安濃城
安濃城(あのうじょう)は、三重県津市安濃町安濃字城山にあった日本の城(山城)[1]。主郭跡にある阿由多神社に奉納された大般若経600巻は津市の指定有形文化財に指定されている[2]。
![]() logo (三重県) | |
|---|---|
![]() 安濃城全景 | |
| 城郭構造 | 不明 |
| 築城主 | 細野藤光 |
| 築城年 | 弘治年間(1555-1558)ごろ |
| 主な城主 | 細野藤光 |
| 廃城年 | 天正18年(1580年) |
| 遺構 | 曲輪、空堀、土塁、屋敷地 |
| 指定文化財 | なし |
| 位置 | 北緯34度46分35.3秒 東経136度27分24.5秒 |
| 地図 |
![]() 安濃城 |
概要
安濃城(あのうじょう)は三重県津市安濃町安濃にある、安濃川からの標高33mの丘陵字城山に存在した山城(丘陵城郭)であり、中世末期の伊勢国最大級の城郭ともいわれる。安濃川に沿った丘陵に築かれ、本丸をはじめ、居館跡、家臣館跡などがよく残っている。主郭には阿由多神社が祀られ、その周りに土塁や深い空堀が巡らされている[3]。
歴史
築城
弘治年間頃(1555-1558年)に長野氏の別家である細野氏が、藤光の時代に安濃郡長野村(津市美里町北長野)の細野城から移り、その地に屋敷を構え、その子である九郎右衛門藤敦が城郭として屋敷を拡充したと言われる。東西に長い地形や家臣が暮らす所である郭(くるわ)が並べられた形状が長野氏系の城の特徴であり、安濃城跡にもみられる。現存している遺構は拡充したその時のものであると考えられる[4][5]。
構造

安濃城模型(津市安濃郷土資料館 展示)
三重県下最大級の中世末期の丘陵城郭であり、高さとしては、最も低いところでは30m、最も高いところでは60mを誇る。西の阿由多神社を中心に居館があったと思われる土塁と堀による郭が連なっており、特に南西の堀は大規模でこの城の見どころとなっている。
城の範囲としては東西に500m以上、南北には300m以上存在し、空堀は非常に深く、10m以上の深さがあったとされている[6][5]。
跡地
文化財
脚注
注釈
- 天正5年であるという説も存在する。
- 神社名は阿由多神社と記す[7]。
出典
- 津の城跡50選, p. 13.
- 市指定文化財一覧表(津市)
- 三重の山城ベスト50を歩く, p. 83.
- 日本城郭大系 第10巻, p. 109.
- 三重の山城ベスト50を歩く, p. 82.
- 三重の中世城館, p. 83.
- 安濃町史 通史編, p. 909.
- 知られざる郷土史, p. 204.
- 安濃町史 通史編, pp. 213, 315.
- 安濃町史 通史編, p. 318.
参考文献
- 津観光ガイドネット・山城調査プロジェクトチーム『津の城跡50選』伊藤印刷(株)出版部、2016年5月30日。ISBN 978-4-9907322-1-9。
- 福井健二『三重の城』三重県良書出版会、1979年。
- 福井健二・竹田憲治・中井均『三重の山城ベスト50を歩く』サンライズ出版、2012年9月23日。ISBN 978-4-88325-482-8。
- 『日本城郭大系 第10巻』新人物往来社、1980年8月15日。
- 三重県教育委員会『三重の中世城館』三重県良書出版会、1978年11月15日。
- 浅生悦生『知られざる郷土史- 続 津市とその周辺』光出版印刷株式会社、2019年10月25日。
- 安濃町史編纂委員会『安濃町史 通史編』安濃町、1999年10月。
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.





