勝ち越し

勝ち越し(かちこし)とは、主にスポーツ勝ちの数が負けの数よりも多くなることである。 プロ野球では「貯金●つ」と呼ばれることが多い。

大相撲

本場所において総取組数(現行制度では関取は15番、力士養成員は7番)の過半数(関取は8番、力士養成員は4番)で白星を挙げた状態が勝ち越しと定義される。

後述にもあるが、勝ち越しの定義上、不戦敗を除いて休場した日もその日は黒星と同様に扱われる、たとえば7勝1敗7休は番付編成上負け越しと同様に扱われる。幕内下位で早く(概ね3敗以内)勝ち越すと、アナウンサーからインタビューをされることがある。

勝ち数から負け数(休場は負けに換算される)を引いた数を勝ち越し点と言い、十両前頭では勝ち越し点1点で番付が1枚昇格するのが原則。また、持ち給金(正式名称は「力士褒賞金」)が勝ち越し1点あたり50銭増加し、十両以上の力士が毎場所もらえる褒賞金は勝ち越し1点あたり2,000昇給(現在の乗率は持ち給金*4000)する。このため勝ち越すことを「給金直し」、勝ち越しのかかった一番を「給金相撲」と呼ばれる。

三役関脇小結)及び前頭筆頭以外の力士は、勝ち越せば原則上の地位に上昇するが、優秀な成績を挙げた力士が多い場合、半枚の上昇(西方から東方への変動)にとどまったり、他の力士の成績次第では東西の移動(半枚降下)をすることはやむを得ない範囲とされている。

大関・関脇の地位では、それぞれ2、3場所続けて優秀な成績を挙げなければ横綱・大関に昇進することができないため、並の勝ち越しだけでは何場所、何十場所と同じ地位に留まることになる。また、小結・前頭筆頭も関脇・小結に負け越した力士がいなければ小結・前頭筆頭に据え置かれる。ただし、関脇・小結の力士より優秀な成績を挙げると通常は東西に1名ずつ、計2名の関脇・小結の人数を特別に増やし、昇進させる場合もある。以前は番付表の欄外に書き込んでいたことから、これを張出と言った。

幕下上位の場合、番付の昇降幅は勝ち越し点の2倍を目安とする。通常、1場所7番の取組で終了するところながら、取組編成の都合上、八番相撲を取ることがあるが、この場合、勝てば勝ち越し点に、負ければノーカウントとされるので「勝ち得負け得」と言われる。

関取8勝以上、幕下以下4勝以上の場合でも、休場を含む場合は、休場を負けと見なした上で番付が編成され、皆勤して同じ数の白星を挙げ残りが黒星だった勝ち越し力士と同等に評価されるが、この場合公式には〈勝ち越し何点〉という言い方はされない。

身分格差の激しい幕下と十両との入れ替えについては例外が多い。昇進させる際、十両への優先権を持つのは、1)東幕下筆頭で勝ち越し 2)幕下15枚目以内で7戦全勝 3)西幕下筆頭で勝ち越しの順とされ、十両の陥落力士数の都合では西幕下筆頭で勝ち越しても東方に半枚昇進するだけで幕下にとどまることもあった(不運な例として青葉山弘年福岡(隠岐の海)歩のケースがある)。幕下付出の15枚目格については2006年5月場所後の番付編成で、学生相撲出身で幕下15枚目格付け出しだった下田が全勝ながら幕下に留め置かれることになったケースが発生し、以後は「幕下15枚目格付け出しは幕下15枚目以内ではない」との解釈となっているが、2023年1月場所で落合(伯桜鵬)哲也が15枚目格で7戦全勝し、翌3月場所の新十両を決めた[1]。幕下付け出しで1場所で幕下を通過するのは史上初。なお2023年9月の制度改定により10枚目および15枚目格付出が廃止され1場所での十両昇進が不可能な60枚目格付出へと変更、11月場所に最後の15枚目格付出力士として初土俵を踏んだ阿武剋も全勝を果たせなかったため、幕下付出から1場所での十両昇進は落合が最初で最後となった。

