小林旭

小林 旭(こばやし あきら、1938年昭和13年〉11月3日[注釈 1] - )は、日本俳優歌手。本名は同じ。身長180cm体重98kg血液型はAB型[2]。特技は柔道(五段)、ゴルフ[2]。愛称は「マイトガイ」[3]

こばやし あきら
小林 旭
小林 旭
キネマ旬報』1959年9月上旬号より
本名 小林 旭
生年月日 (1938-11-03) 1938年11月3日(85歳)
出身地 日本の旗 日本 東京府東京市世田谷区(現:東京都世田谷区
身長 180 cm
血液型 AB型
職業 俳優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1944年 -
活動内容 1956年:デビュー
配偶者 美空ひばり1962年 - 1964年
青山京子1967年 - 2020年
主な作品
渡り鳥』シリーズ
旋風児』シリーズ
仁義なき戦い』シリーズ
青春の門
幻之介世直し帖
修羅の伝説
 
受賞
第15回FNS歌謡祭最優秀歌唱賞
小林旭
別名 マイトガイ
学歴 明治大学中退
ジャンル 演歌歌謡曲
職業 歌手俳優
担当楽器
活動期間 1956年 -
レーベル 日本コロムビア(1958年 - 1964年)
日本クラウン(1964年 - 1980年)
ポリドール(1981年 - 1991年)
ソニーレコーズ(1992年 - 2000年)
ガウスエンタテインメント(2001年 - 2006年)
マイトガイレーベル(2007年 - 2009年)
テイチクレコード(2010年 - 2014年)
夢レコード(2014年 - )
YouTube
チャンネル
活動期間 2020年6月16日 -
登録者数 2.38万人
チャンネル登録者数・総再生回数は
2022年9月22日時点。

人物・来歴

東京府東京市世田谷区出身。東宝新東宝文化映画照明技師だった父[注釈 2][4]と、小唄・端唄の師匠だった母との間に生まれる[5]

1944年(昭和19年)、小学校1年生で三越劇場の劇団公演『青い鳥』で初の舞台出演を果たす[6]。1954年(昭和29年)、目黒高等学校在校中に日活のエキストラとなる[6]。1955年(昭和30年)に高校卒業、明治大学文学部に進むも中退[7]1956年(昭和31年)、第3期日活ニューフェイスに合格し、映画『飢える魂』でデビューした[6]。1957年、『青春の冒険』で初主演を務めた[6]1958年(昭和33年)、石原裕次郎と共演した『錆びたナイフ』での演技が評価されると[6]、同年の『絶唱』は代表作となり、日活を代表する俳優の一人として認識されるようになる[6]1959年(昭和34年)、映画『南国土佐を後にして』が大ヒットし[6]、石原裕次郎と並ぶスターとなる。以降、映画『渡り鳥シリーズ』、『旋風児シリーズ』、『流れ者シリーズ』などに出演。石原裕次郎らとともに日活の黄金時代を築く。

1958年(昭和33年)、日本コロムビアより「女を忘れろ」で歌手デビューした。同曲は小林によると、80万枚くらい売れただろうとのことである[8]。第二弾のレコード「ダイナマイトが百五十屯」がヒットし、ダイナマイトのマイトの部分だけを取って、マイトガイと命名される[9]。以降、映画の『ギターを持った渡り鳥』、映画『銀座旋風児(ぎんざマイトガイ)』などの主題歌、挿入歌を歌い、ヒットさせる。また、「自動車ショー歌」、「恋の山手線」などのコミックソング、「昔の名前で出ています」、「熱き心に」などの歌謡曲作品も歌っている。これらの楽曲を独特な高音を交えた歌唱で歌うことから、「アキラ節」とも呼ばれている。

映画『ギターを持った渡り鳥[10]など、『渡り鳥シリーズ』のコミカルな役を真剣に演じることで、人気シリーズに成長させた。1960年(昭和35年)頃、映画での共演をきっかけに浅丘ルリ子と同棲、結婚を考えていたが、浅丘の父の猛反対により断念し[11]、関係を解消した。

1962年5月29日、小林と美空ひばりは婚約発表した。

その後、美空ひばりと雑誌での対談をきっかけに交際を始める。結婚などはまだ考えていなかったが、ひばりの意を汲んだ父親代わりの山口組三代目田岡一雄から強引に頼まれ拒めず、1962年(昭和37年)5月29日、ひばりとともに会見を開き、婚約発表した。同年11月5日、日活国際ホテルで挙式した[12][13]。「(結婚生活では)ひばりは懸命によき妻を演じようとし、女としては最高だった」と『徹子の部屋』で述懐している。小林とひばりは、ひばりの母の反対で戸籍上は入籍していない事実婚で、戸籍上はひばりは生涯独身であった。

1964年(昭和39年)に事実婚を解消。会見の2日前にひばり親子から頼まれた田岡が小林に「ひばりをみなさんに返してやりや」と引導を渡され、逆らうことは出来なかったと自著で述べている[12][14]。記者会見は別々に開かれ、小林の会見には田岡と菱和プロ社長・嘉山登一郎が同席した[14]。小林は「本人同士が話し合わないで別れるのは心残りだが、和枝(ひばりの本名)が僕と結婚しているより、芸術と結婚したほうが幸せになれるのなら、と思って、理解離婚に踏み切った」と説明[14]。この「理解離婚」という言葉は当時流行語となった[15]。また「未練はいっぱいある。皆さんの前で泣きたいくらいだ」と自身の本意でなかったと語っている。

1964年(昭和39年)、クラウンレコードへ移籍し、1967年(昭和42年)には女優青山京子と再婚。長女の真実と長男の一路の二子に恵まれる。1968年には主宰する会社であるアロー・エンタープライズで、『赤道を駈ける男』を製作した。

