占有権
概説
占有権の意義
占有を法律上正当づける権利たる所有権、地上権、質権等の権利を本権というのに対し、占有権は物に対する事実上の支配という状態そのものに法的保護を与える権利である[1][2]。占有権の意義は、近代社会においては自力救済が原則として禁止されるのに対応し、まず事実上の支配状態(占有)に法的保護を与えることで社会秩序を維持するとともに取引の安全を図ること、また、権利の外観を保護することで真の権利者について本権存在の証明の負担から解放する点にある[3][4][5][6]。ある物が窃取あるいは詐取された場合、窃取・詐取した者は本権がないが占有権を有し、窃取・詐取された者は本権を有するにもかかわらず占有権がない状態に置かれることになる[5][7][2]。
所持
民法上の所持とは、物が特定の人の支配に属していると認められる客観的な事実・状態を指す。社会通念をもとに判断され、現実に物を把持している必要はないが、一定の時間的継続が必要とされる[8][2]。なお、他人を媒介しての所持も認められる(後述の占有代理人あるいは占有補助者による場合)[2][9]。
占有意思
物の所持によって得られる利益を自己に帰属させる意思を占有意思というが、占有権の取得には占有意思が必要であるとする立場(主観説・主観主義)と占有意思の有無を問わない立場(客観説・客観主義)がある[8][2]。ドイツ法(ドイツ民法854条)やスイス法(スイス民法919条)は客観主義をとるが、日本法は「自己のためにする意思」を占有権取得の要件としている(主観主義。180条)[2][10]。占有意思は客観的に占有を生じた原因につき定められる(通説)[11]。ただ、日本の民法の解釈においても占有意思の要件については大きく緩和されており、潜在的・一般的なもので足りるとされ、不在中に配達された郵便物等にも占有意思は認められる[8][11][12][13]。
ポセッシオとゲヴェーレ
日本の占有権概念は沿革的にはローマ法のポセッシオ[注 1]とゲルマン法のゲヴェーレ[注 2]の双方に由来している[14][15]。ローマ法上のポセッシオとは物に対する事実上の支配状態そのものを本権から切り離して保護するもので、日本の民法では占有者の占有訴権(197条)、果実取得(189条・190条)、損害賠償責任(191条)、費用償還(196条)の規定がこれに由来するとされる[16][15](ただし、これらの規定はゲルマン法の影響も受けている[17])。これに対してゲルマン法のゲヴェーレとは動産の所持や不動産の用益という本権の表象たる権利の表現形式を保護するもので、日本の民法では権利の推定(188条)と即時取得(192条-194条)がこれに由来するとされる[3][15]。
占有の態様
自主占有と他主占有
占有は、占有している人がどのような意思をもって物を所持しているかにより、自主占有と他主占有に大別される。
自主占有と他主占有の区別は、取得時効の要件(162条以下)、無主物先占の要件(239条)、占有者による損害賠償(191条)において区別の実益がある[18][19]。占有者は所有の意思をもって占有しているものとの推定を受ける(186条1項)。
なお、他主占有から自主占有に占有の性質を変更するには、その占有者が自己に占有をさせた者に対して所有の意思があることを表示し、または新権原により更に所有の意思をもって占有を始めたものと認められなければならない(185条)。相続が同条にいう新権原として認められるかどうかという点については、客観的にみて相続人が承継時に所有の意思を明らかにもっていたとみられる場合にはこれを肯定するのが現在の通説・判例である(最判昭46・11・30民集25巻8号1437頁)[6]。
自己占有と代理占有
代理占有の要件
- 占有代理人による所持
- 代理人の本人のためにする意思
- 客観的に権原の性質をもとに判断される(通説)[24]。占有代理人には本人のためにする意思と自己のためにする意思が併存していてもよい(通説・判例)。
- 占有代理関係の存在
代理占有の効果
取得時効の進行、即時取得、占有訴権など占有権から生ずる諸々の法律効果は本人に生ずる[27][28][25]。占有の善意・悪意の判断は占有代理人を基準とするが、本人が悪意であれば占有代理人が善意であっても保護すべき必要はなく悪意占有となる(通説)[29][28][25]。
占有補助者との差異
占有代理人と占有補助者(占有機関)とは区別される[30]。借家の賃借人など独立した占有者としての地位が認められる者を占有代理人というのに対し、法人の機関や雇主の使用人など独立した占有者としての地位を認められない者を占有補助者(占有機関)といい、後者には占有訴権の原告適格や物権的請求権の被告適格が認められない(債務名義があれば当然に退去させることができることを意味する)[8]。
善意占有と悪意占有
- 善意占有
- 本権に基づかない占有のうち、占有者が本権があると誤信して占有している場合。善意占有は誤信に対する過失の有無によりさらに過失ある占有と過失なき占有に分けられる[31]。
- 通常の法律上の用例であれば「善意」には不知を含むが、善意占有でいう「善意」には不知であっても疑いを持っている場合を含まない点で異なる[32]。
- 占有者は善意で占有をするものと推定される(186条1項)。ただし、善意の占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは訴えの提起の時から悪意の占有者とみなされる(189条2項)。
