ブライアン・コーリー

ブライアン・スコット・コーリー(Bryan Scott Corey、1973年10月21日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ベンチュラ郡サウザンドオークス出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。

ブライアン・コーリー
Bryan Corey
ロッテ時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ベンチュラ郡サウザンドオークス
生年月日 (1973-10-21) 1973年10月21日(50歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 MLBドラフト12巡目(全体333位)で
デトロイト・タイガースから指名
初出場 MLB / 1998年5月13日
NPB / 2004年6月22日
KBO / 2011年4月2日
CPBL / 2011年9月4日
最終出場 MLB / 2008年8月9日
NPB / 2010年9月23日
KBO / 2011年7月8日
CPBL / 2011年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

台湾球界での登録名は、酷力。

経歴

現役時代

ボストン・レッドソックス時代
(2008年2月24日)

1993年のMLBドラフト12巡目(全体333位)でデトロイト・タイガースから指名され、プロ入り。

1997年12月、MLBエクスパンションドラフト3巡目(全体63位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名され、移籍した。1998年5月13日のミルウォーキー・ブルワーズ戦(バンク・ワン・ボールパーク)でメジャーデビュー。

2004年、読売ジャイアンツの中継ぎ陣の不振のため、シーズン途中に投手コーチの香田勲男が急遽渡米して獲得した。当初は抑え候補として期待され、6月22日の中日ドラゴンズ戦で初登板したが、結局は中継ぎでの登板のみに終わった。21試合に登板したが満足な結果を残すことができず、1年で退団となった。

2006年はテキサス・レンジャーズ、ボストン・レッドソックスに在籍して32試合に登板し、防御率3.69の成績を残した。2007年は9月のロースター拡大に伴い、メジャー昇格した。9試合の登板ながら防御率1.93と好成績を残した。

しかし2008年は開幕から失点する試合が続き、4月11日にマイク・ティムリンが故障者リストから復帰したのに伴い、戦力外となった。4月22日、レッドソックス傘下のAAA級ポータケット・レッドソックスとマイナー契約を結んだもののレッドソックスのブルペン事情が苦しいこともあり、25日に再びメジャー契約を結んで昇格を果たした。だが、4月29日にマイク・ローウェルが故障から復帰したことにより再び戦力外となり、5月11日にサンディエゴ・パドレスへトレードされた。パドレスでは同年39試合に登板するものの、防御率6.23と不本意な成績に終わった。

2009年はレンジャーズ傘下のAAA級オクラホマシティ・レッドホークスでプレー。シーズン終了後に千葉ロッテマリーンズの入団テストを受け合格した[1]。

6年ぶりの日本プロ野球となった2010年は谷間の先発で活躍し、4勝を挙げたが、2011年の契約はされずこの年限りで退団した[2]。

2010年12月19日、韓国・ロッテ・ジャイアンツと契約したことが発表された。2011年4月2日のハンファ・イーグルスとの開幕戦では開幕投手を務め7回無失点で勝ち投手になった。だがその後は先発でもリリーフでも思うような活躍ができず、シーズン途中の7月9日にロッテ・ジャイアンツから放出された。同年8月31日、退団したスティーブ・ハモンドの代役として、台湾・Lamigoモンキーズ に入団した。

2012年は、3月はメキシカンリーグのメキシコシティ・レッドデビルズ、4月から9月まではアメリカ独立リーグ・アトランティックリーグのカムデン・リバーシャークスでプレーした。同年限りで現役引退した。

現役引退後

2017年よりオークランド・アスレチックス傘下で投手コーチを歴任しており、この年はA-級バーモント・レイクモンスターズ、2018年はA+級ストックトン・ポーツ、2019年はルーキー級アリゾナリーグ・アスレチックスで同職に就いた[3]。2021年からは巡回のピッチングリハビリコーディネーター補佐に就任した[3]。2022年は再びA級ストックトンの投手コーチを務め[4]、2023年からはAAA級ラスベガス・アビエイターズの投手コーチを務める[5]。

投球スタイル・人物

140km/h台中盤の速球と落差のあるチェンジアップに加え、スライダー、カッターを投げる。

ファンにも非常に紳士的に応じ、人間性も評価されている。

詳細情報

年度別投手成績

年

度
球

団
登

板
先

発
完

投
完

封
無
四
球
勝

利
敗

戦
セ
丨
ブ
ホ
丨
ル
ド
勝

率
打

者
投
球
回
被
安
打
被
本
塁
打
与
四
球
敬

遠
与
死
球
奪
三
振
暴

投
ボ
丨
ク
失

点
自
責
点
防
御
率
W
H
I
P
1998 ARI 30000000------204.061201100449.002.00
2002 LAD 100000000----31.000000000000.000.00
2004 巨人 210000110--.50011223.03031022170018145.481.74
2006 TEX 1600001100.5007517.11508001300552.601.33
BOS 16000010031.0009121.2201702150011114.571.25
'06計 3200002103.66716639.03511502280016163.691.28
2007 9000010011.000329.160400600221.931.07
2008 700000001----316.01113104007710.502.33
SD 3900001303.25016739.0427930182127276.231.31
'08計 4600001304.25019845.05381240222134346.801.44
2010 ロッテ(M) 1480004400.50019444.14881702300128244.871.47
2011 ロッテ(G) 2580004331.57130072.18381004480041344.231.29
Lamigo 540002100.66711022.2353501150016114.371.76
MLB:5年 910000440*8.50041998.1100103343572156565.131.35
NPB:2年 3580005500.50030667.178112724470146385.081.56
KBO:1年 2580004331.57130072.18381004480041344.231.29
CPBL:1年 540002100.66711022.2353501150016114.371.76
  • 「-」は記録なし
  • 通算成績の「*数字」は不明年度がある事を示す
  • 表中のロッテ(M)(2010年在籍)は、NPBの千葉ロッテマリーンズ
  • 表中のロッテ(G)(2011年在籍)は、KBOのロッテ・ジャイアンツ

記録

NPB

背番号

  • 49(1998年、2002年)
  • 97(2004年)
  • 37(2006年 - 同年途中)
  • 63(2006年途中 - 同年終了)
  • 41(2007年、2011年 - 同年途中)
  • 30(2008年 - 同年途中)
  • 40(2008年途中 - 同年終了)
  • 33(2010年)
  • 32(2011年途中 - 同年終了)

脚注

  1. ブライアン・コーリー投手の入団について 千葉ロッテマリーンズニュースリリース 2009年12月18日付
  2. コーリー投手、ムニス選手との来季契約について 千葉ロッテマリーンズニュースリリース 2010年11月16日
  3. Bill Moriarity (2020年12月15日). “A’s 2021 Minor League Staff Includes Some Familiar Names”. A’s Farm. 2021年6月12日閲覧。
  4. “Ports Announce 2022 Field Staff”. MiLB.com (2022年2月3日). 2022年4月30日閲覧。
  5. Jim Gemma (2023年1月24日). “Fran Riordan Returns as Manager of the Las Vegas Aviators® for 2023 campaign!”. MiLB.com. 2023年4月4日閲覧。

関連項目

外部リンク

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