上野桜木

上野桜木(うえのさくらぎ)は、東京都台東区町名。現行行政地名は上野桜木一丁目および上野桜木二丁目。郵便番号は110-0002[2]

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上野桜木
寛永寺 根本中堂
寛永寺 根本中堂
上野桜木の位置(東京23区内)
上野桜木
上野桜木
上野桜木の位置
北緯35度43分17.12秒 東経139度46分17.98秒
日本の旗 日本
都道府県 東京都
特別区 台東区
地域 下谷地域
人口
2020年(令和2年)12月1日現在)[1]
  合計 2,438人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
110-0002[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

地理

台東区の北西、下谷地域の北部に位置する高台の住宅地武蔵野台地の東端にあたる。町域東部はJR山手線などの線路に接し、これを境に根岸に接する。南部は上野公園に接する。南西部は池之端に接する。西部から北部は、谷中に接する。(地名はいずれも台東区内)。上野桜木一丁目と上野桜木二丁目を分ける形で町域の中央を言問通りが東西に通っている。

上野桜木一丁目の過半には寛永寺の広大な敷地が広がる。他に上野桜木一丁目には寛永寺に隣接して台東区立上野中学校がある。上野桜木一丁目の残部と上野桜木二丁目には住居や商店、寺院などが建ち並ぶ/上野桜木一丁目(一部)と二丁目が下谷に所在する 下谷警察署の管轄に当たり、上野桜木一丁目(一部)が東上野に所在する上野警察署の管轄に当たる。また、全域が東上野に所在する上野消防署の管轄に当たる。

地価

住宅地の地価は、2017年平成29年)の公示地価によれば、上野桜木1-1-5の地点で71万1000円/m2となっている[4]

歴史

下谷桜木町を前身としており、上野台部分は上野花園町から独立した所で寛永寺域であったことからその子院が数多くあった。多数の寺院の存在とともに、江戸時代の町割り、道割りの上に明治大正昭和の近代の各時代の建物が混在していて、歴史的重層性のある景観を作り出している。また、仏教的敬虔さや、職人的、芸術的、文学的な人々の関わりによって、伝統的に高い文化的風土を保持している。地名の通りも多く、桜並木が作られている。桜木、谷中、上野公園の桜は樹齢を重ねたものが多いせいか一本一本が独特の形をしている。町内にある寛永寺は、寛永2年(1625年)徳川3代将軍徳川家光の治世に建てられた。寛永寺は徳川家菩提寺として知られ、都内を代表する寺院として知られている。寛永寺には、徳川家の墓所として6人の将軍の霊廟がある。また、大慈院徳川慶喜が謹慎していた場所でもある。

かつては川端康成も居を構えていた[5]。妻の川端秀子は、川端が一高時代に上野桜木町の貸間の広告を見て、現場までわざわざ見に行ったことを記した日記に触れ、「(川端にとって)桜木町というのはその時以来憧れの町だった」と語っている[5]

言問通り沿いに、かつては鶯谷駅との乗り換えが便利な京成の寛永寺坂駅があった。日本医科大学看護専門学校がかつて存在した。

世帯数と人口

2020年(令和2年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目世帯数人口
上野桜木一丁目 734世帯 1,370
上野桜木二丁目 538世帯 1,068
1,272世帯 2,438

小・中学校の学区

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]

丁目番地小学校中学校
上野桜木一丁目15番11〜24号
16番66〜69号
台東区立根岸小学校台東区立忍岡中学校
その他台東区立上野中学校
上野桜木二丁目全域

交通

道路

施設

かつて存在した施設

出身者

脚注

  1. 町丁名別世帯・人口数”. 台東区 (2020年12月8日). 2021年1月2日閲覧。
  2. 郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
  3. 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月29日閲覧。
  4. 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  5. 「第一章 出会い」(秀子 1983, pp. 5–44
  6. 区立小学校・中学校の通学区域”. 台東区 (2016年9月5日). 2017年12月29日閲覧。

参考文献

  • 川端秀子『川端康成とともに』新潮社、1983年4月。ISBN 978-4-10-346001-5。

外部リンク

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