ピッサヌローク県

ピッサヌローク県(ピッサヌロークけん、タイ語:จังหวัดพิษณุโลก)は、タイ北部の県の一つである。ルーイ県ペッチャブーン県ピチット県カムペーンペット県スコータイ県ウッタラディット県と接し、ラオスとの国境も有する。地元ではピロークとも言われる。また日本語標記ではピサヌローク県とも言う。

ピッサヌローク県
จังหวัดพิษณุโลก
ピッサヌローク県の位置
タイの国旗 タイ王国
県庁所在地ムアンピッサヌローク郡
面積10,815.854 km²
人口856,376 人 2013年
人口密度79.17 人/km²
ISO 3166-2TH-65
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地理

ピッサヌロークは「ソーンクウェー(2つの川)」と呼ばれるが、これはナーン川とクウェーノーイ川が市街地近郊で接しているからである。その他、3つの国立公園を抱える。

歴史

ピッサヌロークとはピッサヌ神(ヴィシュヌ)のローク(世界)と言う意味である。これはある言い伝えが元になっていると言われる。ある時チエンセーンの王はサモー山ブッダが来ている(史実上は来ていない)と聞いて、縁起なことだと考えそこへ都市(ムアン)を建設することにした。都市の建設の命を承った使者は、癸丑の月が3回目に満ちる最初の日の木曜日の朝にサモー山に到着した。ここでは聞いたとおりブッダが来ていたが、彼の弟子が2人死去していた。そこで、都市を建設すると時を同じく、彼を弔う祠を建てたという。さて、2人の使者は建設が終わると帰途に就いた。2人がチエンセーンに着いたのは最初の月が満ちる6日目朝日曜日のことだった。そこでチエンセーンの王は新都に行きブラフマーンに新都の名をどのようにすればよいかと問うた。するとブラフマーンは「ピッサヌ神がいまだ見ているうちに陛下が到着したのでピサヌロークとすればよい」と行ったそこでピッサヌロークと言う名前になったということである。

以上はあくまでおとぎ話に過ぎないが、実際にピッサヌロークはスコータイ王朝時代から主要都市として発達していた。またボーロマトライローカナート王の治世に一時アユタヤー王国の首都であり、タイ三大王の一人ナレースワン大王の故郷でもあった。

県章

県章

県内にあるタイで一番美しいとされる仏像チナラート仏をあしらった物がデザインされている。

県花はコウエンボクPeltophorum pterocarpum)、県木はコルクノウゼンMillingtonia hortensis

行政区

ピッサヌローク県は9の郡(アムプー)に分かれ、その下に93町(タムボン)と993の村(ムーバーン)に分かれる。

ピッサヌローク県の郡
ピッサヌローク県の郡
  1. ムアンピッサヌローク郡ムアン
  2. ナコーンタイ郡
  3. チャートトラカーン郡
  4. バーンラカム郡
  5. バーンクラトゥム郡
  1. プロムピラーン郡
  2. ワットボート郡
  3. ワントーン郡
  4. ヌンマプラーン郡

出身者

関連項目

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