堀川駅 (愛知県)
堀川駅(ほりかわえき)は、かつて愛知県名古屋市中区にあった名古屋鉄道瀬戸線の起点であった駅である。名古屋城外堀の南西隅部、景雲橋小園(けいうんばしこぞの)の北側にあった。
| 堀川駅 | |
|---|---|
![]() 大正期の堀川駅 | |
|
ほりかわ Horikawa | |
| 所在地 | 名古屋市中区 |
| 所属事業者 | ■名古屋鉄道 |
| 所属路線 | 瀬戸線 |
| キロ程 | 0.0 km(堀川起点) |
| 駅構造 | 地上駅(掘割構造) |
| ホーム | 相対式 2面2線 |
| 開業年月日 | 1915年(明治44年)1月18日 |
| 廃止年月日 | 1976年(昭和51年)2月15日 |
| 備考 | 新線建設にともなう廃止。 |
歴史
瀬戸線は、もともと瀬戸の陶磁器など貨物輸送をひとつの大きな目的として建設されたため、堀川の船による水運を活用し、瀬戸方面からの出荷や名古屋市街への荷揚げが可能となる、堀川に接するこの位置がターミナル駅とされた。
当駅直近の御園橋東側までは1911年(明治44年)までに開通したものの、残る6鎖(約120 m)は砲車通行路確保のための御園御門の工事と時期が被り、またその先3鎖分の名古屋市有地の買収にも手間取ったため、同区間の開業は1915年(大正4年)1月18日までずれ込んだ[1]。この6鎖区間が開通するまでは御園橋東に設置された御園駅がターミナル駅の役目を担っていたとされる[2]。
太平洋戦争後、水運の衰退に伴い、駅は急速に寂れた。また、市電と並行している区間でもあったため、旅客輸送も伸びなかった。末期には特急などが大津町駅で折り返していたため、40分間隔でしか電車は来なかった。
その後、栄町駅まで瀬戸線を乗り入れさせることになり、1976年(昭和51年)に堀川・東大手間が廃線となり、堀川駅も廃駅となった。
現況
2024年現在、鉄道施設は貨物扱い用のホームの基礎部分らしきもの以外はすべて撤去されており、ここにかつて駅が存在したことを示すものは2018年に名古屋市が設置した看板のみである。
また、この廃駅跡から南へ400 mほどの場所には名古屋市営地下鉄丸の内駅がある。廃駅跡の南側には長久山圓頓寺があり、門前の通り(円頓寺通)は古くから商店街(円頓寺商店街)になっているが廃止後は一時寂れた。
御園橋上より見た堀川駅跡(2007年5月)
名鉄堀川駅跡の現状(2024年1月)
御薗橋から堀川駅跡を望む(2024年1月)
隣の駅
- 名古屋鉄道(名鉄)
- 瀬戸線
- 堀川駅 - 本町駅
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