幕下中位~序二段は番付枚数が多いため勝ち越しによる番付の上昇幅が大きく、1点の勝ち越しでも関取以上に大きな意味を持つ。また、5月場所の番付は3月場所で前相撲を取った新入門者が大量に序ノ口に上がるので全体的に下から押し上げられ、序ノ口で負け越した力士でも多くが序二段に昇格となる傾向がある。

なお、各段の定員は幕内は東西合わせて計42人、十両は28人、幕下は120人、三段目は180人で、序二段以下は定員が定められていない。

通算連続勝ち越し記録

連続勝ち越し(幕内・十両8~15勝、幕下以下4~7勝)の記録が注目されるようになったのは、1971年9月に玉の海が玉錦の記録(26場所)を更新したときからである。その後この記録は北の湖により大幅に更新され、さらに武蔵丸が5場所上回り現在の記録(55場所)を保持している。なお白鵬は、連続勝ち越しで幕内は1位(51場所)だが、通算では武蔵丸に4場所届かなかった。

通算連続勝ち越し場所数
順位四股名場所数通算連続勝ち越し期間最高位
1位武蔵丸光洋55場所1990年(平成2年)11月場所 - 1999年(平成11年)11月場所横綱
2位白鵬翔51場所2007年(平成19年)1月場所 - 2015年(平成27年)7月場所横綱
3位北の湖敏満50場所1973年(昭和48年)7月場所 - 1981年(昭和56年)9月場所横綱
4位若乃花幹士 (2代)28場所1976年(昭和51年)7月場所 - 1981年(昭和56年)1月場所横綱
旭富士正也1987年(昭和62年)1月場所 - 1991年(平成3年)7月場所横綱
6位玉の海正洋27場所1967年(昭和42年)5月場所 - 1971年(昭和46年)9月場所横綱
7位玉錦三右エ門26場所1927年(昭和2年)1月場所 - 1933年(昭和8年)5月場所横綱
北の富士勝昭1967年(昭和42年)9月場所 - 1971年(昭和46年)11月場所横綱
朝潮太郎 (4代)1984年(昭和59年)1月場所 - 1988年(昭和63年)3月場所大関
10位大鵬幸喜25場所1960年(昭和35年)5月場所 - 1964年(昭和39年)5月場所横綱
琴風豪規1981年(昭和56年)1月場所 - 1985年(昭和60年)1月場所大関
  • 武蔵丸は幕下(4場所)と十両(2場所)時代の6場所も含む。幕内時代の連続勝越は1991年11月場所 - 1999年11月場所。
  • 幕内在位中に限れば、1位は白鵬の51場所、2位に北の湖の50場所、3位に武蔵丸の49場所となる。
  • 白鵬は、本場所が中止された2011年(平成23年)3月場所は数えず、技量審査場所の2011年5月場所を含める。
  • 玉の海は連続勝ち越し記録継続中の1971年9月場所後、現役中に死去。
  • 玉錦は年6場所制定着以前の記録。
  • 尚参考記録として、若乃花(初代)が連続勝ち越し数では1955年(昭和30年)3月 - 1959年(昭和34年)11月の24場所(12位タイ)だが、その前1955年(昭和30年)1月場所で「7勝7敗1引分」の五分の成績が有る。「負け越し無し」の見方をすれば、1952年(昭和27年)9月 - 1959年11月の34場所(北の湖に次ぐ4位相当の記録)となる。

幕内勝ち越し記録

順位四股名場所数最高位
1位白鵬翔84場所横綱
2位魁皇博之82場所大関
3位日馬富士公平65場所横綱
4位北の湖敏満64場所横綱
5位千代の富士貢63場所横綱
武蔵丸光洋横綱
7位稀勢の里寛59場所横綱
8位大鵬幸喜56場所横綱
9位小錦八十吉 (6代)55場所大関
琴奨菊和弘大関

