三体

三体』(さんたい)は、中華人民共和国のSF作家劉慈欣による長編SF小説。2006年5月から12月まで、中国のSF雑誌『科幻世界』で連載され、2008年1月に重慶出版社によって単行本が出版された。本作は「地球往事」三部作の第一作である。

三体
著者劉慈欣
原題三体
翻訳者監修
立原透耶
翻訳
大森望光吉さくらワン・チャイ
中華人民共和国の旗 中華人民共和国
言語中国語簡体字
シリーズ「地球往事」三部作
ジャンルSF小説
出版社中華人民共和国の旗 重慶出版社
日本の旗 早川書房
出版日中華人民共和国の旗 2008年1月
日本の旗 2019年7月4日
出版形式単行本
ページ数中華人民共和国の旗 302
日本の旗 448
ISBN978-7-5366-9293-0 (中国語版)
978-4-15-209870-2 (日本語版)
次作三体II 黒暗森林

本作、またこれを含む「地球往事」三部作(『三体』三部作ともいう)は中国において最も人気のあるSF小説の一つとされ、2015年時点で50万組以上を売り上げている[1]。また、本作は2014年11月にケン・リュウによる英訳が出版され、これも複数のSF賞にノミネートされるなど高く評価されている。2019年時点で全世界累計発行部数は2900万部を記録しており[2]、20か国以上の言語で翻訳されている[2]

日本語版は2019年7月4日に早川書房より発売された。日本語訳は、光吉さくらとワン・チャイの共訳による原書からの翻訳原稿を、英語の翻訳が専門のSF翻訳家である大森望が、著者とケン・リュウの協議により変更の加えられた英訳版とも比較し改稿したものである[3]

設定

小説の基本設定には、ニュートン力学にある古典的な三体問題を取り込んだものがある。とある三重星系には、生きと滅びを繰り返す三体星人があり、その中の最も新しい世代の三体星人は、地球文明の科学技術より数倍先端なものを有している。

あらすじ

文化大革命の時、天体物理学専攻の女子大生葉文潔は、清華大学の物理学教授である父・葉哲泰が紅衛兵の批判を受け嬲り殺されるのを目のあたりにした。その後、紆余曲折を経て大興安嶺山脈の奥地に巨大なパラボラアンテナを備える「紅岸基地」に入った。中国共産党中央委員会に直属する極秘基地である紅岸基地の目的は西側の衛星の情報収集や、高出力のマイクロ波を照射して衛星を破壊することとされていたが、真の目的は異星人の探索と交信であった。世界に先駆けて異星文明と接触して西側に対する圧倒的アドバンテージを得る。葉文潔はそこで偶然に太陽の増幅反射機能を発見し、遥かな遠方と電波で通信することを可能とした。彼女はこの機能を駆使して、密かに地球文明の情報が入った電波を宇宙に送り出し始めた。地球と最も近い恒星系の惑星に生きている異星人——「三体星人」がこの情報を受け取った。それから、三体の世界と地球の世界は、関わりを持ち始めた[注 1]

三体星人たちの世界は、地球人が想像しがたい、過酷極まりない世界である。その世界は質量がほぼ等しい3つの恒星からなるため、その運動は解析的に解くことはできない(多体問題)。三体星人たちが住む惑星は、この三つの恒星の引力で乱れた軌道を取る。もし一つの恒星が惑星を捕まえてその周囲に巡らせたら、三体星人は定期的な日夜を持つ温暖な環境を享受ししばらく穏やかな発展期を迎える。この時期を「恒紀」と呼ぶ。だがこの安定は続かず、やがて他の恒星の摂動をうけて周回軌道から剥ぎ取られた惑星は3つの恒星の織り成す不秩序で不安定な重力場の中を彷徨い、日の出日没は定まらなくなり長期に渡り日照が続いたり日が昇らない夜が続き、恒星に接近して地表が数千度にまで熱されたり、遠ざかって窒素も凍る極寒の気候になる「乱紀」となる。もし惑星が複数の恒星に同時に近づけば、惑星は複数の引力を受けて裂けてしまう。三体星人は乱気の高温による乾燥や低温による凍結を乗り越えるべく体液を排出する「脱水」機能を備えて環境の激変に耐え、恒紀を迎えれば「再水化」して肉体を取り戻す歴史を繰り返したが、それとて必ずしも環境の激変を乗り越えられるとは限らない。このため三体星人の文明は数百回の滅びを迎えざるを得なかった。そして、さらに恐ろしいことに、彼らの住む惑星の質量は恒星に対して小さく、その運動は翻弄され、三体星系から弾き出されて極寒の虚空を永遠に彷徨うかもしれないし、最悪の場合は恒星に墜落するかも知れない。そうなれば、三体星人とその文明は永遠に滅亡する。そのため、彼らにとって残った選択は、宇宙に移民するのみである。三体星人は、いつも天災に脅かされているため、帝国主義的な社会体制と地球人の道徳を無視する価値観を取らざるを得なかった。そうしないと生き延びることができないからである[注 1]

