ライオット・ガール

ライオット・ガール:riot grrrl)は、1990年代初頭にアメリカ合衆国ワシントン州オリンピア[1]ワシントンD.C.[2]で始まった、フェミニストによるアンダーグラウンドパンクミュージックの流行、および音楽とフェミニズム政治を組み合わせたサブカルチャー運動である[3]

ライオット・ガール
現地名 riot grrrl
様式的起源 ハードコア・パンクパンク・ロックオルタナティヴ・ロックインディー・ロック
文化的起源 1990年代初頭
アメリカ合衆国ワシントン州オリンピア
使用楽器 エレクトリック・ギターエレクトリックベースドラムキーボード

インディー・ロックから生まれたジャンルで、パンクシーンは女性が男性と同じように表現することのインスピレーションとなっており[4]、しばしば第三波フェミニズムと関連しているとされる[5]。ライオット・ガールのバンドは、レイプ近親相姦摂食障害などの問題にも取り組み、ZINE(ファンジン)を媒体として少女たちとの繋がりを形成した[2]

「grrrl」という単語は、などの唸り声を表す擬音語「grrr」と「girl(少女)」を合わせた造語である[6]

歴史

起源

ビキニ・キル(1991年)
ブラットモービル(1994年)

1970年代後半から1980年代半ばにかけて、スージー・スーポリー・スタイリンなど、後にライオット・ガールの精神に影響を与えた画期的なパンク・ロックやメインストリームロックの女性ミュージシャンが多数存在した。1980年代にはニューヨーク出身の多くの女性フォークシンガーが登場し、その歌詞は現実的・社会政治的であると同時に近しい印象も与えた[7]

1980年代半ばには、ジーン・スミスが率いるカナダバンクーバーの音楽ユニット、メッカ・ノーマルが結成されて影響力を示し、サンフランシスコの女性ハードコアバンド、シュガーベイビードールがこれに続いた[8]。その後、1988年に創刊され10代女子向けとしては難解な題材を扱っていた雑誌「Sassy」において1989年に「Women, sex and rock and roll(女性、セックス、ロックンロール)」と題する記事が掲載され、流行の先鞭をつけた[8]

1990年代初頭のワシントン州オリンピアとシアトルでは、インディーズのアンダーグラウンドミュージックに携わる女性がパンク・ロックのファンジンを制作したりパンクバンドを結成したりすることでフェミニストの考えや欲求を明確に表現する基盤があった[7]。1991年には、アメリカキリスト教連合による法的中絶反対運動や弁護士アニタ・ヒル最高裁判事クラレンス・トーマスセクシャル・ハラスメントで告発した問題といった女性にまつわる出来事が社会的な話題となり[9]、若いフェミニストたちは、音楽イベントのInternational Pop Underground Conventionなどを通じて抗議の声を上げた[10]

1990年より、ライオット・ガール運動の旗手とされるバンド、ビキニ・キルがオリンピアで活動を開始する。ビキニ・キルは「Revolution Girl Style Now(さあ革命の少女のスタイルを)」と呼びかけ、デモアルバム『Revolution Girl Style Now!』を1991年にリリースした[11]。また、1991年には、ビキニ・キルとともに運動の牽引役となるバンド、ブラットモービルが同じワシントン州で結成される。ワシントンD.C.で暴動が発生していた1991年春、ブラットモービルのメンバーであるジェン・スミスは、同じくメンバーのアリソン・ウルフへの手紙の中で「girl riot(少女の暴動)」というフレーズを用いた[9][12][13]。同年には、活動に参加している女性ミュージシャンのロイス・マフェオがホスト役のラジオ番組「Your Dream Girl」が、オリンピアのラジオ局KAOSで開始された[8]

衰退

1992年開催のイベント「Riot Grrrl Convention」を告知するファンジン

ライオット・ガール運動に携わる多くのミュージシャンは大手レコードレーベルを敬遠してインディーズレーベルのキル・ロック・スターズ・レコードKレコーズなどと組み、頑なにアンダーグラウンドの現象であり続けた[14]。しかし、雑誌や新聞での扱いが大きくなるにつれて、このまま主流になればライオット・ガールが歪むと考える強硬派とそれほどハードコアではないグループとの間に不和が生じ始める。10代の高校生当時にライオット・ガールの活動に参加していた作家のジェシカ・ホッパーは後者で、1992年にニューズウィークからライオット・ガールに関する取材を受けた[15]後に個人攻撃をされていると感じ、これを機に活動から離脱した[16]

