フランスの経済

フランスの経済仏語L'économie de la France英語Economy of France)は2020年の名目GDP換算で、アメリカ合衆国中華人民共和国日本ドイツイギリスインドに次いで世界第7位の規模である[1]フランス冷戦期において、資本主義陣営に属していたものの、国家が企業を統治する混合経済体制を敷いていた(ディリジスムen / fr))。

フランスの旗 フランスの経済

パリ世界都市の一つである。
通貨 ユーロ(EUR)
会計年度 暦年
貿易機関 EUOECDWTO
経済統計
名目GDP [1] 1兆9480億ユーロ
2兆8670億ドル(第5位、2008年)
GDP(PPP 2兆1301億ドル(第8位、2008年)
一人当たり名目GDP 31,281ユーロ(2008年)
46,037ドル
一人当たりGDP(PPP)[2] 33,000ドル(2007年)
実質GDP成長率[1] 0.3%(2008年)
部門別GDP[2] 第一次産業(2.0%)
第二次産業(20.4%)
第三次産業(77.6%)(2008年)
インフレ[2] 3.2%(2008年)(CPI)
家計収入あるいは消費における最上位/最下位パーセンタイルの割合[2] 最下位10%パーセンタイル: 3.0%
最上位10%パーセンタイル: 24.8% (2008年)
貧困線未満の人口[2] 6.2%(2004年推計)
ジニ係数[2] 32.7(2008年)
労働人口[2] 2797万人(2008年)
部門別労働人口[2] 第一次産業3.8%
第二次産業24.3%
第三次産業71.8%(2005年)
失業率[2] 7.4%(2008年推計)
貿易相手国[2]
輸出 6019億ドル(2008年推計)
輸出品 機械及び輸送用機械、飛行機プラスチック、化学製品、医薬品鉄鋼、飲料
主要相手国 ドイツ14.3%
イタリア8.7%
スペイン8.3%
イギリス7.8%
ベルギー7.6%
米国5.8%
オランダ4.2%(2008年)
輸入 6920億ドル(2008年推計)
輸入品 機械、輸送用機器、原油、飛行機、プラスチック、化学製品
主要相手国 ドイツ17.9%
ベルギー11.7%
イタリア8.3%
スペイン6.9%
オランダ6.8%
イギリス5.1%
米国4.3%(2008年)
財政状況[2]
国庫借入金 GDPの68.1%(2008年推計)
対外債務 4兆9350億ドル(2008年12月31日推計、世界4位)
及び外貨準備 1029億ドル(2008年12月31日推計)
歳入 1兆4070億ドル(2008年推計)
歳出 1兆5060億ドル(2008年推計)

1980年代第1次コアビタシオンの時期に、フランス経済は民営化が進んだものの、ルノーフランス電力フランスガス公社と旧スエズが合併したエンジーOrangeといった主要企業にはフランス政府が大株主となっており、混合経済体制の影響は色濃く残っている。

歴史

第二次世界大戦以前のフランスの経済の詳細は、フランス銀行預金供託金庫、およびen:Economic history of Franceを参照。

臨時政府、第四共和政

第二次世界大戦によりフランスはナチス・ドイツヴィシー政府(一部・イタリア王国)に分断・支配され、戦場と化し、インフラの整備も遅れ、また破壊されたことより、フランス経済は疲弊した[3](鉱工業生産指数は1938年=100とした場合、1944年で38)。加えて、マルサス主義に束縛され、19世紀末から20世紀初頭の第二次産業革命の時期に英米独と比較して人口が増加しなかったこと[4] が消費市場の狭隘さを生みだし、「人口はほぼ5000万人に停滞、農村的性格を有し」[5] ていた。

ナチス・ドイツ降伏後、フランス共和国臨時政府が政権を獲得したが、政権の中枢はフランス共産党フランス社会党(SFIO)、人民共同運動(MRP)の三党連立政権であった。臨時政府は全国抵抗評議会が作成したCNR綱領に沿った構造改革を行うことで、「『マルサス主義』の克服のために計画化、国有化、民主化を推進」[6] することだった。

