小早川実義
小早川 実義(こばやかわ さねよし)は、南北朝時代の武将。竹原小早川氏の第6代当主。小早川重宗の嫡男。
凡例 小早川実義 | |
|---|---|
| 時代 | 南北朝時代 |
| 生誕 | 不詳 |
| 死没 | 貞治3年/正平19年(1364年) |
| 別名 | 出雲又四郎[1] |
| 官位 | 甲斐守[1] |
| 幕府 | 室町幕府、奉公衆 |
| 主君 | 足利将軍家 |
| 氏族 | 小早川氏 |
| 父母 | 父:小早川重宗[1] |
| 兄弟 | 小早川実義、小早川弥五郎 |
| 子 | 小早川義春[1]、小早川弥五郎、小早川福犬 |
略歴
観応3年/正平7年(1352年)、観応の擾乱に於いて足利尊氏・義詮方に属して山城国男山(京都府八幡市の石清水八幡宮)八幡合戦に参加。
文和2年/正平8年(1353年)12月、幕府の命令[2]に応え、安芸国入野城(にゅうのじょう)合戦に参加し戦功をあげる。貞治3年/正平19年(1364年)、安芸国西条合戦に於いて討死。
脚注
- 今井尭ほか編 1984, p. 341.
- 西条弥六衛門入道・大多和左衛門太郎などの横領から、安芸国入野郷内早田方・貞宗方田畠屋敷を取り戻し、武石胤泰に渡すよう命じた、観応2年(1351年)4月9日の将軍家御教書(平賀家文書)。
参考文献
関連史料
関連項目
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