三筋
三筋(みすじ)は、東京都台東区の地名。現行行政地名は三筋一丁目および三筋二丁目。郵便番号は111-0055[2]。
三筋 | |
|---|---|
![]() 三筋 三筋の位置 | |
| 北緯35度42分16.71秒 東経139度47分12.1秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 地域 | 浅草地域 |
| 人口 | |
| • 合計 | 4,505人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
111-0055[2] |
| 市外局番 | 03[3] |
| ナンバープレート | 足立 |
地理
台東区の南部に位置する。東辺は新堀通りに接し、これを境に蔵前に接する。南辺は鳥越に接する。西辺は左衛門橋通りに接しこれを境に小島に接する。北辺は、春日通りに接しこれを境に元浅草に接する(地名はいずれも台東区)。町域内は商店・オフィスビルと住居が混在している。
歴史
1872年(明治5年)8月に組屋敷が整理され、付近一帯が「浅草東三筋町」「浅草西三筋町」および「浅草北三筋町」、として正式な地名となり、1941年(昭和16年)に「浅草栄久町」「浅草南元町」「浅草南富坂町」「浅草森下町」のそれぞれ一部を組み入れ、「浅草三筋町」一丁目、二丁目となる。のち、1964年(昭和39年)1月1日、春日通りより北側であった旧北三筋町部分は元浅草に編入されたが、他はそのまま台東区三筋となった。
歌人斎藤茂吉の義父である斎藤紀一の病院(浅草医院)と住居が東三筋町五十四番地(現在の三筋1丁目付近)にあり、茂吉自身も養子に入ってから22歳で青山脳病院に勤務するまでの学生時代を三筋の地で暮らし、後に「三筋町界隈」と題したエッセイを記した。また、三筋2丁目にある台東区立三筋保育園庭に茂吉の歌碑が残る。
世帯数と人口
2020年(令和2年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 三筋一丁目 | 1,430世帯 | 2,435人 |
| 三筋二丁目 | 1,254世帯 | 2,070人 |
| 計 | 2,684世帯 | 4,505人 |
脚注
- “町丁名別世帯・人口数”. 台東区 (2020年12月8日). 2021年1月2日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月29日閲覧。
- “区立小学校・中学校の通学区域”. 台東区 (2016年9月5日). 2017年12月29日閲覧。
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