ナチス・ドイツに協力したことを理由に1944年12月に、パ・ド・カレー北部炭坑(後、フランス石炭公社fr)に改組)、次いでルノー(1945年1月)が国有化された。その後、フランス銀行、四大商業銀行(クレディ・リヨネen)、ソシエテ・ジェネラル、全国割引銀行、全国商工業銀行)、34の保険会社などが国有化された。また、電力・ガス供給のために、フランス電力公社フランスガス公社が設立され、運輸部門では鉄道では、すでに大戦中に国有化されており、エール・フランスが国有化された[6]

企業の国有化の一方、経済社会の民主主義化がすすめられ、労働組合結成の自由、社会保障の整備がすすめられた。

1946年10月に臨時政府から第四共和政に政権が移行したが、引き続き、フランス共産党、SFIO、MRPの三党連立政権(ただし、1947年5月にフランス共産党は政権から離脱)が戦後復興を行うことになるが、物不足の中で輸入超過が進み、外貨不足は深刻となり、物価上昇が進んだ[7]。第二次世界大戦中の共産党の躍進もあり、フランスの共産化を防ぐべく、マーシャル米国務長官マーシャル・プランを実施、フランスには全体の24%が投下され[8]、国土の復興が図られた。

マーシャル・プランで投下した資本を元に、ジャン・モネが計画・立案したモネ・プラン(第1次計画、1948年~1953年)では、(1)電力、(2)石炭、(3)鉄鋼、(4)セメント、(5)鉄道・運輸、(6)農産物の6部門に重点的に資本を投下した。その結果、1948年には工業・サービス部門が、1950年には農業が1938年を超える水準にまで回復した[9]。しかし、朝鮮戦争を原因とした輸入財の物価上昇が始まり、1950年の7.9%から1952年には2.3%、1952年には3.0%へと低下、貿易赤字も1952年には6,180億ドルに達し、景気は失速していった[10]

モネ・プランの後で始まった、Étienne Hirschが作成したイルシュ・プラン(1954年~1957年、第2次計画)により、オイルショックまで続くフランスの高度経済成長(Trente Glorieuses)が始まった。イルシュ・プランでは6部門から17部門に資本を投下する分野が拡大され、経済成長を誘導する手法を採用、ボトルネックの解消から経済全体の均衡のとれた発展が目標となり、生産の量より質を重視された[9]。イルシュ・プランにより、1950年代の年間の経済成長率は平均4.5%となり、軽工業から重化学工業へと産業の構造が転換した[11]。また、住宅ラッシュや消費財の普及、1944年から続いた人口増加が経済拡大を後押しした。一方で、物価上昇が続き、フランス国内では生産できない資本財は海外からの輸入に頼るなど国際収支は悪化し、成長を阻害する原因となった。

普仏戦争第一次世界大戦、第二次世界大戦の反省から、ジャン・モネの提唱を受けて、1950年5月9日ロベール・シューマン外相がシューマン宣言を発表、翌1951年にフランス、西ドイツ、イタリア、ベネルクス三国の計6国で欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が、次いで1957年欧州経済共同体(EEC)欧州原子力共同体(EURATOM)が発足した。

ド・ゴール、ポンピドゥー、ジスカール・デスタン

シャルル・ド・ゴール

アルジェリア戦争により、第四共和政から第五共和政に政権は移行し、シャルル・ド・ゴールが大統領に就任した。ド・ゴールの任期中(1958年~1969年)、国内では経済成長につれテレビ洗濯機冷蔵庫自動車等の耐久消費財が普及した。同時代の日本の高度経済成長には及ばないものの、1960年代のフランスは年平均5.7%の経済成長を果たした[12]。これに並行して、イル=ド=フランスなどの経済の中心地域と、西部・南西部・中部といった農村地域との間に経済格差が生まれた。農業の近代化とともに第一次産業の従事者が減少する一方、新しい中間層としてホワイトカラーが増加していった。

