マキシモ・ネルソン

マキシモ・ネルソンMaximo Nelson, 1982年4月21日 - )は、ドミニカ共和国出身のプロ野球選手投手)。

マキシモ・ネルソン
Maximo Nelson
中日ドラゴンズ時代
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サントドミンゴ
生年月日 (1982-04-21) 1982年4月21日(41歳)
身長
体重
204 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2000年 アマチュアFA
初出場 NPB / 2008年7月19日
最終出場 NPB / 2012年9月8日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

経歴

プロ入り前

地元の高校を卒業後、2000年10月にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結ぶが、ウィリー・ピエ(Willy Pie)という偽名を使っていたことに加え、年齢を3歳ほどサバを読んでいたために、ビザ発給がスムーズにいかず、2001年から2003年までドミニカで過ごした[1]

ヤンキース時代

その後、2004年に渡米し、ルーキーリーグのガルフ・コーストリーグ・ヤンキースでプレーし、6勝3敗、防御率2.63の成績を残し、翌2005年の有望新人リストでは30位にランクインするなど、将来を嘱望されていた。しかし同年オフ、ドミニカ人グループが画策した偽装結婚疑惑に関与し解雇され、さらにビザ発給の永久停止処分を受けてアメリカから国外追放となった[注 1]。この偽装結婚疑惑には30人以上が関与し、ネルソンは1人当たり日本円で30万円ほどの報酬を受け取っていたとされる[3][4]。騒動にはファン・デレオンも加わっていたとされる。

ドミニカ共和国時代

ドミニカ共和国に帰国後、2006年からはドミニカン・サマーリーグに参加。ヤンキースとパドレスの合同傘下チームでプレーし、4勝2敗、防御率1.18の成績を残すが、出番は少なく農業や漁業で生計を立てていた。

2007年からはイスラエル野球リーグでプレーし、5勝1敗[5]。オフのドミニカウィンターリーグでの投球が中日ドラゴンズの目に留まり、入団テストを受けることになる。

中日時代

2008年、中日の春季キャンプでのテストに合格。ブルペン捕手兼通訳のルイス・フランシスとは同郷であり、それが縁でルイスが森繁和チーフコーチに紹介ことも入団に一役買った。来日の際はアメリカへの入国を禁止されていたため、アメリカを経由できずヨーロッパ経由で入国した[6]。開幕後二軍で3試合登板し、7月19日の対阪神タイガース戦で一軍初登板。

2009年7月21日の対広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)にてプロ入り初勝利を果たした。9月18日の対横浜ベイスターズ戦(ナゴヤドーム)で初先発するが、4回一死満塁で降板し、敗戦投手となった。同年は前年に比べて登板機会が増え、26試合に登板し、1勝3敗、防御率3.58の結果を残した。

2010年2月26日、キャンプ地の沖縄から移動する際に那覇空港での手荷物検査の際に鞄から実弾が見つかり銃刀法違反容疑で逮捕された[7]。ドミニカにおいて銃は認可登録申請を経て所持することが認められており、ネルソン本人も「ドミニカでは野球選手が強盗に襲われる事件が多く、護身用として銃を携帯していた」と話している。銃は来日時にドミニカの自宅に置いてくるつもりであったが、銃弾だけが荷物に紛れ込んだという。警察の事情聴取の後、故意に銃弾を持ち込んだ可能性が低いこと、ネルソン本人が深く反省していることなどから翌27日に釈放。3月2日、球団から「故意ではないが、銃弾所持は重大な犯罪」として3か月の出場停止の処分が下された[8]。6月に謹慎期間が明けると一軍に合流。7月以降は先発ローテーション入りし、9月2日に来日初の完封勝利を挙げるなど4勝を記録した。また、ネルソンはこの時「日本に来て一番向上したのは制球」と語った[9]

2011年4月12日の対横浜戦で初の開幕投手を務める(中日の外国人投手では1986年の郭源治以来)。7月26日の対阪神戦では、その日昇格したばかりの森田一成初打席本塁打を献上してしまう[10]。この年は先発ローテーションの一角として活躍し、打線の援護がなかなかもらえず10勝14敗と負け越すものの、安定した投球でチームの優勝に貢献した。

2012年は開幕から怪我に悩まされ、6試合に登板し、0勝1敗、防御率7.15と精彩を欠くシーズンとなり、10月2日に球団から戦力外通告を受け、5日に自由契約公示された[11]

中日退団後

2013年、中南米を拠点に所属チームを探し[12]リーガ・ベネソラーナ・デ・ベイスボル・プロフェシオナルカルデナレス・デ・ララに入団。1月20日に初先発を果たした[13]。そこでの登板が、肘痛で契約解消となったケルビン・ヒメネスの代役を探していた韓国プロ野球斗山ベアーズの目に留まり、2月14日よりキャンプ地の清武総合運動公園(宮崎県宮崎市)で入団テストを受けたが、不合格に終わった。4月には、千葉ロッテマリーンズが獲得に動いていることが報道されたが[14]、契約には至らなかった。

