ベスト3夢の顔合せ

ベスト3夢の顔合せ』(ベストスリーゆめのかおあわせ)は、1975年10月4日から1976年9月25日まで日本テレビ系列局で放送されていた日本テレビ製作のバラエティ番組である。松下電器産業(現・パナソニック)の一社提供。全39回。放送時間は毎週土曜 19:30 - 20:00 (日本標準時)、プロ野球ナイター中継が予定されている日には放送を休止。

ベスト3夢の顔合せ
ジャンル バラエティ番組
出演者 アン・ルイス
ずうとるび
郷ひろみ
ほか
製作
制作 日本テレビ
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1975年10月4日 - 1976年9月25日
放送時間土曜 19:30 - 20:00
放送分30分
回数39

概要

各回のテーマに合わせて登場する3人の芸能人たちが披露する歌やコントを審査し、その中からベスト1を決めていた公開番組である。テーマと出演者は、視聴者からのリクエストに合わせることもあった。

プロ野球中継で休止することが多く、特に夏場には1か月間にわたって放送されないことがあった。そのため、1年間にわたって放送されていたのにもかかわらず、放送回数は3クール分しかなかった。

司会

サブタイトル

放送日サブタイトル備考
11975年
10月4日
セーラー服が良く似合う
210月11日アコ百恵・悦子の気は優しくて力もち
310月18日逮捕するわョ!婦人警官
410月25日ものまねスーパースター
511月1日旅姿喧嘩三人娘
611月8日キザッペ日本一!
711月15日楽器の天才それ!
811月22日秀樹の恋人誰なのさ?
911月29日百恵を狙う男達!!
1012月6日ジャジャ馬日本一!!
1112月13日女のド根性日本一!
1212月20日ブギウギ娘No.1
1312月27日グループ大激戦!
141976年
1月10日
五木八代北島演歌実力日本一!!
151月17日誰?日本調No.1?
161月24日特別公開放送!新御三家武道館で対決後述
171月31日
182月7日
192月14日高二トリオ最後の対決
202月21日世紀のエンタテイナー!!
212月28日ゆかりアッコ圭子・激突!女の意地
223月6日実録ヤングNo.1!
233月13日フィンガー5本格派に初挑戦!5人で対決
243月20日異色のグループ、おかしな奇妙な対決!!
253月27日愉快なカップルずうとるび最後の回
264月3日心配だなァひろみ!まかせてよさん郷ひろみ初回
274月24日あのねのね、ひろみに挑戦
285月1日ひろみとはるみで春一番!
295月8日アグネス日本調に挑戦!
305月22日ひろみとあゆみでハッピーデュエット
316月12日天才中学生ベスト3と対決!!暗算の天才が出演
327月3日ひろみの若大将幸せだナァ
337月10日不明プロ野球雨天中止時に備えて編成
347月17日御三家VS新御三家
357月24日初登場!ヨーヨー世界一!!
368月28日三味線三橋VSギター五郎
379月11日三奈と五郎でGS復活!
389月18日新御三家 熱唱絶唱
399月25日不明事実上の最終回
4010月2日未放送(後述)

参考:読売新聞縮刷版』読売新聞社、1975年10月4日 - 1976年10月2日付のラジオ・テレビ欄。

放送局

特記の無い限り全て放送時間は土曜 19:30 - 20:00、同時ネット。

備考

1976年1月24日から3回に渡って放送された「新御三家の日本武道館対決」の収録が行われた日本武道館
  • 初回のメインゲストは桜田淳子山口百恵森昌子花の高2トリオが出演。ゲストは和田アキ子だった。
  • 同日には、フジテレビでも同じく松下電器一社提供の『ズバリ!当てましょう』(第2期)が土曜19:00枠でスタートしており、1975年10月4日付の朝日新聞のラジオ・テレビ欄には本番組と『ズバリ!当てましょう』合同の番組宣伝広告が掲載されていた。なお、この回の『ズバリ!当てましょう』の出題ゲストは前述の山口百恵であり、山口は1日に2つの松下電器一社提供番組に出演する形になった。
  • 1976年1月24日から放送の「新御三家の日本武道館対決」の回に出演していた新御三家の3人は、自分たちの出演料で車椅子を購入し、愛の小鳩事業団(現・日本テレビ小鳩文化事業団)を通じて障害者支援施設に寄付した[18]。この「武道館からの放送」と「寄付」という2つの要素は、2年後の1978年に日本テレビが始めた特別番組『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』に受け継がれた。
  • 最終回は、1976年10月2日のナイター雨天中止時の雨傘番組として組まれていた。同日のナイターは予定通りに行われたため、本番組の最終回は放送されず、9月25日放送分が最後の放送となった。この最終回は、別の時間帯での代替放送が行われたのかは不明である。

脚注

  1. 北海道新聞』(縮刷版) 1975年(昭和50年)10月 - 1976年(昭和51年)9月、テレビ欄。
  2. 秋田魁新報』1975年12月テレビ欄。
  3. 岩手日報』1975年12月テレビ欄。
  4. 山形新聞』1975年12月テレビ欄。
  5. 福島民報』1975年12月テレビ欄。
  6. 新潟日報』1975年12月テレビ欄。
  7. 山梨日日新聞』1975年12月テレビ欄。
  8. 『北國新聞』1975年12月テレビ欄。
  9. 中日新聞』1975年12月テレビ欄。
  10. 京都新聞』1975年12月テレビ欄。
  11. 山陰中央新報』1975年12月テレビ欄。
  12. 山陽新聞』1975年12月テレビ欄。
  13. 愛媛新聞』1975年12月テレビ欄。
  14. 徳島新聞』1975年12月テレビ欄。
  15. 熊本日日新聞』1975年12月テレビ欄。
  16. 大分合同新聞』1975年12月テレビ欄。
  17. 沖縄タイムス』1975年12月テレビ欄。
  18. 『読売新聞縮刷版』読売新聞社、1976年1月24日付のラジオ・テレビ欄。

参考文献

  • 『朝日新聞縮刷版』朝日新聞社、1975年10月4日付のラジオ・テレビ欄。
  • 読売新聞縮刷版
日本テレビ系列 土曜 19:30 - 20:00
(本番組から松下電器一社提供枠)
前番組 番組名 次番組
ハロー!スポーツ
(1975年4月5日 - 1975年9月27日)
ベスト3夢の顔合せ
(1975年10月4日 - 1976年9月25日)
オールスター親子で勝負!
(1976年10月9日 - 1978年9月30日)
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