1963年シムカクライスラーに、1964年マシンブルジェネラル・エレクトリックに買収され、ド・ゴール政権は外資に対して規制を厳しくするようになった。抗議の意味をこめてフランスは1966年に北大西洋条約機構を脱退した。内政では同年7月29日、政府が鉄鋼業界と協約を結び、合理化(実態は合理化カルテルの促進)を条件に手厚く保護した。公共事業10億フランの斡旋、補助金3億フランの拠出、1970年まで売上げの1%に満たない法人税という大盤振る舞いであった。そして何よりも27億フランに達する経済社会開発基金貸付が注目を浴びた。これはインフレ上昇分を考えると実質18億フランの贈与であるとH. Sègre に分析されている。

対英米路線は片手落ちだった。1967年にECSC・EECが発展解消してEC が成立した。EC は公務員の国籍要件を骨抜きにした。国防に直接の関係がないという理由で、国家出資庁が支えている公企業であるにもかかわらず、公共交通機関・電気通信・保険金融といった分野に外国人が登用されていった[13]。そして彼らは外資に対する規制を緩和してゆき、ちょうど1968年五月革命のころに完全自由化された。はかなくもド・ゴールはイギリスなど4カ国のEC 加盟に反対し続けたが、ECSC という鉄鋼カルテルの呪縛から逃れることはできなかった。任期中の経済成長を新聞に載る程度に浅く論じれば、エネルギー革命により安価な石油が利用できたことや、オフショア市場により世界的好況が演出されたという背景が指摘できる。しかしより直接の原因は巨額の財政支出と外資流入であり、それらは共に鉄鋼カルテルに由来した。1969年、ド・ゴールは辞任した。

同年の選挙に勝利したジョルジュ・ポンピドゥー(1969年~1974年)はフランス・フランの切り下げや産業再編を試みた。1973年に大きなできごとが3つ起こった。一つはイギリスのEC加盟である。もう一つはオイルショックであり、フランス経済は高失業・インフレというスタグフレーションに陥った。最後は欧州特許条約である。フランスが大不況期に取りまとめた工業所有権の保護に関するパリ条約は、戦前から電気系企業の要請を受けて改正されてきた。そしてついに欧州特許条約が特則となって、欧州特許庁はECから特許の所管を切り離したのである。1974年4月に白血病でポンピドゥーは死んだ。この前後それぞれ3ヶ月ほどにフランス・フランが非常な人気を呼び、欧州通貨制度を一次離脱したり、銀貨をより安価な金属で置き換えたりした。

金融畑のポンピドゥーは外国銀行に手厚かったし、後継のジスカール・デスタンも同路線を受けついだ。1970年から1977年に外国預金銀行の資産は激増した。以下100万フラン単位で具体例を挙げる。シティバンク893から17282で19.35倍、北欧商業銀行5227から15540で2.97倍、モルガン・ギャランティー3647から12159で3.33倍、バンカメ831から9825で11.82倍、チェース・マンハッタン3619から9799で2.70倍、東京銀行556から4758で8.56倍、バークレイズ501から4710で9.40倍となった。他にモルガン系のケミカルやロックフェラー系のファースト・ボストンもやってきて、それぞれ資産を1977年に52億と30億フランにした。ウェストミンスター銀行も資産を55億フランにした。ブラジル銀行は54億ドルとなった。[14] 当時の間接金融離れで成長した米国資本の進出が目立つ。

新たに大統領へ選出されたヴァレリー・ジスカール・デスタンen)(1974年~1981年)は、1975年第1回先進国首脳会議ランブイエで開催した。また、フルカート蔵相とレイモン・バール首相が共に緊縮政策を実施した。スタグフレーションは加速してしまい、1977年に鉄鋼業界で前年比の生産実績が急激に落ち込んでいた。営業損失が資本調達費用をいれて40億フランに迫った。1978年6月30日、主要鉄鋼会社の借入金は、Groupement des industries sidérurgiques から110億フラン、銀行から93億フラン、経済社会開発基金から85億フラン、クレディ・ナショナルから12億フランとなった[15]。1974年から1979年の間に極端な原発建設が推進されて35基も新しくできた。1979年に再びオイル・ショックが起こり、1979年に3.5%[12] まで回復した実質経済成長率が1981年には0.9%[12] にまで落ちた[16]