- 過失については推定規定がないが、判例は「およそ占有者が占有物の上に行使する権利はこれを適法に有するものと推定される以上(民法一八八条)、譲受人たる占有取得者が右のように信ずるについては過失のないものと推定され、占有取得者自身において過失のないことを立証することを要しないものと解すべき」とする(最判昭41・6・9民集20巻5号1011頁)。
- 悪意占有
- 本権に基づかない占有のうち、占有者が本権に基づかないことを知り、または本権の有無について疑いを有しながら占有している場合。本権の有無について疑いを有しながら占有している場合も悪意占有である(大判大8・10・13民録25輯1863頁)。具体例としては、他人の土地であると知っているにもかかわらず、その土地に居座っている者は、その土地を悪意占有していることになる。
善意占有と悪意占有の区別は、取得時効の要件(162条以下)、果実の収取・償還(189・190条)、占有者による損害賠償(191条)、即時取得の要件(192条)、占有者による費用の償還請求(196条)において区別の実益があり、取得時効の要件(162条以下)と即時取得の要件(192条)においては過失の有無も問題となる[32][33]。
なお、本権に基づく占有には善意占有と悪意占有の区別はないことに注意を要する。
占有の取得
占有権の移転
占有の移転を引渡しという。民法第二編第二章には、引渡しの方法として、以下の方法が規定されている。
占有の承継
占有の承継には、占有の承継人が前の占有者の占有を同一性を保ちつつ承継したという面と、占有承継人が新たに占有を取得したという面の二面性がある[38][39]。
このことから占有者の承継人は、自己の占有のみを主張するか、あるいは自己の占有に前の占有者の占有を併せて主張するかを選択することができる(187条1項)。占有が転々とした場合においては、占有の承継人は直前の占有者に限らず自らが選択する任意の占有者以降の占有を継続的なものとして併合して主張しうるのであり(187条1項の「その選択に従い」の文言、大判昭9・5・28民集13巻857頁)、また、承継人は占有を併合させる主張を改めて自己の占有のみを主張することもできる(大判大6・11・8民録23輯1772頁)[40][39]。ただし、前の占有者の占有を併せて主張する場合には、前の占有者の占有における瑕疵をも承継することになる(187条2項)。
これらは取得時効の要件充足の判断(占有開始時とその時の瑕疵の有無)において重要な意味を持つ(187条参照)。
なお、占有の性質に変更を伴った場合(他主占有から自主占有へ移行している場合など)には占有の併合は認められない(通説・判例)[40]。
占有権の効力
本権公示的効力
本権徴表的効力として分類されることもある[41]。
- 動産に関する物権の譲渡の対抗要件
- 動産に関する物権の譲渡は、その引渡しがなければ、第三者に対抗することができない(178条)。
- 本権の推定
- 占有者が占有物について行使する権利は、適法に有するものと推定される(188条)。占有者は本権を有している場合が多いという蓋然性を根拠としている[42]。占有者に本権が伴っていないと主張する者はその旨を立証することを要する[43]。ただし、不動産のように登記など公示制度がある場合には、原則として占有ではなく登記によって本権の所在は判断される(通説・判例。最判昭34・1・8民集13巻1号1頁)[42][43][44]。このような場合の占有による本権の推定については、否定説(未登記建物の場合についてのみ占有による推定力がある)と肯定説(一次的には登記、二次的に占有による)が対立する[42]。なお、他人の不動産を占有する正権原があるとの主張については、その主張をする者に立証責任があり188条を援用することはできない(最判昭35・3・1民集14巻3号327頁)。
本権取得的効力
占有者に本権取得を認め、また、善意の占有者の保護を図るものである。
- 無主物先占
- 所有者のない動産は、所有の意思をもって占有することによって、その所有権を取得する(239条1項)。
- 果実の収取と償還
- 善意占有者の果実の収取
- 善意占有者は果実収取権を有する(189条1項)。不当利得の特則でありその適用は排除される[45]。この規定については善意占有者の果実収取権を認めたものとみる説と消費した果実の返還義務が免除されるにすぎないとみる説が対立し、消費されていない果実の扱いをめぐって異なる結論となる[46]。
- 善意占有であればよく過失の有無を問わない[47][48]。ただし、過失のある場合に不法行為責任を問いうるか否かについては否定説と肯定説がある[47]。
- 本来的に果実を収取する権利を有しない占有者(動産質権者、留置権者、受寄者など)については189条の適用はない(通説)[47]。また、不当利得の運用益については189条にいう「果実」ではなく703条によって処理される(最判昭38・12・24民集17巻12号1720頁)。
- 悪意占有者の果実の償還
- 悪意占有者は果実を返還し、既に消費し過失によって損傷し、または収取を怠った果実の対価を償還しなければならない(190条1項)。瑕疵ある占有者(暴行もしくは強迫または隠匿によって占有をしている者)も悪意占有者と同様である(190条2項)。また、善意占有者が本権の訴えにおいて敗訴したときは訴え提起時から悪意の占有者とみなされ、提訴後に得た果実の返還をしなければならない(189条2項)。190条の規定は不法行為責任を問うことを排除するものではないが(通説・判例。大判大7・5・18民録24輯982頁、大判大7・3・3民集11巻274頁。190条は果実・対価の償還の範囲という点については不法行為責任の特則となる)、果実やその代価に関して悪意者であるとの理由のみで当然に不法行為が成立するわけではない(最判昭32・1・31民集11巻1号170頁)[49][50]。