2014年6月9日、韓国の独立球団・高陽ワンダーズと契約。

2015年リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボルアグアスカリエンテス・レイルロードメンと契約するが、5月9日に解雇となる。10月から母国ドミニカのウィンターリーグリーガ・デ・ベイスボル・プロフェシオナル・デ・ラ・レプブリカ・ドミニカーナティグレス・デル・リセイでプレー。

2016年からは再びドミニカ共和国のウィンターリーグでプレー。

選手としての特徴

一軍公式戦での平均球速約146km/h[15]、最速155km/hのストレートスライダーフォークツーシームを投げる。球速については来日時に会見で「最速で96mph(約154km/h)」と自ら語り、同時期の球団資料では158km/hだったという。入団当初はクイック投球や制球に難があり、盗塁されたり四死球を連発して崩れることが多かったが、以降はクイック・制球も改善され、減少傾向となる。

疲労の回復が早く、2011年はたびたび中4日で先発している[16]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2008 中日 600000000----296.090400600223.002.17
2009 2610001311.25021550.14861601494024203.581.27
2010 1592104300.57129368.16573725380024243.161.49
2011 3131200101400.417840209.11711249361495063592.541.05
2012 610000101.0005411.11417008001097.151.86
通算:5年 8442410152112.4171431345.130726113512250901231142.971.22
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

NPB投手記録
  • 初登板:2008年7月19日、対阪神タイガース13回戦(ナゴヤドーム)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初奪三振:2008年7月21日、対広島東洋カープ13回戦(ナゴヤドーム)、9回表に石原慶幸から空振り三振
  • 初セーブ:2009年4月10日、対広島東洋カープ1回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回裏に4番手で救援登板・完了、3回2失点
  • 初ホールド:2009年7月3日、対読売ジャイアンツ10回戦(ナゴヤドーム)、7回表に2番手で救援登板、1回無失点
  • 初勝利:2009年7月21日、対広島東洋カープ14回戦(ナゴヤドーム)、6回表に2番手で救援登板、2/3回無失点
  • 初先発:2009年9月18日、対横浜ベイスターズ21回戦(ナゴヤドーム)、3回1/3を5失点で敗戦投手
  • 初先発勝利:2010年7月29日、対読売ジャイアンツ15回戦(東京ドーム)、5回2/3を2失点
  • 初完投:2010年8月5日、対東京ヤクルトスワローズ16回戦(明治神宮野球場)、8回5失点で敗戦投手
  • 初完投勝利・初完封勝利:2010年9月2日、対広島東洋カープ21回戦(ナゴヤドーム)
NPB打撃記録
  • 初安打・初打点:2010年9月2日、対広島東洋カープ21回戦(ナゴヤドーム)、2回裏にエリック・スタルツから中前適時打

背番号

  • 49(2008年 - 2012年)

脚注

注釈

  1. その後「処分決定後、5年間のビサ発行停止」に緩和されたため、2011年以降はアメリカへの入国が可能となった[2]

出典

  1. Scouting Yankee Prospect #35: Maximo Nelson Scout.com 2004年12月9日
  2. 中日ネルソン、メジャーで人気急騰”. 日刊スポーツ (2010年11月11日). 2021年9月11日閲覧。
  3. 名珍外国人列伝マキシモ・ネルソン”. スポーツナビ+ (2010年3月1日). 2010年3月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年9月11日閲覧。
  4. 偽装?ネルソン“ウソばっかり””. デイリースポーツonline (2008年1月25日). 2010年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月25日閲覧。
  5. https://alexenberg.blogspot.com/
  6. 外国人テスト生が来日 ドミニカからネルソンとデラロサ”. 中日スポーツ (2008年1月25日). 2010年11月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月25日閲覧。
  7. 中日のネルソン投手を銃刀法違反で逮捕”. MSN産経ニュース (2010年2月26日). 2010年3月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年2月26日閲覧。
  8. 実弾所持の中日・ネルソン投手、3カ月間の試合出場停止”. asahi.com (2010年3月2日). 2010年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年3月2日閲覧。
  9. 中日スポーツ 2010年9月3日付 1面
  10. Company, The Asahi Shimbun. 若トラ森田、初打席初アーチ”. asahi.com. 2022年7月19日閲覧。
  11. 2012年度 自由契約選手”. 日本野球機構 (2012年10月5日). 2012年10月5日閲覧。
  12. http://www.liderendeportes.com/Noticias/Beisbol/Leones-protesto-inscripcion-de-Maximo-Nelson.aspx
  13. http://www.el-nacional.com/deportes/guante_de_oro/Cardenales-volo-cima_0_121787873.html
  14. “ロッテ、元中日ネルソン獲り 先発駒不足解消へ”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月22日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/23/kiji/K20130423005666830.html 2021年9月11日閲覧。
  15. 気になるあの投手たちの持ち球CHECK!『週刊ベースボール』2011年26号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-6/20、35-39頁。
  16. 【日めくりドラゴンズ】中6日が苦手?1月24日。ネルソンが来日。 | ドラの巻【昇竜復活へ!CBC中日ドラゴンズ情報】”. CBCテレビ・CBCラジオ (2019年1月24日). 2019年1月24日閲覧。

関連項目

外部リンク

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