その様な状況の中に届いた葉文潔からの情報を得て、僅か4光年の近傍に、たった一つの恒星を巡り永遠の恒紀が続き豊かな水に恵まれ生命が栄える夢の様な世界が存在することを知った最新の三体文明は、地球より遥かに進歩した技術を結集して1000隻の大型戦艦からなる艦隊を結成し、征服のため地球へと送り出した。

三体星人と地球人が関わりを持ち始めた後、葉文潔は、富豪の子で環境破壊に心を痛めるマイク・エヴァンスに出会い、三体の高度な文明の存在を伝えた。後に膨大な遺産を受け継いだエヴァンスは三体の優れた文明を受け入れるべく「地球三体組織」(Earth Three-body Organization, 以下ETO)という組織を作り上げ、葉文潔を、この組織の精神的なリーダーとして迎えた。ETOには人類文明に絶望したり三体の高度な文明に憧れる地球人たちが集い、地球の文明を滅ぼし、三体の文明を取り入れようとした。また、ETOは、同志を見つけるために「三体」オンラインゲームを開発し、地球人の中に賛同する者を探し出した。

一方で、三体星人は地球に確実かつ順調に移民するために、地球文明と人類を消し去ることに決めた。しかし、既に出発した艦隊が地球に到着まではおよそ450年かかるため、その間に地球の科学技術が三体と同じレベルになるかもしれないと危惧した三体星人は、後続の第2艦隊建造に代えて「智子」(ソフォン)プロジェクトを開始した。智子とは「智恵のある粒子」のことである。三体星人の科学者は、まず陽子の内包する11次元構造を2次元に展開させ、その2次元表面に強い相互作用を使って集積回路を刻み込んで計算機を構築し、再び陽子に縮退させた。即ちスーパーコンピューターを仕込んだ陽子である智子を4個作成した。複数の智子があれば、エンタングルさせることで光速に縛られずに智子同士の遠隔作用が可能になる。これを利用し、2個の智子を三体の世界に残して通信・制御用とし、もう2個の智子を加速器を使って準光速で飛ばし地球に送り込んだ。到着した智子は地球の情報収集を行うと共に、高エネルギー加速器の研究を撹乱し、物質構造研究を阻止し、地球人の科学の発展を不可能にする。また地球の優れた科学者に理論的に説明できない現象を見せて絶望させて自殺に追い込み、それと相俟ってETOも科学者を暗殺し始めた。これで科学技術で地球人に追い付かれることはあるまい。

相次ぐ科学者の謎の死をきっかけに諸国の政府も一つになって危機に対応し始めた。本作の主人公である汪淼は智子によってありえない現象を見せられ、同じ分野の研究者である申玉菲に相談し、紹介された「三体」オンラインゲームに参加した。警察官史強の要請もあって汪淼はゲームを継続してクリアし、ETOに招待されて潜入することに成功した。汪淼はETOの情報を得て、史強と連携し、多国籍軍の協力の下、パナマ運河でETOの中枢である船 "Judgement Day" (審判の日)をエヴァンスはじめETOメンバーごとナノ材料でできたワイヤーで切り刻み、他のETOの残党も鎮圧した。その後、葉文潔らを捕縛した諸国の政府は、彼女への尋問と船のコンピュータから取り出したデータから、初めて三体の文明に関する詳細資料を手に入れた。しかし、三体文明の侵略者が450年後に地球に来ることに変わりはない。科学の発展が智子によって阻害された人類は、来たるべき戦いに備えなければならない。

三体星人は、智子を介して地球人に「お前たちは虫けらだ!」のメッセージを送りつけた。既に圧倒的な科学力の差を見せつけられた上に地球の科学発展も封じられ、最早太刀打ち出来ないと絶望して酒に溺れる汪淼や丁儀らを、史強は蝗害に襲われる故郷に連れ出し、人類がこれまで数多の手段を講じても、虫は決して滅ばなかったと諭す。

登場人物

翻訳

初めて『科幻世界』で連載された本小説の第一章「狂乱の時代」(: 瘋狂年代)には、文化大革命を描く一段落があり、それは清華大学の紅衛兵及び百日大武闘ゲバルト)を下敷きとする。中国本土で刊行される単行本では、この部分は「中国の政治・社会状況に照らして、文革から語り起こすのは得策ではないという判断」から第七章に移されたが、英語版では著者が本来意図していた構成に戻され、日本語版もそれに準じている[3]