- 占有者の損害賠償
占有訴権の意義
占有訴権(せんゆうそけん、フランス語:action possessoire )とは、占有権の妨害や侵奪がある場合、占有者が占有権の効力としてこれを排除することを請求しうる権利のことをいう(197条)。占有訴権の位置づけについては、本権に基づく物権的請求権とは性質を異にするものであるとする説もあるが、物権的請求権の一種であるとみる説が多数説とされる[48][52]。内容としては所有権など本権の効力として認められている民法上の「本権の訴え」に対応する。なお、「訴権」という名称は、沿革的な理由によるものであり、その内容は実体法上の請求権である[53]。
占有訴権の当事者
- 原告適格
- 被告適格
占有訴権の類型
- 占有保持の訴え(198条)
- 占有者がその占有を妨害されたときは、占有保持の訴えにより、その妨害の停止及び損害の賠償を請求することができる。
- 占有保持の訴えは、妨害の存する間又はその消滅した後1年以内に提起しなければならない。ただし、工事により占有物に損害を生じた場合において、その工事に着手した時から1年を経過し、又はその工事が完成したときは、これを提起することができない(201条1項)。
- 占有保全の訴え(199条)
- 占有者がその占有を妨害されるおそれがあるときは、占有保全の訴えにより、その妨害の予防又は損害賠償の担保を請求することができる。
- 占有保全の訴えは、妨害の危険の存する間は、提起することができる。この場合において、工事により占有物に損害を生ずるおそれがあるときは、工事に着手した時から一年を経過し、又はその工事が完成したときは、これを提起することができない。 (201条2項)。
- 占有回収の訴え(200条)
- 占有者がその占有を奪われたときは、占有回収の訴えにより、その物の返還及び損害の賠償を請求することができる。
- 占有を侵奪した者の特定承継人に対して提起することができないが、その承継人が侵奪の事実を知っていたときは、できる。
- 占有回収の訴えは、占有を奪われた時から1年以内に提起しなければならない(201条3項)。
占有権の消滅
準占有
脚注
出典
- 近江幸治著 『民法講義Ⅱ 物権 第3版』 成文堂、2006年5月、177・179頁
- 遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法2 物権 第4版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、1996年12月、125頁
- 近江幸治著 『民法講義Ⅱ 物権 第3版』 成文堂、2006年5月、179頁
- 遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法2 物権 第4版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、1996年12月、123-124頁
- 淡路剛久・原田純孝・鎌田薫・生熊長幸著 『民法Ⅱ 物権 第3版』 有斐閣〈有斐閣Sシリーズ〉、2005年4月、108頁
- 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、313-314頁
- 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、314頁
- 近江幸治著 『民法講義Ⅱ 物権 第3版』 成文堂、2006年5月、180頁
- 淡路剛久・原田純孝・鎌田薫・生熊長幸著 『民法Ⅱ 物権 第3版』 有斐閣〈有斐閣Sシリーズ〉、2005年4月、110頁
- 淡路剛久・原田純孝・鎌田薫・生熊長幸著 『民法Ⅱ 物権 第3版』 有斐閣〈有斐閣Sシリーズ〉、2005年4月、109頁
- 遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法2 物権 第4版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、1996年12月、127-128頁
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- 遠藤浩・川井健・原島重義・広中俊雄・水本浩・山本進一著 『民法2 物権 第4版』 有斐閣〈有斐閣双書〉、1996年12月、152頁
- 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、335頁
- 内田貴著 『民法Ⅰ 総則・物権総論』 東京大学出版会、1994年9月、358頁
- 近江幸治著 『民法講義Ⅱ 物権 第3版』 成文堂、2006年5月、197頁
- 我妻栄・有泉亨・川井健著 『民法1 総則・物権法 第2版』 勁草書房、2005年4月、338-339頁
- 近江幸治著 『民法講義Ⅱ 物権 第3版』 成文堂、2006年5月、212頁
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参考文献
- 石田文次郎『財産法に於ける動的理論』(巌松堂書店、1928年)