドゥ 1996年12月号 (地域流通経済研究所) (1996年12月).pp33
    117. 水田洋介 “大型SC開発か目白押し〈福岡地区〉”. ショッピングセンター 1996年2月号 (日本ショッピングセンター協会) (1996年2月1日).pp36
    118. トライアル、今期出店は前期並みの18店 福岡県はスクラップ&ビルド迫られる NetIB-News 2018年12月7日 09:19 | 週刊経済”. 2023年4月17日閲覧。
    119. “DIK経済日誌 平成9年10月15日~11月14日の主な出来事(新聞記事より)”. DIKウインドゥ 1997年12月号 (地域流通経済研究所) (1997年12月).pp35
    120. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2000年版』 東洋経済新報社、2000年。pp1698-1699
    121. “今月のキーワード 価格破壊”. 九州経済調査月報 1996年4月号 (九州経済調査協会) (1996年4月).pp35
    122. “経済日誌 2000年3月15日~4月14日の主な出来事 ”. DIKウインドゥ 2000年5月号 (地域流通経済研究所) (2000年5月).pp33
    123. “届出情報”. ショッピングセンター 1997年8月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年8月1日).pp91
    124. “烏栖シティモール”. ショッピングセンター 1994年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年11月1日).pp85
    125. “テクモ、佐賀県のSC別棟にボウリングカラオケ併設のロケオープン”. アミューズメント産業 1995年12月号 (アミューズメント産業出版) (1995年12月1日).pp85
    126. イズミ鳥栖店が閉店。賃貸契約満了のため | データ・マックス”. 2023年4月15日閲覧。
    127. 「ライフガーデン鳥栖」完成 ダイレックス先行オープン | 佐賀新聞電子版”. 2023年4月15日閲覧。
    128. 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2009年版』 東洋経済新報社、2009年。pp1797
    129. 『熊本年鑑 昭和51年版』 熊本年鑑社、1976年1月20日。pp144
    130. 『熊本年鑑 昭和48年版』 熊本年鑑社、1973年1月20日。pp15
    131. 松村秀一“プレカット造住宅風土記(4)--熊本県の巻”. 住宅と木材 1998年8月号 (日本住宅・木材技術センター) (1998年8月).pp28
    132. 三井和徳“先進流通システム紹介(17)消費者起点の新カテゴリー物流 (株)ニコニコ堂の新物流システム”. 流通とシステム 1999年冬季特大号 (流通システム開発センター) (1999年12月).pp79
    133. 平尾壮一“多角的ゲリラ戦略で業界水準の二倍の収益を上げる”. 近代中小企業 1983年4月号 (中小企業経営研究会) (1983年4月1日).pp67
    134. 増田辰弘“香港の不動産投資を元手に中国投資-究極の中国ビジネスの味-”. 技術と経済 1996年3月号 (科学技術と経済の会) (1996年3月).pp50
    135. “新展開を図る心熱き会社 (株)ニコニコ堂”. あすの九州・山口 1992年1月号 (九州経済連合会) (1992年1月).pp25
    136. “香港でビル買収 ニコニコ堂”. 総合食品 1987年2月号 (総合食品研究所) (1987年2月).pp109
    137. 王杰“変貌する中国小売業”. 流通とシステム 1996年春季特大号 (流通システム開発センター) (1996年3月).pp79
    138. 増田辰弘“香港の不動産投資を元手に中国投資-究極の中国ビジネスの味-”. 技術と経済 1996年3月号 (科学技術と経済の会) (1996年3月).pp50
    139. 西木田恭生“トピックス 上場申請したニコニコ堂中国人経営者に〝思い〟を聞く”. 長銀総研L 1993年9月号 (長銀総合研究所) (1993年9月).pp26
    140. “ニコニコ堂 北京のホテル完成”. 中国経済 1991年11月号 (日本貿易振興機構) (1991年11月).pp221
    141. “ニコニコ堂 北京に合弁で縫製工場建設”. 中国経済 1992年8月号 (日本貿易振興機構) (1992年8月).pp180
    142. “北京に縫製2工場 ニコニコ堂”. 総合食品 1992年8月号 (総合食品研究所) (1992年8月).pp79
    143. “今月のキーワード 価格破壊”. 九州経済調査月報 1995年6月号 (九州経済調査協会) (1995年6月).pp13
    144. 古田竜助 『対中直接投資をめぐる九州企業の戦略論理(下)』 海外事情研究 21巻第2号(通巻42号) (熊本学園大学付属海外事情研究所) (1994年2月)。pp60
    145. 田代雅彦 “九州・山口企業の大連進出の現状と課題”. 九州経済調査月報 1993年12月号 (九州経済調査協会) (1993年12月).pp8
    146. 平尾壮一“多角的ゲリラ戦略で業界水準の二倍の収益を上げる”. 近代中小企業 1983年4月号 (中小企業経営研究会) (1983年4月1日).pp68
    This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.