ミッテラン

フランソワ・ミッテラン

1981年フランス大統領選挙en)で選出された社会党出身のフランソワ・ミッテラン(1981~1995年)は1982年に主要企業を国有化することで、事態の打開を図ったものの失敗[17]、実質経済成長率は、1983年に1.2%、1984年に1.5%、1985年に1.7%と停滞[12]、失業率・物価上昇の改善もみられなかった[1]1985年国民議会選挙で敗北したため、ミッテランは国民運動連合(UMP)ジャック・シラクを首相に任命した(第1次コアビタシオン)。1988年にミッテランは「ni-ni政策」(これ以上の国有化も民営化もしない(これ以上の国有化も民営化もしない ni nationalisation ni privatisation) を打ち出し、この流れを止めようとした。

シラクは、国有化された企業を民営化(例 ルノーソシエテ・ジェネラルなど)し、金融市場を整備することで経済に活力を与えようとしたが、フランス政府がある程度の安定株主として株式を保有しており、ディリジスムの色彩は残った[18]

1980年代のフランスは、雇用回復なき経済低成長であった。インフレからは脱却したものの、職業教育の立ち遅れや賃金の硬直性、雇用創出力の伸びが低いこと、生産年齢人口の増加と女性労働力率の上昇により失業率は高止まりし[19]、先端技術製品市場における地位は日米独英に差をつけられる一方であった[20]

シラク、サルコジ

1995年フランス大統領選挙で勝利したジャック・シラク(1995年~2007年)が大統領に就任した頃には、移民の問題、雇用なき経済回復、若年失業者の増大といった問題が山積していた。シラクは大統領就任早々、ユーロ参加の条件を満たすために財政赤字はGDPの3%未満であること(収斂基準)から、公約として掲げていた財政出動を取り消し、緊縮財政を行い、結果として2002年のユーロ参加につながることになった。

オランド政権下の現在

2012年フランス大統領選挙ではフランソワ・オランドが大統領に就任したが、左派である自党の社会党に加え右派のUMPと国民戦線の支持率が拮抗し、混沌とした情勢となっている。左派からは富裕層増税・新自由主義からの脱却・ワークシェアリングの推進が提起され、右派からはイノベーションの推進が提起される状況であり、現在はこうした方針を硬軟両様に織り交ぜながらフランス国民が一体となって新産業を創出していく時代となっている。

17年ぶりの社会党政権として発足したオランド政権は、2013年から2年間の時限措置で、年収1000万ユーロを超える個人の所得税率を、現行の約40%から一気に75%に引き上げる案を示した。2012年中にベルギー国籍を申請したフランス人は126人に達した。憲法会議は2012年12月末に「税の公平性に反する」として、違憲判断を下した[21]

産業

フランスは先進国の一国であり、多くの産業基盤を持つ。世界にリードする分野として通信衛星を含む通信分野、宇宙航空産業、造船、医薬品、化学、自動車産業などがある。GDP(購買力平価換算)に占める研究開発費の割合は2007年には5.2兆円(推定)を占め、1位は米国、2位は日本、3位は中華人民共和国に次ぐ、4位である[22] ものの、政府負担の割合では38.4%とイギリス(31.9%)、ドイツ(27.8%)やアメリカ(27.8%)、中国(24.7%)、韓国(23.1%)、日本(17.4%)と比べて高い[23]

第一次産業

パリ盆地北部、ノルマンディーのコーに広がる小麦畑

フランスはEU最大の農業生産国であり、EUにおける農業生産高の3割を占める。北部は小麦甜菜が主であり、西部では、乳製品豚肉鶏肉などの家禽類、リンゴの生産が主である。中部では牛肉の生産が盛んである。また、中部から南部にかけて果物野菜ワイン生産用の葡萄の栽培が盛んである。また、フランスは林業や水産業も盛んである。EUの共通農業政策ウルグアイ・ラウンドにより、農業の自由化の圧力がかかり、結果として農業部門の改革が進んできている。

