吉野川大橋
吉野川大橋(よしのがわおおはし)は一級河川・吉野川の河口にかかる連続鋼床版箱桁橋である[1]。

国道11号標識

国道28号標識
| 吉野川大橋 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 国 |
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| 所在地 | 徳島市(東吉野町)-徳島市(川内町)間 |
| 交差物件 | 吉野川 |
| 建設 | 1968-1999年 |
| 構造諸元 | |
| 全長 | 1,137m |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |
概要
徳島県徳島市東吉野町(右岸)と同市川内町(左岸)を結んでいる。全長1,137mで、3車線の橋が2本並行しており、この2本をまとめて吉野川大橋と呼ぶ[2]。都合上下6車線が供用されている。南岸には徳島市民吉野川運動広場がある。
1972年(昭和47年)に1本目の橋が完成して3車線を北向き1車線、南向き2車線で暫定使用を開始したが、交通量の増加には対応できず交通渋滞が解消するには2本目の完成が必要だった[2]。1986年(昭和61年)に2本目の橋が完成し、上流側の1本目の橋が北向き車線、下流側の2本目の橋が南向き車線となり片側3車線となった[2][3]。
約1.4km上流には吉野川橋が架かっているが、吉野川大橋が開通する以前はその橋が徳島・鳴門間のメインルートであった。吉野川大橋の開通時には仮称で新吉野川橋と呼ばれたこともある[2]。

一級河川 吉野川の標識

吉野川大橋を歩道から撮影

日本の道百選の顕彰碑

眉山公園から見た吉野川大橋
橋長
- 1137.0 m
制限速度
- 60 km/h(標識により現示)
歴史
鈴江の渡し
吉野川大橋がある場所には第二次世界大戦の終戦近くまで鈴江の渡しがあった[3]。この鈴江の渡しでは1939年(昭和14年)に船が転覆し、旧制徳島女学校(現徳島県立城東高等学校)の生徒一人が亡くなる水難事故が起きている[3]。
関連項目
外部リンク
- 吉野川大橋(よしのがわおおはし) - 徳島県(橋の博物館とくしま)
脚注
- “吉野川に架かる橋梁” (PDF). 7頁. 徳島県 (2017年3月). 2016年7月28日閲覧。
- “吉野川大橋起工式 完成に18年かかる 1968(昭和43)年”. 徳島新聞. 2022年10月28日閲覧。
- “吉野川大橋(よしのがわおおはし)”. 徳島県. 2022年10月28日閲覧。
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