マートバル・シンハ・タパ
マートバル・シンハ・タパ(英語: Mathabar Singh Thapa、ネパール語: माथवरसिंह थापा、1798年 - 1845年5月17日)は、ネパールの政治家。同国首相を1843年11月28日から1845年5月17日まで務めた。

マートバル・シンハ・タパ
生涯

マートバル・シンハ・タパ
1843年、ファッテ・ジャンガ・シャハに代わる形で首相となる。
だが、マートバル・シンハは王太子スレンドラを擁し、ラジェンドラ王に退位を勧めたため、王と第二正妃ラージャ・ラクシュミー・デビーを敵に回した[1]。
そのため、1845年にマートバル・シンハはガガン・シンハ・カワース、ジャンガ・バハドゥル・クンワルらによって殺害された[2]。のち、ファッテ・ジャンガが首相に再任された。
脚注
- 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.535
- 佐伯『世界歴史叢書 ネパール全史』、p.537
参考文献
- 佐伯和彦『ネパール全史』明石書店、2003年。
関連項目
- ネパールの首相
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