2007年における主要農作物の生産量ベースでは、牛乳(世界7位)、小麦(世界5位)、葡萄(世界4位)、甜菜(世界1位)となっている[24]

フランスは世界第7位の穀類生産国[25] であり、米国に次ぐ世界第2位の農産品輸出国である[26]。しかしながら、農産品の70%はEU諸国、貧困にあえぐアフリカ諸国(旧植民地を含む)に輸出されている。小麦、牛肉、豚肉、家禽類、日用雑貨が主要輸出品である。米国はフランスへの第二の輸出国であるが、日用雑貨に関しては他のEU諸国や発展途上国と競争関係にある。フランスは米国から主に大豆、飼料、魚介類、消費者が好むスナックやナッツといった製品を合わせて、年間約6億ドル輸入している。フランスから米国にはチーズワインを輸出している。

フランスの農業はEUからの約110億ユーロにのぼる補助金に過度に依存しているため、フランスはEUが補助金を削減することに反対している。補助金によりフランスの農産品は競争力が押し上がっている一方、自由貿易を歪めている。付加価値税を避けるためにフランスワインを健康食品と再分類するといった施策によりフランス国内の農業部門を延命させている。

第二次産業

食品

フランスワインの生産地

葡萄の生産が盛んなことから、ブルゴーニュシャンパーニュボルドー等の地域でフランスワインの生産が盛んであるが、近年ではフランスワイン生産に対する補助金の削減が行われている。

化学

フランス国内には石油資源が無いために、海外からの輸入に依存している。トタルは石油メジャーの一角として存在している。産業ガス大手としてエア・リキード、世界2位の医薬品メーカーであるサノフィ・アベンティス(2004年にサノフィ・サンテラボがアベンティスを合併)[27]、化粧品メーカーとしてロレアルが存在する。

輸送用機器

フランスには、ルノーPSA・プジョーシトロエンといった自動車産業、周辺産業として世界1位のシェアを持つミシュランタイヤが存在する。

軍需産業、宇宙航空産業

エアバス社の最新鋭機A380

フランスは世界第3位の武器供給国である。フランスの軍需産業の主要顧客はフランス政府であり、年間約350億ユーロが軍事費に使用されている。加えて、フランスの軍需産業はアラブ首長国連邦ブラジルギリシャインドパキスタン台湾シンガポールといった外国政府も顧客に持つ。

宇宙航空産業、軍需産業の主要企業としてEADSエアバスの100%親会社として存在し、エアバスが米国のボーイングとしのぎを削っている。また、商業目的としては完全に失敗に終わったが、シュド・アビアシオンは超音速の旅客機コンコルドをイギリスとともに開発、製造した過去を持つ。

EADSはエアバス・ディフェンス・アンド・スペースを通して、A400M他の軍用輸送機を生産している他、ダッソー・アビアシオンを通してミラージュ戦闘機シリーズを、ユーロファイターを通して、ユーロファイター タイフーンを生産する他、ミサイルの生産や国際宇宙ステーションなどの計画に参画している。陸では、ネクスターAMX-30ルクレール等の戦車を生産している。

エネルギー

エネルギー及び天然資源に関する統計
電気(2008年)[28]
生産量 5,491億kWh
消費量 4,946億kWh
輸出 587億kWh
輸入 107億kWh
電気生産のエネルギー源
化石燃料 10.4%
水力 12.4%
原子力 76.2%
石油(2008年)[2]
生産高 70,800バレル/日(2008年)
消費 1,986千バレル/日
輸出 554千バレル/日
輸入 3,181千バレル/日
純輸入 2,346千バレル/日
確認貯蔵量 103.3億バレル
天然ガス[2]
生産高 920百万m³(2005年)
消費 4,921百万m³(2005年推定)
輸出 10百万m³ (2005年)
輸入 4,935百万m³ (2005年)
貯蔵量 6,937百万m³