幕内連続勝ち越し記録

順位四股名場所数幕内連続勝ち越し期間最高位
1位白鵬翔51場所2007年(平成19年)1月場所 - 2015年(平成27年)7月場所横綱
2位北の湖敏満50場所1973年(昭和48年)7月場所 - 1981年(昭和56年)9月場所横綱
3位武蔵丸光洋49場所1991年(平成3年)11月場所 - 1999年(平成11年)11月場所横綱
4位若乃花幹士 (2代)28場所1976年(昭和51年)7月場所 - 1981年(昭和56年)1月場所横綱
旭富士正也1987年(昭和62年)1月場所 - 1991年(平成3年)7月場所横綱
6位玉の海正洋27場所1967年(昭和42年)5月場所 - 1971年(昭和46年)9月場所横綱
7位玉錦三右エ門26場所1927年(昭和2年)1月場所 - 1933年(昭和8年)5月場所横綱
北の富士勝昭1967年(昭和42年)9月場所 - 1971年(昭和46年)11月場所横綱
朝潮太郎 (4代)1984年(昭和59年)1月場所 - 1988年(昭和63年)3月場所大関
10位大鵬幸喜25場所1960年(昭和35年)5月場所 - 1964年(昭和39年)5月場所横綱
琴風豪規1981年(昭和56年)1月場所 - 1985年(昭和60年)1月場所大関

序ノ口デビューからの通算連続勝ち越し記録

順位四股名場所数通算連続勝ち越し期間最高位
1位曙太郎18場所1988年(昭和63年)5月場所 - 1991年(平成3年)3月場所横綱
2位貴ノ花利彰17場所1965年(昭和40年)5月場所 - 1968年(昭和43年)3月場所大関
4位琴欧洲勝紀13場所2003年(平成15年)1月場所 - 2005年(平成17年)1月場所大関
栃煌山雄一郎2005年(平成17年)3月場所 - 2007年(平成19年)3月場所関脇
友風勇太2017年(平成29年)7月場所 - 2019年(令和元年)7月場所西前頭3枚目
7位豊真将紀行12場所2004年(平成16年)5月場所 - 2006年(平成18年)3月場所小結
拓錦広之2006年(平成18年)3月場所 - 2008年(平成20年)1月場所西幕下6枚目
栃ノ心剛史2006年(平成18年)5月場所 - 2008年(平成20年)3月場所大関
阿武咲奎也2013年(平成25年)3月場所 - 2015年(平成27年)1月場所小結
正代直也2014年(平成26年)5月場所 - 2016年(平成28年)3月場所大関
  • 幕下以下1場所7番制以降の記録。
  • 2023年5月場所中日終了現在。
  • 太字の力士は、2023年5月場所中日終了現在、現役力士である。

幕内中日勝ち越し記録

幕内中日勝ち越し記録とは、中日(8日目)に勝ち越しをストレートで決める記録のことである。ストレート給金とも言われている。

順位四股名中日勝ち越し場所
1位白鵬翔51場所
2位千代の富士貢25場所
3位朝青龍明徳23場所
4位大鵬幸喜22場所
5位北の湖敏満20場所

幕内連続中日勝ち越し記録

幕内連続中日勝ち越し記録とは、幕内中日勝ち越しの連続場所のことを指している。

順位四股名中日勝ち越し連続場所期間
1位白鵬翔10場所2013年3月場所 − 2014年9月場所
2位白鵬翔7場所2011年1月場所 − 2012年3月場所
3位玉の海正洋6場所1970年9月場所 − 1971年7月場所
4位大鵬幸喜4場所1966年7月場所 − 1967年1月場所
北の湖敏満1980年1月場所 − 1980年7月場所
朝青龍明徳2002年7月場所 − 2003年1月場所
朝青龍明徳2004年11月場所 − 2005年5月場所
白鵬翔2009年1月場所 − 2009年7月場所
白鵬翔2010年3月場所 − 2010年9月場所
照ノ富士春雄2021年5月場所 − 2021年11月場所
  • 2022年1月場所終了現在。
  • 太字の力士は、2022年1月場所終了現在、現役力士である。