ケン・リュウが翻訳した英語版は「中国人読者をして『原作より読みやすい』と言わしめた名訳」とされており[4]、日本語版の翻訳者である大森は「ケン・リュウの英訳が原文に忠実でありながら非常に明解でわかりやすかった」として日本語版の目標にしたと述べている[5]。また著者の劉慈欣は「中国文学が外国語に翻訳されると何かが失われやすいものですが、『三体』では、むしろ得ていると思います」とし、中国のSFファンに向けて、英語が理解できるのであれば英語版を読むよう勧めている[6]

その他

2015年、第73回ヒューゴー賞の長編小説部門を受賞。アジア人作家の作品では初めての受賞となった[7]

2015年、Facebook社CEOマーク・ザッカーバーグが、2週間ごとにお勧めの本を一冊紹介する企画「A Year of Books」で「三体」をその一冊に選んだ。ザッカーバーグは「最近読んだ重厚な経済学や社会科学の本からの楽しい休憩になる」と推薦した[8]

2017年1月16日、当時のアメリカ大統領バラク・オバマは、米紙ニューヨーク・タイムズのインタビューで、「三体」シリーズの愛読者であると自ら明かした。彼は「とても想像力豊かで本当に面白かった。広大な宇宙の運命について読んでると、日々直面している議会の問題はかなり些細なもので心配するようなことではないと思えた」と語っている[9]

アメリカの映画監督であるジェームズ・キャメロンは劉慈欣との会見で三体三部作の愛読者であることを自ら明かした[10]日本ゲームデザイナーである小島秀夫も「三体」シリーズの愛読者であり、日本語版に「普遍性と、娯楽性、そして文学性の、まさに『三体』の重力バランスの絶妙なるラグランジュ点でこそ生まれた、奇跡の『超トンデモSFだ』」と推薦文を寄せている[11][12]

受賞歴

各言語への翻訳

各言語名と各国版題名を発行年順にまとめる。

映像化

舞台

2016年6月初演[15]。『中国語!ナビ』(NHK Eテレ)Webサイト内の出演者情報欄において、ミュージカル俳優の劉鍾德のキャリアとして記載がある[16]。『まいにち中国語』(NHK第2)2021年4月放送の中でも同様の言及があった[17]

アニメ

YHKT Entertainment(芸画開天)により制作された3DCGアニメ。2022年12月10日よりbilibiliにて順次配信開始。

同アニメは視聴者から酷評を受けた。中国の映像レビューサイトのdouban(豆瓣)にて、10点満点中5点未満と評価している[18]

ドラマ(中国)

三部作のうち、第一作の映像化[19]。霊河影視制作(上海)有限公司などにより制作され、2023年1月15日放送・配信開始。中国ではテンセント・ビデオによって配信され、記録的なヒットとなった[20]。日本ではまずWOWOWで2023年10月より放送・配信されたのち、U-NEXTでも配信された[21]。葉文潔に絡めて「三体II 黒暗森林」の主人公である羅輯を思わせる人物が登場する場面がある。

ドラマ(Netflix)

2020年9月1日、Netflixが地球往事三部作のドラマシリーズ製作を発表した[22]。2024年3月21日に配信が開始された[23]劉慈欣の協力を得てストーリーを大幅に改変し、舞台をイギリスに変更している。登場人物も葉文潔やマイク・エヴァンス、紅岸基地関係者等を除きイギリス人に変更され、汪淼や丁儀らにあたる科学者を5人のオックスフォード大学研究者としている。また、シーズン1では「三体II 黒暗森林」や「三体III 死神永生」のエピソードの一部を取り入れている。

中国ではNetflixによるサービスは提供されていないが、VPNなどを利用して視聴していると報じられており、本作品に関するレビューサイトも存在していた。しかし、文化大革命に関する演出が物議を醸す事態となり、SNSやレビューサイトでも賛否が分かれていた。その後、2024年4月にレビューサイトのコメント欄が閉鎖されたことが明らかになった[24][25]

脚注

注釈

  1. 葉文潔が最初に電波を送信した後、これを受信した三体星人の平和主義者が「二度と応答するな。さもなくば太陽系の位置座標は三体星人に晒され、地球文明が危機を迎える。」との警告信号を送り返した。しかし、文化大革命の打撃で人類に絶望していた葉文潔は、この警告を無視して再度三体星人に向けて信号を発信した。これを以って、三体星人は太陽系の座標を特定したのである。

