上雄信内駅
上雄信内駅(かみおのっぷないえき)は、北海道(留萌支庁・現在は宗谷総合振興局)天塩郡幌延町字雄興(ゆうこう)にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)宗谷本線の駅(廃駅)である。電報略号はミオ。利用者僅少に伴い2001年(平成13年)7月1日に、下中川駅、芦川駅と共に廃駅となった。
| 上雄信内駅 | |
|---|---|
![]() 駅名標[1](1998年7月) | |
|
かみおのっぷない Kami-onoppunai | |
![]() | |
| 所在地 | 北海道天塩郡幌延町字雄興 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | 宗谷本線 |
| キロ程 | 181.5 km(旭川起点) |
| 電報略号 | ミオ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
3人/日(降車客含まず) -2000年- |
| 開業年月日 | 1956年(昭和31年)5月1日 |
| 廃止年月日 | 2001年(平成13年)7月1日 |
| 備考 | 利用者僅少に伴い廃駅 |

1977年の上雄信内仮乗降場の状況。周囲約500m範囲。左が稚内方面。ホームのすぐ左下に待合室。ホームへは民家の私道と畑の畦道を通らなければ行けない状況が見て取れる。ホームの対面(写真ではすぐ上)には防風雪柵が設置されている。また、雄信内側(左側)へ本線から真っ直ぐ伸びる白い線は、トンネルが出来る以前に天塩川河岸の崖を通っていた頃の旧線跡。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
歴史
当地はタンタシャモナイと呼ばれた地域で、現在の雄興地区では最も早く入植がはじまったとされている[3]。入植初期は船で対岸の天塩町タツネウシへ渡るなどしていた。のちに雄信内駅付近とを結ぶ道が開通するが、タンタシャモナイ地区と雄信内駅の間には急峻な山が天塩川に突出しており、道路もその山の中腹を削ってつけられたためよく不通となった[3]。
この道路はタンタシャモナイ地区が戦後開拓地となったことで拡幅されているが[3]、さらに列車利用の便を図って当地に仮乗降場が設けられることとなった。
駅構造
廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ホームは線路の南側(稚内方面に向かって左手側)に存在した。分岐器を持たない棒線駅となっていた[5]。
仮乗降場に出自を持つ無人駅となっており、駅舎は無いがホーム出入口附近に待合所を有していた。ホームは稚内方(西側)にスロープを有し[8]駅施設外に連絡していた。駅と集落の間は歩道、車道ともに通じておらず、牧場の私有地を通らなければ往来できなかった[2]。
利用状況
- 1992年度(平成4年度)の1日乗降客数は0人。
- 2000年度(平成12年度)の1日乗降客数は3人[9]。
周辺
廃駅後はすべての施設が撤去され、現在は跡形もなくなっている。
脚注
- ホーム全体が写っている写真が牛山隆信『秘境駅へ行こう!』(小学館、2001年、p39)に掲載されている。1999年12月10日、積雪時期の撮影である。この写真には待合室は写っていない。
- 書籍『秘境駅へ行こう!』(著:牛山隆信、小学館文庫、2001年8月発行)37-38ページより。
- 白山友正 編『幌延町史』幌延町、1974年、219-223頁。
- 書籍『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』(監修:太田幸夫、富士コンテム、2004年2月発行)124ページより。
- 宮脇俊三、原田勝正 著、二見康生 編『北海道630駅』小学館〈JR・私鉄各駅停車〉、1993年6月20日、149頁。ISBN 4-09-395401-1。
- 幌延町防災会議 (2017年3月). “別表1 幌延町における過去の災害記録一覧(H29年2月現在)”. 幌延町地域防災計画. 幌延町. p. 163. 2017年12月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月16日閲覧。
- 白山友正 編『幌延町史』幌延町、1974年、114頁。
- 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館、1993年6月発行)149ページより。
- 書籍『時刻表の謎』(著:三宅俊彦、新人物往来社、2003年6月発行)59ページより。
- 書籍『北海道道路地図 改訂版』(地勢堂、1980年3月発行)16ページより。
- “ほろのべ議会だより 第99号”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.3 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。
- “第6回まちづくり常任委員会報告(議会だより 第99号)”. 広報誌 ほろのべの窓 2017年11月号. 幌延町. p. p.8 (2017年11月). 2017年11月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年11月3日閲覧。
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