姫島村
姫島村(ひめしまむら)は、大分県の北東部にある東国東郡の村。姫島全域を行政区域とする。大分県内で唯一の村であり、東国東郡に属する唯一の自治体でもある。
| ひめしまむら 姫島村 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
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| 国 |
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| 地方 | 九州地方 | ||||
| 都道府県 | 大分県 | ||||
| 郡 | 東国東郡 | ||||
| 市町村コード | 44322-1 | ||||
| 法人番号 | 7000020443221 | ||||
| 面積 |
6.99km2 | ||||
| 総人口 |
1,521人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||||
| 人口密度 | 218人/km2 | ||||
| 隣接自治体 | 国東市(海を挟んで隣接) | ||||
| 村の木 | 黒松 | ||||
| 村の花 | 野路菊 | ||||
| 姫島村役場 | |||||
| 村長 | 藤本昭夫 | ||||
| 所在地 |
〒872-1501 大分県東国東郡姫島村1630番地の1 北緯33度43分28秒 東経131度38分43秒 ![]() | ||||
| 外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
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■ ― 市 / ■ ― 町・村 | |||||
| ウィキプロジェクト | |||||
地理

歴史
古代
『古事記』の国産み神話でイザナギとイザナミが12番目に産んだ女島(天一根)に比定されている[2][3][注釈 1]。
姫島産の黒曜石で作られた石器が中国地方、四国地方の縄文時代遺跡から発見されており、この時代に広く交易が行われていたことを示している[4][5]。
中世
平安時代末期頃からは宇佐八幡宮弥勒寺領となった[6]。その後は大友氏の水軍・浦辺衆の根拠地の1つとなる。江戸時代は杵築藩領となり、大友家重臣の血筋といわれる古庄家が庄屋として島を治め、製塩業や甘藷栽培など殖産興業に務めた[7]。
近世
姫島の中央低地の海岸は遠浅で、慶長年間には塩田が開かれた[2]。
1864年(文久3年)の下関戦争では英、米、仏、蘭の連合艦隊が、関門海峡に近い要衝である姫島を拠点とした。その際、イギリスから帰国した伊藤博文、井上馨が調停のため来島している(その時の両名や島民の様子について英国外交官アーネスト・サトウが記録)。また幕府の軍艦奉行勝海舟が、戦闘終結後に姫島に上陸し、戦闘の模様について情報収集をおこなった[8]。
長州征討とも関りが深く、幕府の石炭貯蔵庫が1866年(慶応2年)6月29日未明、奇兵隊によると見られる放火で爆発し、完全鎮火まで4カ月かかる事件が起きた。また、島の庄屋であった古庄虎二が杵築藩と長州藩の講和を仲介した[9]。大村益次郎暗殺事件では、犯人の神代直人やその師である大楽源太郎が一時潜伏した。
行政
村長
- 藤本昭夫(10期目)
- 任期:2024年11月25日[10]
歴代村長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 姫島村長(官選) | ||||
| 1 | 古庄安太郎[11][注釈 2] | 1891年3月 1895年2月(再任) | 1899年3月[12] | |
| 2 | 小串喜二郎 | |||
| 3 | 重光儀市[13][14] | |||
| 4 | 常盤泰通[15] | |||
| 藤本憲吉[16] | ||||
| 姫島村長(公選) | ||||
| 4 | 不詳 | |||
| 5 | 藤本憲吉 | 1955年 | 1957年 | 1期。辞職 |
| 6 | 鹿野亀太郎 | 1957年 | 1959年12月 | 1期。辞職 |
| 7 | 藤本熊雄 | 1960年1月 | 1984年10月 | 7期。任期中死去 |
| 8 | 藤本昭夫 | 1984年11月26日 | 現職 | 10期目 |
村長選挙
村長選は1955年(昭和30年)に投票が行われたのを最後に、1957年(昭和32年)から2012年(平成24年)まで16回連続して無投票当選となっていた[17]。これは市区町村はもとより都道府県も含めた自治体の首長選としては全国で最多である。16回のうち、最初の1回を除く15回は前村長の藤本熊雄と現村長の藤本昭夫によるものであり(それぞれ無投票当選7回および8回)、藤本昭夫は藤本熊雄の長男であることから、親子で50年以上村長職を独占して担っていることになる。こうした特異な状況は選挙行政にも影響を与えており、姫島村には村長選・村議選共にポスター掲示条例が存在せず[18][19]、村長は告示日にも遊説をせずに通常通りの公務を行っている。
村長選が無投票当選が長期化となっていた背景には、1955年(昭和30年)の村長選が藤本憲吉と鹿野亀太郎とで島内を二分する激しい選挙となり、島内にしこりを残した苦い経験があるほか、人口2,000人程の小さな自治体で他に人材がいないという側面が大きい。前村長の藤本熊雄が西村英一と共に行なった港湾整備やクルマエビ養殖事業、ワークシェアリング(後述)の推進などで強力なリーダーシップを発揮した経済浮揚を図り、現村長も漁礁整備などの漁業振興政策で評価を受けているとの指摘もある。
