フランコ・スクリーニ

フランコ・スクリーニ(Franco Zuculini, 1990年9月5日 - )は、アルゼンチン・ラ・リオハ出身の同国代表サッカー選手。S.P.A.L.所属。ポジションはMF(守備的ミッドフィールダー)。

フランコ・スクリーニ
ホッフェンハイム時代(2009年)
名前
ラテン文字 Franco Zuculini
基本情報
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1990-09-05) 1990年9月5日(33歳)
出身地 ラ・リオハ
身長 174cm
体重 69kg
選手情報
在籍チーム イタリアの旗 S.P.A.L.
ポジション MF (DMF)
利き足 右足
ユース
アルゼンチンの旗 ラシン・クルブ
クラブ1
年 クラブ 出場 (得点)
2008-2009 アルゼンチンの旗 ラシン・クルブ 38 (2)
2009-2012 ドイツの旗 ホッフェンハイム 2 (0)
2010-2011 →イタリアの旗 ジェノア (loan) 4 (0)
2011 →アルゼンチンの旗 ラシン・クルブ (loan) 15 (0)
2011-2012 →スペインの旗 サラゴサ (loan) 21 (0)
2012-2013 スペインの旗 サラゴサ 16 (1)
2014 アルゼンチンの旗 アルセナル 12 (0)
2014-2016 イタリアの旗 ボローニャ 29 (3)
2016-2018 イタリアの旗 ヴェローナ 25 (0)
2018-2019 アルゼンチンの旗 コロン 15 (0)
2019-2020 イタリアの旗 ヴェネツィア 18 (0)
2020-2021 ウルグアイの旗 デフェンソール・スポルティング 13 (1)
2021- イタリアの旗 S.P.A.L.
代表歴2
2007 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-17 4 (0)
2009 アルゼンチンの旗 アルゼンチン U-20 6 (0)
2009 アルゼンチンの旗 アルゼンチン 1 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2021年8月26日現在。
2. 2009年5月20日現在。
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

同じくサッカー選手のブルーノ・スクリーニは実弟。

経歴

ラシン・クルブ

2008年4月13日にラシン・クルブでプロデビュー。そのプレースタイルから「ニュー・マスチェラーノ」と呼ばれ、ジェンナーロ・ガットゥーゾと比較されることもあった。当時のアルゼンチン代表監督であったディエゴ・マラドーナは、「次のワールドカップの主役候補のひとり」と称した。

ホッフェンハイム

2008年12月3日、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドFCやリヴァプールFCが獲得に興味を示していると報じられたが、2009年6月、移籍金460万ユーロでドイツのTSG1899ホッフェンハイムに移籍した[1]。2009年9月12日のVfLボーフム戦でデビューし、10月24日の1.FCニュルンベルク戦で初得点を決めたが、2009-10シーズンは出場7試合のうち5試合が途中出場で、総出場時間は243分に留まった。2010年5月、SSCナポリを含む複数のイタリアのクラブが関心を示していると報じられ[2]、その後ジェノアCFCにレンタル移籍した。当初のレンタル期間は1年間であったが、2011年1月に古巣ラシン・クルブにレンタルで復帰した。

サラゴサ

同年8月12日にはプリメーラ・ディビシオンのレアル・サラゴサへシーズンローンとなった[3]。16日後のレアル・マドリード戦でスタメン出場しリーグデビュー。シーズン終了後に3年契約で完全移籍した[4]。ラージョ・バジェカーノ戦で移籍後初ゴールを挙げ2-0で勝利したが、2013年2月に右膝前十字靭帯を断裂し残りのシーズンを棒に振った[5]。2012-13シーズンの結果クラブは最下位となりセグンダ・ディビシオン降格が決定、これに伴い自身は放出された。

アルセナル

サラゴサ退団後はアルセナルFCでリハビリやトレーニングを行っていたが、2014年1月21日に同クラブと半年間の契約を締結した[6]。

イタリア復帰

2014年7月8日、セリエBのボローニャFCに2年契約で移籍しイタリアへ帰還した[7]。28試合出場3得点を記録し、クラブのセリエA昇格に貢献した。

2016-17シーズンより2年契約でエラス・ヴェローナFCへ加入し、再びセリエBでプレーすることとなった。クラブが昇格した場合に契約が1年間自動延長されるオプションが付帯する[8]。2017年7月12日には契約を2年延長した[9]。

コロン

2018年7月27日、エドゥアルド・ドミンゲス監督の誘いを受けCAコロンへフリーで加入し母国復帰となった[10]。

代表歴

アルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナ監督に才能が認められ、トレーニングキャンプに招集されたことがある。2009年1月、アルゼンチンU-20代表として南米ユース選手権に参加した。2009年5月にフル代表に選出され[11]、同月20日の親善試合・パナマ戦で19歳でデビュー[12]。サンタフェでのホームゲームを3-1で制した。

タイトル

ジェノア

脚注

  1. Goal.com (2009年6月22日). “ホッフェンハイムがアルゼンチン代表MFを獲得”. 2009年7月4日閲覧。
  2. ナポリ、アルゼンチン代表MF獲得へ?Goal.com、2010年5月7日
  3. サラゴサがアルゼンチン人MFを獲得Goal.com、2011年8月13日
  4. “El Zaragoza ficha a Paco Montañés”. Marca.com (2012年7月5日). 2019年1月5日閲覧。
  5. “Zuculini, intervenido en Buenos Aires de una rotura de ligamento cruzado”. Marca.com (2013年2月9日). 2019年1月5日閲覧。
  6. “Franco Zuculini puso la firma y se convirtió en el primer refuerzo de Arsenal”. La Nación (2014年1月21日). 2019年1月5日閲覧。
  7. “Bologna-Zuculini: sì. Biennale per l'argentino”. La Gazzetta dello Sport (2014年7月8日). 2019年1月5日閲覧。
  8. “Zuculini al Verona, la formula”. Hellas1903 (2016年6月13日). 2019年1月5日閲覧。
  9. “Bentornati Alex Ferrari Franco Zuculini”. Hellas Verona Official Website (2017年7月12日). 2019年1月5日閲覧。
  10. “Franco Zuculini refuerza a Colón”. Marca.com (2018年7月19日). 2019年1月5日閲覧。
  11. “Previa Amistoso: La Argentina 'local' de Maradona enfrenta a Panamá”. Goal.com (2009年5月20日). 2019年1月5日閲覧。
  12. “Con destellos, la Argentina venció a Panamá 3 a 1”. La Nación (2009年5月20日). 2019年1月5日閲覧。

外部リンク

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