バンドの演奏スタイルは一部のジャーナリストに衝撃を与えたが、それは、しばしば誤った記事や敵対的な記事の執筆に繋がった。ビキニ・キルのボーカルであるキャスリーン・ハンナは、ワシントン・ポストがハンナは父親にレイプされたと主張したという虚偽情報を報じたと語っている[2]。また、イギリスの音楽ジャーナル紙「Melody Maker」は、「ライオット・ガールができる最善のことは、立ち去って読書をすることだ。汚い小さなファンジンではなく」と記している[2]。こうした否定的な報道に対し一部のライオット・ガールの活動家は反メディアのスタンスをとるようになるが、これにより更なる否定的な話の助長に繋がった[2]。その後メディアの関心が薄れ、1995年にはライオット・ガールの終焉の話題が現れ始める[2]。1994年から1995年にかけてブラットモービルなど多くのライオット・ガール・バンドが解散し、ビキニ・キルも1997年に解散した。

こうした中、1995年には、元恋人との別れについて歌ったアラニス・モリセットの楽曲『ユー・オウタ・ノウ』がヒットして大衆の注目を集め、モリセットはフェミニストから新たなヒロインとして歓迎される[2]。また、これまでライオット・ガールと関連付けられていた「ガールパワー」という言葉は、イギリスのアイドルグループ、スパイス・ガールズがスローガンに用いたことで意味合いが変化し、彼女たちを象徴する言葉として若い女子の間に普及した[17]

その後の展開

ザ・リグレッツ(2016年)
プッシー・ライオット(2012年)

流行の衰退後も一部のライオット・ガール関連のミュージシャンは活動を続けている。ビキニ・キルのキャスリーン・ハンナは1998年にエレクトロニック・ロック・バンドのル・ティグラを結成し2010年からは別のバンド、ザ・ジュリー・ルインでも活動、2019年にはビキニ・キルを再結成しツアーを行っている[18]。また、ブラットモービルは1998年から2003の期間に活動を一時再開した。一方で新興のバンドも登場し、2015年結成のザ・リグレッツは、ライオット・ガールとドゥーワップなどの要素を融合させたスタイルをとっている[19]

ライオット・ガール運動はアジアヨーロッパ南アメリカでも広がりを見せている[20]。運動のグローバル化から生まれた最も有名なバンドの一つは、2011年にロシアで結成されたプッシー・ライオットである[20]。プッシー・ライオットは、2012年にモスクワ救世主ハリストス大聖堂の祭壇で無許可演奏を行いメンバーが逮捕されたことでメディアの注目を集め、フェミニズム、LGBTの権利、そしてグループが独裁者と見なしているロシアのウラジーミル・プーチン大統領の政策への反対をテーマとした音楽を演奏している[21]

批判

ライオット・ガール運動は十分に包括的ではないという批判を受けている。また、運動の参加者はしばしば分離主義者であると非難される。

一つの主要な議論は、運動が中流階級の白人女性に焦点を合わせ、他の種類の女性を疎外しているということである。運動に参加していたミュージシャンのラムダシャ・ビクシームは、1993年に制作したファンジン「GUNK」の中で「ライオット・ガールは変化を求めているが、誰が含まれているのか疑問に思う。ライオット・ガールはごく少数、つまり白人の中流階級のパンク女子に非常に近しい」と記している[14]。また、著作家のライナ・ドーズは自身が10代の時に流行していたライオット・ガールにさほど興味を持たなかったが、キャスリーン・ハンナの活動を収めた2013年公開のドキュメンタリー映画『The Punk Singer』の中で有色の女性がいなかったのを見て、ライオット・ガールに熱狂しなかった理由は黒人女性である自分のためではなく白人女性のためのものだったからだと理解した、としている[22]

