古隅田川
古隅田川(埼玉県)
概要

古隅田川の管理起点

古隅田川の右岸に合流する旧古隅田川

古隅田川と大落古利根川の合流点
橋梁
古隅田川
- 名称不明
- 山城第二橋梁(東武野田線)
- 花積橋
- 友愛橋
- ふれあい橋(人道橋)
- 名称不明
- 名称不明
- 城殿宮橋
- 名称不明
- 名称不明
- 栄橋
- 古隅田橋(国道16号)
- 浜川戸橋
- 梅田橋(埼玉県道85号春日部久喜線)
- 古隅田川橋梁(東武伊勢崎線)
- 十文橋(埼玉県道85号春日部久喜線)
旧古隅田川 ※春日部市下蛭田地区南部に源を発し、北東から北西方向に流れ、矢島橋の下流で古隅田川右岸に合流する。
- 名称不明
- 名称不明
- 道順川戸橋
- 業平橋(埼玉県道2号さいたま春日部線)
- 東武野田線
- 川面橋
- 名称不明
- 矢島橋(旧やじま橋) - かつての「やじま橋」は1737年(元文2年)架橋の石橋で、古隅田公園内に説明石標とともに移築保存してある。
周辺
風景
古隅田川最上流部(下蛭田地区)
古隅田川の旧堤防。古隅田川公園として整備されている。
古隅田川の旧堤防の天端。(古隅田川公園内)
黒沼水田からの排水路が左岸に合流する。また、古隅田川の旧流路が分岐する。
古隅田川(東京都)
概要

東京都葛飾区古隅田川緑道内(2013年6月)
支流
- 葛西用水路(東京葛西用水路)
河川施設
- 大六天排水場
橋梁
河道の暗渠化の際、欄干が撤去され親柱のみとなった橋も多数存在する。
- 境四橋
- 南新橋
- 境三橋
- 旭橋
- 境一橋
- 元隅田橋
- 白鷺橋 - 捷水路に架かる
- 綾南橋
- 境田橋
- 富士見橋
- 袋橋
- 北野橋
- 千鳥橋
- 古川橋(レンゴー葛飾工場前)
- 陸前橋(綾瀬コミュニティー道路)
- 鵜乃森橋
古隅田川と利根川
かつて、隅田川は利根川の下流に位置しており、武蔵国と下総国の境界線となっていたと考えられている。埼玉県と東京都にある2つの古隅田川はかつては利根川-隅田川の一部であり、現在の河川に則すれば、古利根川から古隅田川(埼玉側)、元荒川、中川、古隅田川(東京側)、隅田川という流れが利根川及び荒川の本流であったと考えられている。
なお、現在の埼玉県の古隅田川は元荒川の近く(さいたま市岩槻区南平野付近)を源として古利根川に向かって注いでいるが、中世以前は反対に古利根川から元荒川に向かって大河川が流れていた。
これは現在も一部に残る自然堤防跡や古文書[4]において現在の古隅田川流域の東側地域(春日部市の旧北葛飾郡庄和町など)が「下総国」下河辺荘に属していることからも分かる。
その後、関東造盆地運動の影響により古隅田川一帯が隆起して、利根川の本流が現在の古利根川からそのまま中川に向かう経路を取る様になり、更に江戸時代の利根川東遷事業やそれに付随した入間川の荒川・隅田川への付け替え工事によって利根川・中川・荒川(隅田川)が切り離され水位が低下、埼玉の古隅田川の流れも逆方向に向かうようになったと考えられている[5]。
脚注
- 荒川水系 荒川左岸ブロック河川整備計画付図 (PDF) 付図-59、埼玉県、2006年
- 裏門堰親水水路 - 国土交通省 荒川下流河川事務所(荒川知水資料館)(2007年8月30日付けのアーカイブキャッシュ)
- 2000年に手づくり郷土賞受賞
- 例えば、「延元々年三月二十二日後醍醐天皇綸旨写」(武州文書・『新編埼玉県史 資料編5』中世1-295号)や「延文六年九月九日市場之祭文写(同中世1-435号)など。
- 鈴木哲雄『中世関東の内海世界』(岩田書院、2005年) ISBN 978-4-87294-408-2 第一部第一章「古代から中世へ 下総国葛飾郡の変遷」はじめに、第二章「古隅田川地域史ノート」第一節「古隅田川地域と古代・中世の利根川」、第三章「古隅田川地域史における中世的地域構造」第一節「古隅田川地域史の成立」
関連項目
外部リンク
- 古隅田川 - 埼玉県ホームページ
- 古隅田川 - ウェイバックマシン(2019年1月1日アーカイブ分) - 有限会社フカダソフト(きまぐれ旅写真館)
- 還らざる大河古隅田川 時代と河川 - ウェイバックマシン(2007年12月4日アーカイブ分) - 江戸旧聞東京百選
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