新入幕からの連続2桁勝利記録

順位四股名連続場所期間成績詳細最高位
1位照國萬藏10場所1939年(昭和14年)夏場所 - 1944年(昭和19年)春場所11勝4敗、12勝3敗、11勝4敗、12勝3敗、13勝2敗、12勝3敗、13勝2敗、14勝1敗、12勝3敗、11勝4敗横綱
2位阿武咲奎也3場所2017年(平成29年)夏場所 - 2017年(平成29年)秋場所10勝5敗、10勝5敗、10勝5敗小結
3位若ノ花幹士(後の若乃花幹士)*2場所1950年(昭和25年)初場所 - 1950年(昭和25年)夏場所11勝4敗、10勝5敗横綱
玉乃海太三郎2場所1952年(昭和27年)秋場所 - 1953年(昭和28年)初場所10勝5敗、13勝2敗関脇
若ノ海周治2場所1955年(昭和30年)春場所 - 1955年(昭和30年)夏場所11勝4敗、11勝4敗小結
武雄山喬義2場所2001年(平成13年)九州場所 - 2002年(平成14年)初場所10勝5敗、11勝4敗東前頭筆頭
白鵬翔2場所2004年(平成16年)夏場所 - 2004年(平成16年)名古屋場所12勝3敗、11勝4敗横綱
露鵬幸生2場所2004年(平成16年)秋場所 - 2004年(平成16年)九州場所10勝5敗、10勝5敗小結
阿炎政虎2場所2018年(平成30年)初場所 - 2018年(平成30年)春場所10勝5敗、10勝5敗関脇
  • 太字の力士は、2022年1月場所終了現在、現役力士である。
  • 四股名の横にの付いている力士は、年6場所制以前に記録を残した力士である。

通算2桁勝利記録

順位四股名場所数内訳最高位
1位白鵬翔79場所幕内78場所、十両1場所横綱
2位大鵬幸喜57場所幕内55場所、十両2場所横綱
3位北の湖敏満56場所幕内55場所、十両1場所横綱
4位千代の富士貢55場所幕内53場所、十両2場所横綱
5位武蔵丸光洋50場所幕内48場所、十両2場所横綱
6位輪島大士49場所幕内47場所、十両2場所横綱
7位貴乃花光司47場所幕内46場所、十両1場所横綱
8位朝青龍明徳43場所幕内42場所、十両1場所横綱
9位柏戸剛42場所幕内39場所、十両3場所横綱
日馬富士公平幕内40場所、十両2場所横綱

幕内2桁勝利記録

順位四股名場所数最高位
1位白鵬翔78場所横綱
2位大鵬幸喜55場所横綱
北の湖敏満横綱
4位千代の富士貢53場所横綱
5位武蔵丸光洋48場所横綱
6位輪島大士47場所横綱
7位貴乃花光司46場所横綱
8位朝青龍明徳42場所横綱
9位日馬富士公平40場所横綱
10位柏戸剛39場所横綱
曙太郎横綱
魁皇博之大関

横綱2桁勝利記録

順位四股名場所数
1位白鵬翔67場所
2位北の湖敏満49場所
3位千代の富士貢47場所
4位大鵬幸喜45場所
5位輪島大士37場所
6位曙太郎35場所
7位朝青龍明徳34場所
8位貴乃花光司30場所
9位柏戸剛28場所
10位日馬富士公平22場所

幕内連続2桁勝利記録

幕内連続2桁(10~15勝)勝利の史上最多記録は、かつて北の湖が約32年間も保持していたが、白鵬が2013年5月場所で38場所となり、北の湖を抜いて歴代単独1位となった。尚10位以内にランクインしているのは、全員横綱に昇進した力士である(但し9位の旭富士・14場所は、当時関脇~大関の地位での記録であった)。

順位四股名場所数幕内連続二桁勝利期間
1位白鵬翔51場所2007年(平成19年)1月場所 - 2015年(平成27年)7月場所
2位北の湖敏満37場所1975年(昭和50年)9月場所 - 1981年(昭和56年)9月場所
3位大鵬幸喜25場所1960年(昭和35年)5月場所 - 1964年(昭和39年)5月場所
4位若乃花幹士 (2代)23場所1977年(昭和52年)5月場所 - 1981年(昭和56年)1月場所
5位若乃花幹士 (初代)22場所1955年(昭和30年)9月場所 - 1959年(昭和34年)11月場所
6位貴乃花光司17場所1994年(平成6年)1月場所 - 1996年(平成8年)9月場所
7位柏戸剛16場所1960年(昭和35年)5月場所 - 1962年(昭和37年)11月場所
8位輪島大士15場所1975年(昭和50年)9月場所 - 1978年(昭和53年)1月場所
9位旭富士正也14場所1987年(昭和62年)3月場所 - 1989年(平成元年)5月場所
10位輪島大士13場所1972年(昭和47年)9月場所 - 1974年(昭和49年)9月場所
隆の里俊英1982年(昭和57年)9月場所 - 1984年(昭和59年)9月場所
  • 白鵬は、本場所が中止された2011年(平成23年)3月場所は数えず、技量審査場所の2011年5月場所を含める。
  • 若乃花(初代)は、年6場所制定着以前の記録も含む。

