宍塚
宍塚(ししつか)は茨城県土浦市の地名。一中地区に属する地域の一つ。
宍塚 | |
|---|---|
![]() 宍塚の里山 | |
![]() 宍塚 宍塚の位置 | |
| 北緯36度5分4.59秒 東経140度9分59.57秒 | |
| 国 |
|
| 都道府県 |
|
| 市 |
|
| 地区 | 一中地区 |
| 人口 | |
| • 合計 | 693人 |
| 等時帯 | UTC+9 (JST) |
| 郵便番号 | |
| 市外局番 | 029(土浦MA)[3] |
| ナンバープレート | 土浦 |
| ※座標は土浦宍塚郵便局付近[4] | |
地理

宍塚大池
土浦市街地の西方に位置し、土浦市とつくば市との境にある。都市近郊型里山としての自然が残る。開発計画が持ち上がっていたが、各大学や公的研究機関による研究、特定非営利活動法人宍塚の自然と歴史の会による保全活動などにより、その価値が見直されつつある。
2014年現在、大字としての宍塚は行政単位としては使用されず、宍塚の一部が行政区「宍塚町」と称されている[5]。
歴史
江戸期より信太郡の村としてみられる地名で、「完塚」とも書かれた。戦国期は結城氏領、慶長6年(1601年)から常陸土浦藩領、元和3年(1617年)に一時幕府領となったのち、翌元和4年(1618年)から再度土浦藩領となった。[5]
沿革
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、信太郡宍塚村が佐野子村・飯田村・矢作村・下高津村・中高津村・上高津村・小松村および新治郡粕毛村と合併して信太郡中家村が発足。宍塚村は中家村大字宍塚となる。
- 1896年(明治29年)3月29日 - 中家村の所属が信太郡から新治郡に変更。
- 1937年(昭和12年)4月1日 - 中家村が新治郡土浦町に編入。中家村大字宍塚は土浦町大字宍塚となる。
- 1940年(昭和15年)11月3日 - 土浦町と真鍋町が合併し土浦市が発足。土浦町大字宍塚は土浦市大字宍塚となる。
- 2006年(平成18年)2月20日 - 新治村が土浦市へ編入されるのに合わせ、住所表記から「大字」が削除。土浦市大字宍塚は土浦市宍塚となる[6]。
施設
関連項目
脚注
- “土浦市地区別人口及び世帯数一覧(常住人口)”. 土浦市. 2022年2月3日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2022年2月3日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2022年2月3日閲覧。
- Google Earthより
- 角川日本地名大辞典JLogos版「宍塚(近代)」より。2014年8月10日閲覧。
- 土浦市の住所表記について 2014年8月10日閲覧。
- 東京新聞. “東京新聞:いばらき回顧録2009〈1〉竜巻発生 自然の力のすさまじさ”. 2010年1月14日閲覧。
- “土浦市立小・中学校及び義務教育学校通学区域”. 土浦市. 2022年2月3日閲覧。
- “庁舎移転のお知らせ”. 茨城労働局・土浦労働基準監督署・土浦公共職業安定所(ハローワーク) (2019年). 2019年9月17日閲覧。
参考文献
- 『どんなところ? 緑の島宍塚大池』(宍塚の自然と歴史の会、1995年7月22日発行)
外部リンク
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.

