三笠優子
来歴
愛媛県西宇和郡伊方町出身。中学2年から浪曲師松平国十郎に師事するが、ろく膜炎を患い浪曲を断念。博多のクラブ歌手時代に自主制作した「洞海湾の竜」が有線で話題となり、1977年にRVCレコード(後のBMGビクター)から「洞海湾の竜」でメジャーデビュー。
1979年「夫婦舟」がロング・ヒットを記録し、続く「夫婦川」「夫婦橋」の夫婦シリーズ3部作がヒット。デビュー前に結婚し3人の子供がいたが、当時の事務所社長から「旦那、子供がいることは口外しない」と約束させられていたため秘密にしていた[1]。「夫婦橋」のレコード発売前に夫を交通事故で亡くしている[2]。
「夫婦舟」で第24回日本レコード大賞ロング・セラー賞を受賞、第31回日本レコード大賞ではアルバム「愛彩歌集」で企画賞を受賞。
所属していたBMGビクターが演歌部門を廃止したため、キングレコードに移籍。 近年は、うつ病、肝炎と闘っている。
主なヒット曲
ベスト盤
- 「ゴールデン☆ベスト 三笠優子 RCAイヤーズ」RCAレーベルに残された膨大な音源から選ばれた「オリジナルヒット作品集」「カバー・ヒット作品集」「任侠・股旅・戦時歌謡作品集」の3枚組。全56曲
脚注
- 「夫婦舟」ヒットで涙の日々…三笠優子、誰にも言えない秘密
- 三笠優子、退院後初ステージ 交通事故で亡くした夫への思いも語る
- 東都寄席演芸家年鑑. 東京かわら版. (平成31年1月1日). p. 230
- 富士そば 社長の人生観
外部リンク
- 三笠優子オフィシャルホームページ
- 三笠優子 - 日本浪曲協会
- 三笠優子オフィシャルブログ「優子の花暦」 - Ameba Blog
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