2016年(平成28年)11月1日告示・11月6日投票の村長選では、現職の藤本昭夫と新人の藤本敏和が立候補し、村長選としては61年ぶりの投票が行われた結果[19]、現職の藤本昭夫が当選した[20]。2020年(令和2年)の選挙も両者で争われ、現職の藤本昭夫が10選を果たしている[21]
2008年(平成20年)に村長の藤本昭夫は「それなりの対立候補が出れば私に対する不信任であり、争わずに身を引くつもりだ」と述べているが[22][23]、その一方で2016年(平成28年)の選挙で当選確実発表が伝えられたことを受けたテレビ朝日のインタビューで「村民が疑心暗鬼に陥るため選挙は良くない」旨の発言もしている[20]。
なお、村長選が無投票であった間も村議選は行われており(過去20年で無投票は1回のみ)、姫島村内で選挙が全くなかったわけではない。
議会
- 定数:8人
- 任期:2027年4月30日[10]
議会で一般質問が行われることは稀であり、2012年(平成24年)9月定例会では15年3ヶ月ぶりに一般質問が行われた[24]。その後、2020年9月定例会、2023年6月定例会でも一般質問が行われている[25]
地域
経済
離島部であるため、漁業およびそれに関連する観光業が主幹産業である。
観光業
ホテル・旅館・民宿・ペンションなどが数軒立地している。宿泊客の大半は夏の盆踊り開催時の観光客である。近年は観光客減少のあおりを受けている。現在は新たに観光団体を設立するなど、観光客増加に努めている。
商業
主に県道686号稲積姫島港線沿いに複数の個人店と小規模スーパーが出店している。
教育
村内(島内)に高等学校は存在しない。最寄りの高校は大分県立国東高等学校及び大分県立高田高等学校。
中学校
- 姫島村立姫島中学校
小学校
- 姫島村立姫島小学校
保育所・幼稚園
- 姫島村保育所
- 姫島幼稚園
社会教育施設
図書室
- 姫島村中央公民館図書室
公民館
- 姫島村中央公民館
体育施設
- 姫島運動公園:野球場、多目的グラウンド、テニスコート
- 姫島村軽スポーツセンター
交通
島内
一般県道
- 大分県道606号西浦姫島港線
- 大分県道683号北浦姫島港線
- 大分県道686号稲積姫島港線
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事・文化財



名所・旧跡
- 姫島七不思議
- 浮洲
- 千人堂
- 逆柳
- かねつけ石(おはぐろ石)
- 浮田
- 阿弥陀牡蠣
- 拍子水
- 観音崎 - 島の西北部(城山より北側)の北浦地区にある。高さ40m、東西120mの広範囲にわたって黒曜石の断崖が広がり、露天の黒曜石が観察できる全国でも珍しい場所である。観音崎の黒曜石産地は「姫島の黒曜石産地」として国の天然記念物に指定されている。
- 姫島灯台 - 稲積地区にある。1902年(明治35年)着工、1904年(明治37年)初点灯。1970年(昭和45年)4月より自動化し無人化。現在は公園として整備され桜の名所となっている。
- 大帯八幡社 - 南浦地区と松原地区の境にある。祭神は帯中日子命(仲哀天皇)、息長帯姫命(神功皇后)、品陀和気命(応神天皇)。宇佐神宮の分霊と言われているが、宇佐神宮には仲哀天皇は祀られておらず、祭神が異なっている。
- 比売語曽社 - 金地区にある。祭神は朝鮮南部・意思加羅国の皇子・都怒我何羅斯等が追いかけた少女(日本書紀)、新羅王の子・天之日矛の妻、新羅王・波沙寝錦の妃、大己貴命の女・下照姫命、辛国息長大姫大目命、真名野長者の娘・玉依姫(般若姫)など諸説ある。
文化財
国の天然記念物
国選択無形民俗文化財
- 姫島盆踊
県指定天然記念物[31]
- 姫島の藍鉄鉱 - 1949年(昭和24年)8月、姫島の西端ス鼻海岸で当時の中学生によって偶然発見された非常に珍しい鉱物である。鉄とリン酸が長い年月をかけて化合したもので、表面は褐色で形状は球型、扁平型などさまざまである。割ると中は透明だが、化学反応により表面が透明から藍青色に変化し美しい放射状に輝く。この不思議な石は作家・椋鳩十の児童文学作品『ふしぎな石と魚の島』の中でとりあげられた。
- 姫島の地層褶曲
村指定有形文化財
- 姫島庄屋古庄家
村指定無形文化財
- キツネ踊り
- アヤ踊り
- 銭太鼓
- 猿丸太夫
イベント
姫島村を舞台・題材とした作品
脚注
注釈
出典
- “比売語曽社 (ひめこそしゃ)”. 日本一の「おんせん県」大分県の観光情報公式サイト. 公益社団法人ツーリズムおおいた. 2023年6月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月22日閲覧。
- “おおいた姫島ジオパーク”. 姫島村. 2021年11月3日閲覧。
- “天一根”. 國學院大學 古典文化学事業. 2023年3月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月22日閲覧。
- “姫島の黒曜石産地|おおいた遺産|大分を彩る120の美しき遺産”. おおいた遺産活性化委員会. 2023年5月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月22日閲覧。
- “姫島産黒曜石”. 広島大学総合博物館埋蔵文化財調査部門. 2022年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月22日閲覧。
- 姫島 その歴史と文化 1989, p. 21.