脚注

  1. the Riot Grrrl Movement”. New York Public Library (2013年6月19日). 2021年1月27日閲覧。
  2. Kristen Schilt. The History of Riot Grrls (英語). The Feminist eZine. 2021年1月27日閲覧。
  3. Garrison, Ednie-Kach (2000). “U.S. Feminism-Grrrl Style! Youth (Sub)Cultures and the Technologics of the Third Wave”. Feminist Studies 26 (1): 142. doi:10.2307/3178596. JSTOR 3178596.
  4. Marion Leonard. "Riot grrrl." Grove Music Online. Oxford Music Online. Oxford University Press. Web. 20 Jul. 2014.
  5. When punk went feminist: the history of riot grrl (英語). Gen Rise Media (2020年5月12日). 2021年1月27日閲覧。
  6. Grrrl | Definition of Grrrl by Oxford Dictionary on Lexico.com also meaning of Grrrl (英語). Lexico. 2021年1月27日閲覧。
  7. R. Sabin, Punk Rock: So What?: The Cultural Legacy of Punk, (Routledge, 1999), ISBN 0415170303
  8. E. McDonnell, Rock She Wrote (Cooper Square Press, 1999), ISBN 0815410182
  9. Marcus, Sara (2010). Girls to the Front. Harper. p. 146. ISBN 9780061806360
  10. Marcus, Sara (2010). Girls to the Front: The true story of the riot grrrl revolution. HarperCollins. p. 94. ISBN 9780061806360
  11. Bikini Kill | Biography & History (英語). AllMusic. 2021年1月27日閲覧。
  12. Andersen, Mark (2001). Dance of Days: Two Decades of Punk in the Nation's Capital. Soft Skull Press. ISBN 978-1887128490
  13. Leonard, Marion (1998). “Paper Planes: Travelling the New Grrrl Geographies”. Cool Places: Geographies of Youth Cultures. Routledge. pp. 101-118
  14. Darms, Lisa (June 11, 2013). The Riot Grrrl Collection. Feminist Press (CUNY). p. 168. ISBN 978-1558618220
  15. REVOLUTION, GIRL STYLE (英語). Newsweek (1992年11月22日). 2021年1月27日閲覧。
  16. (TwelveLittleGrrrls) - Articles”. Seventeen. 2020年8月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年1月27日閲覧。
  17. Girl power | You've come a long way baby... (英語). BBC News (1997年12月30日). 2021年1月27日閲覧。
  18. Riot grrrl pioneers Bikini Kill: 'We're back. It's intense' (英語). The Guardian (2019年1月9日). 2021年1月27日閲覧。
  19. Steve Janes (2017年1月13日). The Regrettes: "Feel Your Feelings, Fool" | riot grrrl resurgence - like Bikini Kill, Taco Cat (英語). WithGuitars. 2021年1月27日閲覧。
  20. Dunn, Kevin C. (2014-06-16). “Pussy Rioting”. International Feminist Journal of Politics 16 (2): 317-334. doi:10.1080/14616742.2014.919103. ISSN 1461-6742.
  21. Cadwalladr, Carole (2012年7月28日). “Pussy Riot: will Vladimir Putin regret taking on Russia's cool punks?” (英語). The Observer. ISSN 0029-7712. https://www.theguardian.com/world/2012/jul/29/pussy-riot-protest-vladimir-putin-russia 2021年1月27日閲覧。
  22. Laina Dawes (2013年5月15日). Why I Was Never a Riot Grrrl (英語). Bitch Media. 2021年1月27日閲覧。

参考文献

  • Gottlieb, Joanne and Gayle Wald. "Smells Like Teen Spirit: Riot Grrrls, Revolution, and Women in Independent Rock." Microphone Fiends: Youth Music and Youth Culture. Eds. Andrew Ross and Tricia Rose. New York: Routledge, 1994.
  • Kaltefleiter, Caroline K. (2016). “Start your own revolution: agency and action of the Riot Grrrl network”. International Journal of Sociology and Social Policy 36 (11/12): 808-823. doi:10.1108/IJSSP-06-2016-0067. ISSN 0144-333X.
  • Kearney, Mary Celeste. "Brought to You by Girl Power: Riot Grrrl's Networked Media Economy," Girls Make Media. New York: Routledge, 2006. ISBN 0-415-97278-7.
  • Kearney, Mary Celeste. "‘Don’t Need You’: Rethinking Identity Politics and Separatism from a Grrrl Perspective," Youth Culture: Identity in a Postmodern World . Ed. Jonathan Epstein. Cambridge: Blackwell, 1998. ISBN 1557868506.
  • Kearney, Mary Celeste. "The Missing Links: Riot Grrrl—Feminism—Lesbian Culture." Sexing the Groove: Popular Music and Gender. Ed. Sheila Whiteley. New York: Routledge, 1997. ISBN 0-415-14670-4.
  • Leonard, Marion. "Feminism,‘Subculture’, and Grrrl Power." Sexing the Groove: Popular Music and Gender. Ed. Sheila Whiteley. New York: Routledge, 1997. ISBN 0-415-14670-4.
  • Nguyen, Mimi Thi. "Riot Grrrl, Race, and Revival." Women & Performance 22. 2-3 (2012): 173-196.
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