横綱連続2桁勝利記録

順位四股名横綱連続2桁場所期間備考
1位白鵬翔48場所2007年7月場所 − 2015年7月場所新横綱からの記録としても歴代1位
2位北の湖敏満37場所1975年9月場所 − 1981年9月場所
3位大鵬幸喜16場所1961年11月場所 − 1964年5月場所新横綱からの記録としては歴代2位タイ
若乃花幹士 (2代)1978年7月場所 − 1981年1月場所
5位輪島大士15場所1975年9月場所 − 1978年1月場所
6位若乃花幹士 (初代)11場所1958年3月場所 − 1959年11月場所新横綱からの記録としては歴代4位タイ
貴乃花光司1995年1月場所 − 1996年9月場所
8位柏戸剛10場所1966年1月場所 − 1967年7月場所
9位千代の富士貢9場所1981年11月場所 − 1983年3月場所
1984年9月場所 − 1986年1月場所
朝青龍明徳2004年11月場所 − 2006年3月場所

幕内12勝以上勝利記録

順位四股名場所数最高位
1位白鵬翔65場所横綱
2位大鵬幸喜44場所横綱
3位千代の富士貢41場所横綱
4位北の湖敏満40場所横綱
5位貴乃花光司36場所横綱
6位朝青龍明徳30場所横綱
7位武蔵丸光洋29場所横綱
8位輪島大士26場所横綱
9位曙太郎25場所横綱
10位柏戸剛20場所横綱

幕内13勝以上勝利記録

順位四股名場所数最高位
1位白鵬翔53場所横綱
2位大鵬幸喜35場所横綱
3位千代の富士貢32場所横綱
4位北の湖敏満30場所横綱
5位貴乃花光司28場所横綱
6位朝青龍明徳27場所横綱
7位輪島大士17場所横綱
曙太郎横綱
9位北の富士勝昭13場所横綱
武蔵丸光洋横綱

幕内14勝以上勝利記録

順位四股名場所数最高位
1位白鵬翔39場所横綱
2位大鵬幸喜22場所横綱
千代の富士貢横綱
4位貴乃花光司16場所横綱
5位北の湖敏満15場所横綱
6位朝青龍明徳14場所横綱
7位輪島大士9場所横綱
8位北の富士勝昭7場所横綱
9位日馬富士公平6場所横綱
10位若乃花幹士 (初代)5場所横綱
玉の海正洋横綱
旭富士正也横綱
鶴竜力三郎横綱

幕内12勝以上連続勝利記録

横綱は、常に最高レベルの相撲内容・成績を求められる。ゆえに、横綱の勝ち越しは12勝であると言われることが多い。とは言え横綱であっても、毎場所12勝以上の成績を残すことは並大抵のことではない。本項では12勝・13勝・14勝以上の各連続勝利場所数の達成者を列記しているが、いずれも最多記録保持者は白鵬である。

幕内12勝以上連続勝利場所数

順位四股名場所数幕内連続12勝以上勝利期間
1位白鵬翔22場所2008年(平成20年)7月場所 - 2012年(平成24年)3月場所
2位17場所2012年(平成24年)7月場所 - 2015年(平成27年)3月場所
3位貴乃花光司13場所1994年(平成6年)9月場所 - 1996年(平成8年)9月場所
4位北の湖敏満12場所1976年(昭和51年)11月場所 - 1978年(昭和53年)9月場所
5位大鵬幸喜11場所1962年(昭和37年)7月場所 - 1964年(昭和39年)3月場所
6位輪島大士8場所1976年(昭和51年)1月場所 - 1977年(昭和52年)3月場所
7位栃錦清隆7場所1959年(昭和34年)3月場所 - 1960年(昭和35年)3月場所
佐田の山晋松1964年(昭和39年)9月場所 - 1965年(昭和40年)9月場所
玉の海正洋1970年(昭和45年)9月場所 - 1971年(昭和46年)9月場所
朝青龍明徳2004年(平成16年)11月場所 - 2005年(平成17年)11月場所
  • 白鵬は歴代1位の22場所を記録達成の12勝以上連続勝利期間中、本場所が中止された2011年(平成23年)3月場所は数えず、技量審査場所の2011年5月場所を含める。
  • 玉の海は12勝以上連続勝利継続中の1971年9月場所後、現役中に死去。