フランスは産油国ではないため、原子力発電所に依存している。1973年には、発電量の8%に過ぎなかった原子力発電の発電量の比率は、1980年には24%、1990年には75%、2006年には78%に達している。

フランス電力公社の民営化

2004年11月20日、フランス最大の電力会社であるフランス電力公社(EDF、Electricité de France)の株式のうち、国家保有分30%が売却され、ユーロネクスト・パリに上場された。フランス電力公社以外にも、傘下にCNR(fr)等を持つ、エンジー、スペインの エンデサSNET経由)といった電力会社が存在する。

第三次産業

金融業

フランスの金融業は、ミッテランまでの国有化、第1次コアビタシオンにより民営化の歴史がある。旧パリ証券取引所(現ユーロネクスト・パリ)は第1次コアビタシオン時に、フランス政府が保有していた株式を売却するために、シラクの手によって整備された。主要金融機関として、クレディ・アグリコルBNPパリバアクサソシエテ・ジェネラルがある。

観光業

国連世界観光機関の最新の統計によると(世界観光ランキング)、2015年に、フランスには年間約84百万人以上の外国人観光客が世界中から訪れた。観光業はフランス経済に重要な役割を担っている。観光地として、ヴェルサイユ宮殿モン・サン=ミシェルなどの世界遺産が存在する他、地中海沿岸はリゾート地としても開発されており、ニースカンヌといった都市、スイス、イタリアにまたがるアルプス山脈が存在する。

交通・運輸

パリのモンパルナス駅に停車するTGV Atlantique

フランスの運輸業を担うインフラは、100平方キロメートル当たり146キロメートルの距離がある道路と6.2キロメートルの鉄道に依拠している。パリを中心に、道路・鉄道のネットワークが形成されている。旅客の高速輸送手段として1970年代にパリ-リヨン間で開通したTGVがフランス国内のみならず、ドイツ、ベルギー、イタリアまで運転している。


金融制度

2002年1月1日ユーロの導入以前に、フランス国内で発行されていた通貨はフランス・フランであり、中央銀行はフランス銀行であった。ユーロの導入により、1ユーロ=6.55957フランス・フランとして交換されることになった。フランス銀行は欧州中央銀行のメンバーとして参加することになった。国内ではフランスの中央銀行としての位置づけは変わらないが、為替政策に関しては欧州中央銀行が持つことになった。

貿易

フランスはドイツに次いで、貿易額が多い[29]。1992年から2004年までは、経常収支黒字であったが、2005年以降、経常収支赤字に転換し、2008年の経常収支赤字は44,014百万ユーロにまで拡大した[30]。 その後も赤字が続き2014年には原油安によるエネルギー輸入額の縮小もあったが貿易赤字は538億ユーロとなった。エネルギーを除くと貿易赤字額は167億ユーロと前年の124億ユーロから増大した[31]。 硬直的な雇用慣行や労働コストの高止まり、小売店の営業規制など様々な規制もあるフランスでは、ユーロ圏の経済活動の自由化に伴い相対的に成長に制約がかかった。 そのため規模の利益範囲の経済集積の経済、国境の自由化で物流が効率化されたことによるストロー効果などの経済的合理性により産業がドイツに集まり空洞化している。そのため2013年には1976億ユーロの貿易黒字を出し、経済的に好調なドイツとは対照的にフランスは経済成長も低い。 労働コストについては逆にドイツでは最低賃金が設定されておらず、非正規雇用のなどの低賃金セクターの拡大が公正な競争環境ではないと非難されていた[32]。内需拡大と貿易不均衡の是正を求められたドイツは2014年7月に時給8.5ユーロの最低賃金を議会で決定し、翌1月1日施行された。

