フォンドメタル・GR01
フォンドメタル・GR01 (Fondmetal GR01) はフォンドメタルが1992年のF1世界選手権に投入したフォーミュラ1カー。デザイナーはロビン・ハード。
![]() | |||||||||
| カテゴリー |
F1 インターセリエ | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コンストラクター | フォンドメタル | ||||||||
| デザイナー |
ロビン・ハード (Technical Director) ティム・ホロウェイ (Chief Designer) ティノ・ベッリ (Head of Aerodynamics) | ||||||||
| 先代 | フォンドメタル・フォメットF1 | ||||||||
| 後継 | フォンドメタル・GR02 | ||||||||
| 主要諸元 | |||||||||
| シャシー | カーボンファイバー製モノコック | ||||||||
| サスペンション(前) | ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド | ||||||||
| サスペンション(後) | ダブルウィッシュボーン, プッシュロッド | ||||||||
| エンジン | フォード・コスワース HB 3,497 cc (213.4 cu in) 90°V8, NA, | ||||||||
| 燃料 | アジップ | ||||||||
| タイヤ | グッドイヤー | ||||||||
| 主要成績 | |||||||||
| チーム | フォンドメタルF1 SpA | ||||||||
| ドライバー |
14. 15. | ||||||||
| 初戦 | 1992年南アフリカグランプリ | ||||||||
| |||||||||
フォーミュラ1
フォンドメタル・GR01は前作のフォメットF1を改良した物であった。前年にフォメットとけんか別れしたフォンドメタルであったが、新たな車両を投入するには時間が足りず、そこでフォメットF1に手を加えた車両で当面を凌ぐこととなった。エンジンはコスワース DFRではもはや限界であったため、新たにコスワース HBを搭載することとなる。これは前年にスポーツカー世界選手権で戦ったジャガー・XJR-14が搭載していた物であった。ドライバーはアンドレア・キエーザとガブリエル・タルキーニの2台体制となった。身長180cmのキエーザのマシンは、昨年度のドライバーであったオリビエ・グルイヤール(身長170cm)に合わせたマシンであったため、新車にマッチしなかった。キエーザは8戦中6戦で予選落ちし、2戦はリタイアだった。タルキーニは6戦に出走したが全戦リタイアした。
GR01は2台がフォメットF1から改修され、2台が新造された。
インターセリエ
GR01はその後、S.C.Iチームが購入しラニエリ・ランダッキオをドライバーとしてインターセリエに参戦した。インターセリエはCan-Am同様のスポーツカーで争われたヨーロッパのみのシリーズで、GR01はフェンダーを取り付けられたオープンコクピットのスポーツカーとして94年から97年まで戦った。94年と97年にはモストで、96年にはブランズ・ハッチで2位を獲得している。
F1における全成績
(key) (太字はポールポジション)
| 年 | チーム | エンジン | タイヤ | No. | ドライバー | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | ポイント | 順位 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1992年 | フォンドメタルF1 SpA | フォード・コスワース HB V8 |
G | RSA |
MEX |
BRA |
ESP |
SMR |
MON |
CAN |
FRA |
GBR |
GER |
HUN |
BEL |
ITA |
POR |
JPN |
AUS |
0 | NC | ||
| 14 | DNQ | Ret | DNQ | Ret | DNQ | DNQ | DNQ | DNQ | |||||||||||||||
| 15 | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret | Ret |
参照
- “Fondmetal - Full Profile”. f1rejects.com. 2010年12月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年5月8日閲覧。
- “Fondmetal GR01”. chicanef1.com. 2011年5月8日閲覧。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.