幕内13勝以上連続勝利場所数

順位四股名場所数幕内連続13勝以上勝利期間
1位白鵬翔9場所2008年(平成20年)7月場所 - 2009年(平成21年)11月場所
2位大鵬幸喜8場所1966年(昭和41年)3月場所 - 1967年(昭和42年)5月場所
北の湖敏満1977年(昭和52年)7月場所 - 1978年(昭和53年)9月場所
4位貴乃花光司7場所1994年(平成6年)9月場所 - 1995年(平成7年)9月場所
朝青龍明徳2004年(平成16年)11月場所 - 2005年(平成17年)11月場所
白鵬翔2010年(平成22年)3月場所 - 2011年(平成23年)5月技量審査場所(2011年3月場所は本場所中止)
7位双葉山定次6場所1941年(昭和16年)1月場所 - 1943年(昭和18年)5月場所
玉の海正洋1970年(昭和45年)9月場所 - 1971年(昭和46年)7月場所
白鵬翔2013年(平成25年)3月場所 - 2014年(平成26年)1月場所
2014年(平成26年)5月場所 - 2015年(平成27年)3月場所
  • 双葉山は、年2場所制の時代で達成。

幕内14勝以上連続勝利場所数

順位四股名場所数幕内連続14勝以上勝利期間
1位白鵬翔6場所2009年(平成21年)1月場所 - 11月場所(2009年は、年間86勝を達成している。)
2010年(平成22年)3月場所 - 2011年(平成23年)1月場所(2010年は、年間86勝を達成している。)
3位玉の海正洋4場所1970年(昭和45年)9月場所- 1971年(昭和46年)3月場所
千代の富士貢1988年(昭和63年)5月場所 - 11月場所
白鵬翔2014年(平成26年)9月場所 - 2015年(平成27年)3月場所

全勝

1場所の全取組に勝った場合は全勝と言う。昔から特別視された記録であり、優勝の概念が無かった江戸時代にも全勝に対する特別表彰は存在した。その後優勝の制度ができてからも全勝であるか否かの区別は現在まで継続し、持ち給金の増え方も幕内最高優勝1回につき30に対し全勝優勝は1回につき50となっている。優勝額の項も参照。十両で全勝優勝した力士については北の富士賞の項を参照。なお幕下以下では幕内や十両より圧倒的に枚数が多く、ほぼ毎場所全勝力士が現れる。

全勝回数
順位四股名回数
1位白鵬翔16回
2位双葉山定次8回
大鵬幸喜
4位千代の富士貢7回
北の湖敏満
6位雷電爲右エ門6回
7位太刀山峯右エ門5回
朝青龍明徳
9位貴乃花光司4回
  • 全6場所全勝優勝を達成しているのは、白鵬のみである。
  • 太刀山は他に休・分・預を含む土付かずが4場所ある。

連続全勝場所数(昭和以降)

