在瀋陽日本国総領事館

在瀋陽日本国総領事館(ざいしんようにっぽんこくそうりょうじかん、中国語: 日本国驻沈阳总领事馆、英語: Consulate-General of Japan in Shenyang)は、日本の総領事館で、外務省の特別の機関である。

在瀋陽日本国総領事館
日本国驻沈阳总领事馆
菊花紋章
所在地中華人民共和国の旗 中華人民共和国
住所遼寧省瀋陽市和平区十四緯路50号
座標北緯41度47分00秒 東経123度25分33秒
管轄遼寧省(大連市を除く)[1]、吉林省、黒竜江省
総領事浜田隆
ウェブサイトwww.shenyang.cn.emb-japan.go.jp

本記事では、太平洋戦争前の奉天市に設置されていた在奉天日本総領事館(ざいほうてんにっぽんそうりょうじかん)についても説明する。

所在地

〒110003 中華人民共和国遼寧省瀋陽市和平区十四緯路50号

中国語: 110003 中华人民共和国辽宁省沈阳市和平区十四纬路50号

英語: No.50, 14th Weilu, Heping District, Shenyang, Liaoning, 110003, People's Republic of China

管轄地域

事件

反日デモによる攻撃事件

在大連日本国領事事務所

在大連日本国領事事務所(ざいだいれんにっぽんこくりょうじじむしょ、中国語: 日本国常驻大连办事处、英語: Consular Office of Japan in Dalian)は、日本の領事事務所である。在瀋陽日本国総領事館の所轄となっている。

2021年4月より所長は等々力研が務める[4][5]。

所在地

〒116011 中華人民共和国遼寧省大連市西崗区中山路147号 森茂大厦3階

中国語: 116011 中华人民共和国辽宁省大连市西岗区中山路147号 森茂大厦3楼

英語: 3rd Floor, Senmao Building, 147 Zhongshan Road, Xigang District, Dalian, Liaoning, People's Republic of China 116011

管轄地域

在奉天日本総領事館 (1906年 - 1939年)

供用当時の在奉天日本総領事館
現存する旧奉天総領事館の建物

日露戦争後の1906年6月1日に設置された[6]。初代総領事は萩原守一だった[6]。当時の中国は清の統治下にあった。「満洲に関する日清条約」(1905年)に基づいて外国人に開放された鉄嶺市・長春市・新民府にも同年中に分館が設置された[6]。分館のうち、長春は1907年、鉄嶺は1908年にそれぞれ領事館に昇格している[6]。

その後中国の政権は中華民国に変わったが、1931年の満洲事変により、1932年には奉天は満洲国の領内となる。1936年に新民府分館を閉鎖[6]。満洲国は日本の治外法権を1937年に撤廃したため、これに呼応する形で1939年2月28日をもって奉天総領事館は閉鎖された[6]。

奉天総領事館の著名な在勤者として、吉田茂[6]や落合謙太郎がいる。

旧奉天総領事館の建物(三橋四郎設計、1912年竣工)は、瀋陽市和平区三経街9号に現存し、太平洋戦争後はソビエト連邦領事館として利用されたり、国共内戦時に宋美齢が入居したりした後、1985年からホテル「瀋陽迎賓館」の北苑として利用されている[7]。

現在の在瀋陽日本国総領事館が「事実上開設」されたのは、奉天総領事館の閉鎖から47年が経過した1986年1月16日だった[8]。

脚注

  1. 大連市は在瀋陽日本国総領事館の支部である在大連日本国領事事務所が管轄している。
  2. “瀋陽・日本領事館、脱北家族駆け込み事件から約10年、当時2才のハンミちゃんはこんなに大きくなりました”. ロケットニュース24. 2017年8月10日閲覧。
  3. 浜島書店編集部『最新図説 政経』浜島書店、2016年。ISBN 978-4-8343-2040-4。
  4. 着任挨拶 | 在瀋陽日本国総領事館在大連領事事務所
  5. 就任致辞 | 日本国驻沈阳总领事馆常驻大连领事办公室 (中国語)
  6. 奉天総領事館 - アジア歴史資料センター(公文書に見る明治日本のアジア関与)2022年12月16日閲覧。
  7. 工藤和直 (2018年7月14日). “<コラム>世界遺産の価値がある、旧満州に残る日本国総領事館を訪ねて”. Record China. 2022年12月17日閲覧。
  8. 在外公館に係る会計経理に関する会計検査の結果について 29 在瀋陽日本国総領事館 - 会計検査院(2011年10月)2022年12月16日閲覧。

関連項目

外部リンク

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