財政赤字

フランスの財政状況(1959年~2007年)。緑色の線がユーロ参加に必要な収斂基準、財政赤字対GDP比3%。

フランスの財政収支は赤字であるが、ユーロ参加の条件である財政赤字対GDP比3%以内という条件を満たすために、財政赤字幅は減少、1993年の対GDP比6.4%の赤字で底打ちしていた[1] ものの、世界金融危機 (2007年-)により財政出動を行った結果、EUの欧州委員会はフランスの財政赤字が2010年には8.2%、2011年には7.7%になると予測しており[33]、2009年12月2日、EU財務相会合で2013年までに財政赤字をGDP比3%以下に削減するよう勧告が出されている[34]

地域経済

各地域圏の比較

フランスは首都圏(イル=ド=フランス地域圏)の1人あたりGDPが突出しており地方との経済格差が大きく、スペインやイタリア(南北格差)、ドイツ(東西格差)といった他のEU諸国とは異なる様相を示している。首都圏以外ではリヨンがあるローヌ=アルプ地域圏マルセイユがあるプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域圏ノール=パ・ド・カレー地域圏ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏が比較的裕福である。

アルザス地域圏のように過去に機械の生産が盛んだったところは、絶対額では上位には来ないものの、相対的には豊かである。

オーヴェルニュ地域圏リムーザン地域圏サントル=ヴァル・ド・ロワール地域圏は農村地帯であり、アキテーヌ地域圏シャンパーニュ=アルデンヌ地域圏はブドウの生産が重要な役割を担っている。

各地域圏のGDP及びの1人当たりGDPの順位は下表のとおり。

順位地域圏(和名)地域圏(アルファベット)GDP
(in millions euros, 2005)
GDP per capita
(euros, 2005)
1イル=ド=フランスÎle-de-France480,87042,712
2ローヌ=アルプRhône-Alpes165,03428,131
3プロヴァンス=アルプ=コート・ダジュールProvence-Alpes-Côte d'Azur120,36525,693
4ノール=パ・ド・カレーNord-Pas de Calais86,74721,555
5ペイ・ド・ラ・ロワールPays de la Loire84,99025,401
6アキテーヌAquitaine76,89525,374
7ブルターニュBretagne73,51124,443
8ミディ=ピレネーMidi-Pyrénées67,48625,140
9サントル=ヴァル・ド・ロワールCentre-Val de Loire61,96825,005
10ラングドック=ルシヨンLanguedoc-Roussillon53,19721,752
11ロレーヌLorraine53,01322,769
12アルザスAlsace46,87026,196
13オート=ノルマンディーHaute-Normandie44,86424,923
14ピカルディPicardie41,27622,022
15ポワトゥー=シャラントPoitou-Charentes39,28623,311
16ブルゴーニュBourgogne38,73323,880
17シャンパーニュ=アルデンヌChampagne-Ardenne33,55025,093
18バス=ノルマンディーBasse-Normandie33,25323,099
19オーヴェルニュAuvergne30,63223,127
20フランシュ=コンテFranche-Comté27,01623,782
21フランス海外領土Département d'outre-mer (2002)22,89113,375
22リムーザンLimousin16,32622,664
23コルスCorsica5,84621,508

出典: INSEE.

主要都市・県の経済

フランスのいくつかの都市・県は他の都市・県と比べて豊かである。パリ、オー=ド=セーヌ県、ローヌ県には大企業の本社が集中している。INSEEの2004年の統計によると、オー=ド=セーヌ県の1人当たり平均所得は28,000ユーロ、イヴリーヌ県は27,900ユーロ、パリは25,000ユーロとフランスの平均所得15,000ユーロを超えている。フランスもほかの国と同様に、極端に裕福な地域が存在する。オー=ド=セーヌ県にあるMarnes-la-Coquetteというコミューンが最も裕福でINSEEの2004年の統計によると平均所得は81,750ユーロということである。

エコノミスト・インテリジェンス・ユニットが調査した報告をもとに、Barclays Wealthが2007年に推計したところ、3百万人のミリオネアがフランスにいるということである[35]

