土支田
土支田(どしだ)は、東京都練馬区の町名。現行行政地名は土支田一丁目から土支田四丁目。住居表示実施済み区域である。郵便番号は179-0076[3]。
土支田 | |
|---|---|
![]() 土支田八幡宮(土支田四丁目) | |
![]() 土支田 土支田の位置 | |
| 北緯35度45分33.52秒 東経139度36分25.84秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 特別区 |
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| 面積 | |
| • 合計 | 1.181 km2 |
| 人口 | |
| • 合計 | 13,690人 |
| • 密度 | 12,000人/km2 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
179-0076[3] |
| 市外局番 | 03[4] |
| ナンバープレート | 練馬 |
地理
練馬区北部に位置する。町域の東部は笹目通りを境に練馬区旭町および高松に、南部は谷原および三原台に、西部は大泉町に、北部は埼玉県和光市(南及び白子)に接している。
町域内は笹目通りと土支田通り沿いに商店が見られるが、概ね住宅地や農地が占める。かつては田柄川の源流があった[5]。
都営地下鉄大江戸線光が丘駅が利用可能なものの、当町から西方地域は鉄道空白地帯となっており、都市計画道路補助230号線の地下に大江戸線「土支田駅(仮称)」の建設が予定されている。
歴史
沿革
- 江戸時代は武蔵国新座郡土支田村で、上組、下組に分かれていた。うち、現在の土支田となるのは下組の方である。
- 1869年(明治2年) - 上組が上土支田村、下組が下土支田村と区別されるようになる。[7]
- 1889年(明治22年) - 上土支田村が東京府北豊島郡石神井村上土支田に、下土支田村が東京府北豊島郡上練馬村下土支田となる[7]。
- 1891年(明治24年) - 石神井村上土支田が埼玉県新座郡榑橋村と合併し、東京府北豊島郡大泉村上土支田となる[7]。
- 1932年(昭和7年) - 大泉村上土支田が東京府東京市板橋区東大泉町に、上練馬村下土支田が板橋区練馬土支田町となる[7]。
- 1947年(昭和22年) - 板橋区から練馬区が分区し、板橋区東大泉町が練馬区東大泉町に、板橋区練馬土支田町が練馬区土支田町となる[7]。
- 1975年(昭和50年) - 住居表示の実施により、土支田町の大部分が土支田一丁目から同四丁目となる[7]。
交通
町域内に鉄道はないが、都営地下鉄大江戸線光が丘駅が利用可能な範囲にある。大江戸線の大泉学園町への延伸事業が進んでおり、土支田二丁目に新駅が建設予定である。
この他、土支田通りを通り、西武池袋線石神井公園駅と東武東上線成増駅(東京メトロ有楽町線地下鉄成増駅が近傍)を結ぶバスを国際興業バス、西武バスが運行している。また、西武バスは西武新宿線上石神井駅や武蔵野市にある吉祥寺駅へ向かうバスも運行している。
施設
- 練馬区第五出張所
- 練馬区立土支田庭球場
- 土支田八幡宮
- 稲荷山憩いの森
- 土支田農業公園
脚注
- “練馬区統計書 - 町丁別土地面積、気温、降水量の推移、住民基本台帳による世帯数と人口など”. 練馬区 (2016年10月1日). 2018年1月4日閲覧。
- “世帯と人口(人口統計) - 町丁目別”. 練馬区 (2017年12月5日). 2018年1月4日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月4日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月4日閲覧。
- 「ねりまの川―その水系と人々の生活 第16回・田柄用水――水田利用の形」『ねりま区報』1987年8月21日)
- “区立小中学校 学区域一覧”. 練馬区 (2017年8月24日). 2018年1月4日閲覧。
- 竹内誠編『東京の地名由来辞典』東京堂出版、2006年。ISBN 4490106858
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