出典

  1. 斉魯晚報 (2015年3月4日). 中国科幻小说红到欧美 《三体》获星云奖提名 (中国語). 中国新聞網. 2021年3月2日閲覧。
  2. “世界2900万部のブームはなぜ起きた? 『三体』が拓くSF新時代”. 日経ビジネス. (2021年5月17日). https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00291/051100006/ 2021年5月22日閲覧。
  3. 大森望 (2019年7月4日). 【#三体ニュース】いよいよ発売! 翻訳・大森望氏によるあとがきを公開!”. 早川書房. 2021年3月2日閲覧。
  4. 韓国で売れなかった中国SF「三体」、日本での大ヒットが中国で話題に”. 東方新報 (2019年10月11日). 2021年3月2日閲覧。
  5. 円堂都司昭 (2019年9月29日). 大森望が語る、『三体』世界的ヒットの背景と中国SFの発展 「中国では『三体』が歴史を動かした」”. リアルサウンド. 2021年3月2日閲覧。
  6. Alexandra Alter (2019年12月3日). How Chinese Sci-Fi Conquered America - The New York Times (英語). ニューヨーク・タイムズ. 2021年3月2日閲覧。
  7. Record china (2015年8月25日). アジア人初の快挙!中国人SF作家、劉慈欣氏がヒューゴー賞を受賞―香港メディア”. Record China. Record china. 2021年3月2日閲覧。
  8. Feloni, Richard (2015年10月21日). Why Mark Zuckerberg wants everyone to read this book that caused a sensation in China (英語). Business Insider. 2021年3月2日閲覧。
  9. “Transcript: President Obama on What Books Mean to Him” (英語). The New York Times. (2017年1月16日). ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2017/01/16/books/transcript-president-obama-on-what-books-mean-to-him.html 2021年3月2日閲覧。
  10. Gabriel Li (2019年2月21日). Dialogue Between James Cameron and Liu Cixin (英語). Pandaily. 2021年3月2日閲覧。
  11. 『三体』日本語版が間もなく発売、小島秀夫氏も応援”. 中国網 (2019年7月4日). 2021年3月2日閲覧。
  12. 「三体」が日本で人気!発売1週間で10刷 小島秀夫ら有名人がこぞって推薦”. 人民網日本語版. 人民網 (2019年7月12日). 2021年3月2日閲覧。
  13. ジョウ、小山 (2015年8月24日). SF小説「三体」第1部作品 ヒューゴー賞を受賞”. 中国国際放送. 2016年3月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年10月18日閲覧。
  14. 杉本りうこ (2019年8月21日). 発売1ヵ月で異例のベストセラー、中国SF『三体』は何がすごいのか”. ダイアモンド・オンライン. p. 2. 2021年3月2日閲覧。
  15. 3D多媒体舞台剧《三体》盛大开演 (中国語). 人民網. 中国網 (2016年6月8日). 2023年1月15日閲覧。
  16. 日本放送協会『中国語!ナビhttps://www.nhk.jp/p/ts/WLLM23M1P6/2023年1月15日閲覧
  17. 『NHK CD ラジオ まいにち中国語 2021年4月号』NHKサービスセンター、2021年3月18日。ISBN 4143322897。
  18. 三体 (2022) (中国語). douban(豆瓣). 2023年1月14日閲覧。
  19. SF超大作『三体』圧巻のクライマックスへ!ドラマの世界観に没入できるVRコンテンツも配信に! 海外ドラマNAVI 2024年2月15日閲覧。
  20. テンセントビデオ版「三体」10月からWOWOWで日本独占初放送・配信 映画.com 2024年2月10日閲覧。
  21. 福山幸司 (2024年2月6日). ドラマ『三体』が「U-NEXT」にて配信開始。アジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門を授賞するなど高く評価された作品の中国ドラマ版。謎の科学者の不審死をきっかけに壮大な物語が描かれる”. 電ファミニコゲーマー. 2024年4月22日閲覧。
  22. Peter Friedlander (2020年9月1日). International best-seller 'The Three-Body Problem' to be adapted as a Netflix original series (英語). Netflix Media Center. Netflix. 2021年3月2日閲覧。
  23. Petski, Denise (2023年6月17日). '3 Body Problem': Sci-Fi Drama Series From 'Game Of Thrones' Creators & Alexander Woo Gets Netflix Premiere Date, First Look Teaser”. Deadline Hollywood. 2023年6月17日閲覧。
  24. ふるまいよしこ (2024年4月7日). Netflix版「三体」の衝撃シーンが中国でも話題沸騰!軍メディアまでが「魔改造」と痛烈批判”. ダイヤモンド・オンライン. 2024年4月22日閲覧。
  25. 金順姫 (2024年4月22日). ネトフリ版「三体」、コメント欄が閉鎖に 中国のレビューサイト”. 朝日新聞. 2024年4月22日閲覧。

関連項目

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