- 姫島 その歴史と文化 1989, pp. 26–52.
- “下関戦争 四国連合艦隊集結場所”. 姫島村. 2023年7月22日閲覧。
- 姫島 その歴史と文化 1989, pp. 67–72.
- “長・議員の任期満了一覧表”. 大分県. 2023年7月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月22日閲覧。
- 明治30年12月18日付 官報第4341号附録 p.7
- 明治37年5月5日発行 『大分県紳士録』 p.782
- 大正6年3月22日付 官報第1389号附録 p.2。
- 大正3年11月15日発行 『九州紳士録』 p.101
- 大正12年12月24日付 官報第3402号附録 p.3
- 昭和16年11月14日付 官報第4456号『辞令二』 p.3
- “ある一家の支配が60年続く現実が日本にあるんです。そう、大分県に・・・”. 選挙ドットコム. (2016年10月15日). オリジナルの2016年10月18日時点におけるアーカイブ。
- “姫島村議選にポスター掲示板なし、選挙運動「うるさいと言われるだけ」”. 読売新聞. (2023年4月19日). オリジナルの2023年4月19日時点におけるアーカイブ。
- “61年ぶり手探り村長選 鉢巻きに困惑、ポスターなし 姫島村で告示、有権者8割初体験”. 西日本新聞. (2016年11月2日)
- “「選挙は良くない。村民が疑心暗鬼になる」姫島村で61年ぶり村長選、現職が9選果たす”. ハフィントン・ポスト. (2016年11月7日). オリジナルの2016年11月7日時点におけるアーカイブ。
- “大分姫島村長が10選 「選挙は島二分」村民の胸中複雑”. 朝日新聞. (2020年11月2日). オリジナルの2020年11月2日時点におけるアーカイブ。
- 一瀬圭司 (2008年10月29日). “ポスター、第一声なく 15回連続無投票の姫島村長選”. 西日本新聞
- “半世紀“無風”の姫島村長選”. 大分合同新聞. (2008年10月30日). オリジナルの2008年12月22日時点におけるアーカイブ。
- “15年3か月ぶりに議会で議員が質問した村”. 読売新聞. (2012年9月26日). オリジナルの2012年9月29日時点におけるアーカイブ。
- “姫島村議会 20年9月定例会以来の一般質問”. 大分合同新聞. (2023年6月27日). オリジナルの2023年7月22日時点におけるアーカイブ。
- “島びと20世紀 第4部 視線は高く(6) デポジット 姫島”. 四国新聞社. 2003年9月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月13日閲覧。
- 藤本昭夫 (2009年6月1日). “姫島村の「ワークシェアリング」について”. 全国町村会. 2020年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月13日閲覧。
- “姫島村に30年ぶり特別職 村議会、中元副村長選任に同意”. 大分合同新聞. (2022年3月16日). オリジナルの2022年3月16日時点におけるアーカイブ。
- “「消滅可能性自治体」の一覧 近畿・中国・四国・九州の地域”. 毎日新聞 (2024年4月24日). 2024年4月29日閲覧。
- “観光情報:姫島をめぐる”. 姫島村 (2021年4月30日). 2022年8月13日閲覧。
- 大分県内の県指定文化財一覧 (PDF) 大分県
- 浅見光彦シリーズ「姫島殺人事件」 TBS
参考文献
- 高橋与一『姫島 その歴史と文化』大分合同新聞社、1989年5月。