脚注

  1. World Economic Outlook Database, October 2009”. International Monetary Fund. 2009年12月19日閲覧。
  2. THE WORLD FACTBOOK”. CIA. 2009年12月13日閲覧。
  3. 長部(1995)pp.333-334
  4. 長部(1995)pp.335-336 1830~1930年の100年間にイギリス、ドイツ、アメリカの人口はそれぞれ3倍、2倍、13倍増えたのに対し、フランスはわずか1.3倍にとどまった。
  5. 長部(1995)p.336
  6. 長部(1995)p.347
  7. 渡邊(1998)p.39。パリの小売物価指数(1938年=100)は、以下のように推移した。1944年 285、1945年 393、1946年 645、1947年 1,030、1948年 1,632、1949年 1,817
  8. 渡邊(1998)pp.39-40
  9. 長部(1995)pp.348-349
  10. 渡邊(1998)pp.57-58
  11. 長部(1995)p.350
  12. INSEEより計算。French GDP”. INSEE. 2009年12月19日閲覧。各年を とおき、各年の実質GDPを(1960年=100)とし、各年の実質GDP経済成長率をとすると、1969年の実質GDPは約165になる。それを相乗平均すると約5.7%になる。
  13. 菅原真 「フランスにおける外国人の公務就任権(3)近代国民国家における<国籍>・<市民権>観念研究序説」 法学73(5), 74(1,4) 2009-2010年
  14. Le Nouvel Economiste/Spécial 5000, Nov. 1978, p.215.
  15. Jacques Barraux et les autres, Acier - La fin des maîtres de Fourges, Le Nouvel Economiste, 25 Sept. 1978, p.52.
  16. 長部(1995)p.373
  17. 渡邊(1998)pp.217-219
  18. 渡邊(1998)pp.230-234
  19. 長部(1995)pp.382-383
  20. 長部(1995)pp.384-385
  21. 日経新聞 仏「税率75%」避け富裕層脱出 ベルギー国籍、倍増126人 2013/1/9 23:44
  22. 平成21年度版科学技術白書 p.54 第1-3-7図 主要国等の研究費の推移(購買力平価換算)”. 文部科学省. 2009年12月19日閲覧。
  23. 平成21年度版科学技術白書 p.55 第1-3-8図 主要国等の研究費の政府負担割合の推移”. 文部科学省. 2009年12月19日閲覧。
  24. Food and Agricultural commodities production”. FAO. 2009年12月19日閲覧。
  25. 『世界の統計2009』p.112 表4-4 農業生産量―穀物・いも類・豆類”. 総務省統計局. 2009年12月19日閲覧。
  26. Table C1 – Value of agricultural imports and exports, FAO Statistical Yearbook 2007-2008”. FAO. 2009年12月19日閲覧。
  27. 【世界の製薬企業ランキング】減収もファイザーがトップ守る-武田薬品が「100億ドルクラブ」に”. 薬事日報社. 2008年8月17日閲覧。
  28. L'électricité en France en 2008”. Ministère de l'Écologie, de l'Énergie, du Developpement durable et de l'Aménagement du territorie. 2009年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年12月19日閲覧。(仏語)
  29. Leading exporters and importers in world merchandise trade, 2007”. World Trade Organization. 2009年12月19日閲覧。
  30. Annual Report 2010”. Banque de France. 2012年7月30日閲覧。
  31. 経済動向-フランス”. JETRO(日本貿易振興機構). 2015年3月22日閲覧。
  32. ドイツの貿易黒字は「不公平」、政府高官が異例の批判=シュピーゲル誌”. Reuters. 2015年3月22日閲覧。
  33. 欧州委、13年までの財政規律達成を独・仏などに勧告へ”. ロイター. 2009年12月19日閲覧。
  34. EU財務相会合、加盟13カ国に対し財政赤字削減の期限を設定”. ロイター. 2009年12月19日閲覧。
  35. Barclays Wealth Insights, Volume 5:Evolving Fortunes, In co-operation with the Economist Intelligence Unit (pdf). Barclays Wealth. p. 5. 2015年3月閲覧。

参考文献

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関連項目

外部リンク

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