ブラッド・フルマー

ブラッド・フルマー (Bradley Ryan Fullmer :ブラッドリー・ライアン・フルマー、1975年1月17日 - ) は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身の元プロ野球選手である。ポジションは内野手(一塁手)、外野手(左翼手)であるが、指名打者 (DH) での出場試合数が最多(465試合)であった。

ブラッド・フルマー
Brad Fullmer
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州カリフォルニア州
生年月日 (1975-01-17) 1975年1月17日(49歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 一塁手
プロ入り 1993年 ドラフトモントリオール・エクスポズ2巡目
初出場 1997年9月2日 ボストン・レッドソックス戦
最終出場 2004年7月24日 オークランド・アスレチックス戦
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

1993年6月3日、モントリオール・エクスポズからドラフト2巡目で指名を受けた。そして、約3ヵ月後の9月8日に契約を結んだ[1]。同年と1994年はマイナーリーグも含め、試合に出場しなかった。

1995年、アルバニー・ポールキャッツ (A級) でプロデビューを果たした。この年は123試合に出場し、打率.323・8本塁打・67打点・10盗塁という成績を残した。

1996年は、ウェストパームビーチ・エクスポズ (A + 級) とハリスバーグ・セネターズ (AA級) で計126試合に出場し、打率.297をマークした。

1997年、セネターズとオタワ・リンクス (AAA級) の2チームでプレイ。118試合に出場して打率.303・22本塁打・79打点・7盗塁という好成績を残した。同年9月2日の対ボストン・レッドソックス戦で、代打としてメジャーデビューを果たした。この打席では右中間スタンドに2点本塁打を叩き込み、初打席本塁打を記録した[2]。最終的には打率.300・3本塁打・8打点という打撃成績を記録した。

1998年はエクスポズのファーストのレギュラーに定着し、140試合で44二塁打・2三塁打・13本塁打を放ち、長打を量産した。シーズンオフのルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票では、5位にランクインした (同年の受賞者はケリー・ウッド) [3]。打撃面では好成績をマークしたが、守備面では137試合の一塁守備で、ファーストとしてリーグ最多の17失策・守備率.985という成績に終わり、拙守を呈した。

1999年、100試合に出場したが、1ケタ本塁打に終わった。守備面では、守備率を.991まで改善させた。

2000年3月16日に、大型トレードでトロント・ブルージェイズに移籍した[1]。アメリカン・リーグに移籍した事で、この年から指名打者としての出場がメインになった。シーズン通じて打撃好調を維持し、自身初の30本塁打・100打点のラインをクリアした。チームではカルロス・デルガード、トニー・バティスタ (以上41本)、ホゼ・クルーズ (31本) の3人と共に「30本塁打カルテット」を構築した[4]。

翌2001年、自己最多の146試合に出場したが、前年から大幅に打撃成績を落とした。

2002年1月17日、自身2度目のトレードでアナハイム・エンゼルスに移籍した[1]。エンゼルスでは打率.289・19本塁打・59打点という打撃成績をマークし、走塁面でも自己ベストとなる10盗塁を決めた。ポストシーズンでは、3ステージで計12試合に出場し、打率.294・1本塁打・5打点・2盗塁という成績を記録、チームのワールドシリーズ制覇に貢献した。シーズンオフにFAとなったが、2003年1月6日に再契約を結んだ[1]。

2003年は、ルーキーイヤー以来となる.300以上の打率をマークしたが、ヒザの故障で故障者リスト (DL) 入り影響により、63試合の出場に留まった[5]。10月15日にエンゼルスから解雇されたが、12月18日にテキサス・レンジャーズと契約を結んだ[1]。

2004年、レンジャーズで76試合に出場して11本塁打を放ったが、低打率 (.233) に留まった。11月1日にFAとなり、2005年7月7日にシカゴ・ホワイトソックスと契約を結んだが[1]、2004年を最後にメジャーで試合に出場する事はなかった。

選手としての特徴

  • 打撃

長打力があって二塁打が多く、シーズン32本塁打を放った事もある。レンジャーズ在籍時の2004年にも、20本塁打以上を期待出来るとされ[5]、実際に20本塁打を超えるペース (シーズン半分の81試合以下で2ケタ本塁打) を放っていた。チャンスにも強い[5]。

  • 走塁

マイナー、メジャーどちらでもシーズン2ケタ盗塁を記録した事がある。

  • 守備

一塁手としてリーグ最多失策を記録した事もあり、守備力は平均以下である[5]。

詳細情報

背番号

モントリオール・エクスポズ
  • 14 (1997)
  • 20 (1998 - 1999)
トロント・ブルージェイズ
  • 20 (2000 - 2001)
アナハイム・エンゼルス
  • 20 (2002 - 2003)
テキサス・レンジャーズ
  • 20 (2004)

年度別打撃成績

年

度
球

団
試

合
打

席
打

数
得

点
安

打
二
塁
打
三
塁
打
本
塁
打
塁

打
打

点
盗

塁
盗
塁
死
犠

打
犠

飛
四

球
敬

遠
死

球
三

振
併
殺
打
打

率
出
塁
率
長
打
率
O
P
S
1997 MON 194340412203238000021170.300.349.575.924
1998 140547505581384421322573660139427012.273.327.446.773
1999 1003743473896342916147230322623514.277.321.464.785
2000 TOR 1335244827614229132269104310630366814.295.340.558.898
2001 146573522711433121823283520738868813.274.326.444.771
2002 ANA 1304794297512435619228591030332615447.289.357.531.888
2003 6323520632639291033554012642314.306.387.500.887
2004 TEX 762902584160191111143312022713307.233.310.442.752
通算:8年 807306527893957782031611413554423221023216333737371.279.336.486.822

獲得タイトル・表彰・記録

  • ワールド・チャンピオン:1回 (2002年)
  • 初打席本塁打 (1997年)

出典

  1. Brad Fullmer Statistics and History - Transactions - Baseball-Reference.com (英語) . 2014年11月29日閲覧。
  2. September 2, 1997 BOS VS MON - Baseball-Reference.com (英語) . 2014年11月29日閲覧。
  3. 1998 Award Voting - NL Rookie of the Year Voting - Baseball-Reference.com (英語) . 2014年11月29日閲覧。
  4. 2000 Toronto Blue Jays Batting, Pitching, & Fielding Statitics - Baseball-Reference.com (英語) . 2014年11月29日閲覧。
  5. 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2004』廣済堂出版、2004年、214頁頁。ISBN 4-331-51040-9。

外部リンク

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