昭和以降達成した力士は8人であり、その内双葉山と大鵬、白鵬は2場所以上連続全勝を複数回達成している。

順位四股名場所数期間(地位無記入は横綱)
1位双葉山定次5場所1936年(昭和11年)5月場所 - 1938年(昭和13年)5月場所(関脇 - 横綱)
2位白鵬翔4場所2010年(平成22年)3月場所 - 9月場所
3位双葉山定次2場所1943年(昭和18年)1月場所-5月場所
羽黒山政司1945年(昭和20年)11月場所-1946年(昭和21年)11月場所
大鵬幸喜1964年(昭和39年)1月場所 - 3月場所
1966年(昭和41年)11月場所 - 1967年(昭和42年)1月場所
1968年(昭和43年)11月場所 - 1969年(昭和44年)1月場所
千代の富士貢1988年(昭和63年)7月場所 - 9月場所
貴乃花光司1994年(平成6年)9月場所 - 11月場所(大関)
朝青龍明徳2004年(平成16年)1月場所 - 3月場所
日馬富士公平2012年 (平成24年) 7月場所 - 9月場所 (大関)
白鵬翔2013年 (平成25年) 3月場所 - 5月場所
  • 双葉山は、年2場所制で達成。(日数は、1936年5月場所-1937年1月場所は11日制、1937年5月場所-1938年5月場所は13日制、1943年1月場所-5月場所は15日制、また43年1月場所に不戦勝1がある)
  • 羽黒山は敗戦直後の時期の達成で、1946年は11月の秋場所のみの開催だった。45年11月場所は10日制、46年11月場所は13日制。
  • 1949年(昭和24年)5月場所より、15日制が定着。以降、3場所以上の連続全勝を記録したのは白鵬のみである。
    • なお、大正以前においては大坂相撲大木戸森右エ門が3場所連続全勝優勝(10日制、ただし幕内は千秋楽無しなので9戦全勝)を記録している。東京大坂を通して史上初の3場所連続全勝はこの大木戸が達成したものである。

連敗からの勝ち越し

四股名場所地位翌場所
7連敗後8連勝栃錦清隆1951年(昭和26年)1月場所東前頭2枚目東小結
4連敗後11連勝出羽ノ花好秀1953年(昭和28年)5月場所東十両12枚目東十両6枚目
麒麟児和春1982年(昭和57年)3月場所東前頭5枚目東小結
栃乃洋泰一2003年(平成15年)1月場所東前頭10枚目東前頭2枚目
2連敗後13連勝朝潮太郎 (4代)1982年(昭和57年)5月場所西小結西関脇
曙太郎1998年(平成10年)3月場所東横綱東横綱
朝青龍明徳2007年(平成19年)3月場所東横綱東横綱
  • 麒麟児は敢闘賞受賞。
  • 朝潮は敢闘賞・殊勲賞受賞。また、優勝同点を記録。

勝ち越し後の連敗

幕内で2桁勝利を挙げた後に連敗して終わった例を除く。

四股名場所地位翌場所
8連勝後7連敗栃東大裕2006年(平成18年)7月場所西大関3枚目西大関3枚目
9連勝後6連敗玉乃島正夫1967年(昭和42年)1月場所西大関西大関
  • 栃東は不戦勝1あり。
  • 玉乃島はのち玉の海。

関取皆勤負け越し未経験

年6場所制・15日制以降で関取の地位で皆勤負け越し未経験は、双羽黒・武蔵丸・白鵬の3人である(現役および関取皆勤経験のない力士を除く)。

なお、1位は白鵬の関取105場所連続である。

幕内皆勤負け越し未経験

年6場所制・15日制以降で幕内の地位で皆勤負け越し未経験は、双羽黒・武蔵丸・白鵬の3人である(現役および幕内皆勤経験のない力士を除く)。

なお、1位は白鵬の幕内103場所連続である。

野球

野球でも「勝ち越し」の用語を使用することがある。ただし、大相撲のように全体の白星(勝)が黒星(敗)を上回ることが確定[2]したことを示すものとは違い、現時点での勝数が敗数を上回っている[3]という程度の意味で遣われる点で異なる。そのため、上述のように「貯金●つ」という言い方をすることも多い。なお、野球の世界では勝敗だけでなく、1つの試合状況において使用することもある。例えば、現在プレイ中の試合において獲得している自チームの得点が2点で相手チームが3点という状況で自チームが2点以上追加して4点以上となり、相手チームの得点を上回った時に「勝ち越し」ということがある。ただし、現況を伝える表現にすぎず、結果としてその試合での勝利が確定したことを示すものではない点では同様である。

関連項目

脚注

  1. “史上最速新十両の落合「何より幸せ」宮城野親方の夢かなえ感慨 将来は「幕内優勝して師匠を泣かせたい」”. スポニチ. (2023年01月25日 15:13). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2023/01/25/kiji/20230125s00005000343000c.html 2023年1月25日閲覧。
  2. 十両以上では8勝、取的では4勝を挙げた時点で、残りの取り組みに全て負けてもその場所の総合成績において白星が黒星を上回ることが確定すること。
  3. すなわち、その後の試合に全て負ければ総合成績で敗数が勝数を上回ることが在り得る。


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