日活が業績悪化していた1971年(昭和46年)、自らが主宰するアロー・エンタープライズが製作したテレビドラマターゲットメン』に出演し、得意のアクションを披露したが、事業の失敗により“14億円もの債務”を背負う。同年『暴力団・乗り込み』への出演を最後に日活を正式に離れ、フリーとなった。

1972年(昭和47年)に東映に移籍。1973年(昭和48年)より映画『仁義なき戦い』シリーズの『仁義なき戦い 代理戦争』、『仁義なき戦い 頂上作戦』、『仁義なき戦い 完結篇』の武田明役で出演。『日本暴力列島 京阪神殺しの軍団』などの東映実録映画や1978年(昭和53年)、『多羅尾伴内』のリメイク作に出演した。シリーズ化する予定であったが、2作目が興行不振となり打ち切られた。1976年、自身の会社である、旭日総業、アロー・エンタープライズが倒産した[6]

1977年(昭和52年)、1975年に発売されていたレコード『昔の名前で出ています』が2年を経て大ヒット、『第28回NHK紅白歌合戦』に初出場[6]1996年平成8年)までに7回『紅白』に出場した。

1980年(昭和55年)、『旅がらす事件帖』(関西テレビフジテレビ系)でテレビ時代劇初主演を飾ると同時に、主題歌「みだれ雲」を歌い、話題となった。翌年の1981年(昭和56年)には、『旅がらす事件帖』と同じスタッフによる『幻之介世直し帖』(日本テレビ系)に出演。主題歌「思いやり」を歌うと同時に、最終回(第24話)では、乾幻之介役の小林自ら監督も手掛けた。

同年、レコード会社をポリドールへ移籍し、1985年(昭和60年)に小林の大ファンでもあった大瀧詠一が小林のために書き下ろした(作詞は阿久悠)「熱き心に」が大ヒットし[6]1986年(昭和61年)第15回FNS歌謡祭最優秀歌唱賞を受賞。同年『第37回NHK紅白歌合戦』に2回目の出場を果たす。2002年(平成14年)には大瀧の企画・監修による4枚組CDが発売された。

1988年(昭和63年)、『春来る鬼』で映画監督としてデビューするも[6]、興業は不振であった。その後1992年(平成4年)『修羅の伝説』で俳優業に復帰、翌年にはNHKの大河ドラマ『琉球の風』にも出演した。1995年、デビュー40周年記念に読売テレビのドラマ『寝たふりしてる男たち』に出演した。2003年には『首領(ドン)への道』に出演したが、以降映画への出演は無い。

2004年平成16年)、芸能生活50周年を記念し、石原裕次郎美空ひばりとのことなど、それまでの人生について綴った『熱き心に』を出版した。

2006年(平成18年)、本人をモチーフにしたパチンコ機「CR渡り鳥AKIRA」が登場した。

2007年(平成19年)2月23日日本プロゴルフ協会(PGA)から、川上哲治羽佐間正雄らとともにPGA名誉会員(2006年に制定)に認定される。名誉という肩書きではあるが、実際にプロの試合に出て賞金を稼ぐことも可能である。プロとしてシニアツアーに2007年に1試合、2008年(平成20年)は4試合に出場したが、暴力団のゴルフコンペに参加したと報じられたため、同年にPGA名誉会員の資格を辞退した[16][17]

2007年(平成19年)4月インディーズのレコード会社UKプロジェクト内に自身のレーベルである「マイトガイレーベル」を設立[18]。マイトガイレーベル第1弾CDとなる、本人の作詞・作曲による新曲「折紙人生」が、NHKラジオ深夜便』の7月から9月の「深夜便の歌」として採用される。また、同7月には大阪新歌舞伎座で舞台『無法松の一生』にて20年ぶりの座長公演を務めた。

2014年(平成26年)3月19日から開幕した主演舞台「熱き心で突っ走れ」で織田信長を演じ、浅丘ルリ子と1969年の映画『地獄の破門状』以来となる共演を果たした[19][20]、この時「座長の小林さんから数々の暴言やいじめまがいの演技指導を受け、初日の4日前に一方的に降板させられた。人権無視だ」と小林演じる織田信長の母親役で出演予定だった東てる美フェイスブックで明かされた[20][21][22]。東は15日夜に制作側から降板を告げられ[20][21]、「小林さんからの謝罪はありません[20]」「今までの女優人生で最悪の出来事。クビなら補償しなければならないが、私の都合で降りたならその必要もない。小林さんのやり方はあまりにも汚い[21]」と取材してきた各マスコミに答えている。同作のために東は4か月間スケジュールを押さえており、補償などについて主催者側と交渉[20]。小林の所属事務所は「その件についてはコメントできません」としている[20]

2017年(平成29年)10月5日、フジテレビ系『バイキング』にて、芸能生活で初めてコメンテーターという立場でのテレビ出演を果たした[23]

その後は、FOS[24]ゴルフ指導者マスターライセンスを取得し、国際スポーツ振興協会の専属プロ、日本ゴルフ指導者協会副総裁の肩書を持っていた[25][26]
2020年6月16日、YouTubeにて小林旭マイトガイチャンネルを設立した[27]

2024年(令和6年)、第47回日本アカデミー賞会長功労賞を受賞した[28]

2024年5月4日、モンゴル観光大使に任命された[29][30]

エピソード

1960年代、日活全盛期には香港、台湾など東南アジア諸国でも大変な人気を得ていたことから[31]、映画監督のジョン・ウー[32][33]ジャッキー・チェンらは小林の大ファンであるといい、彼らの映画にも大きな影響を与えた[31][33]。ジャッキーはかつて欲しい物をインタビューアーに質問され、「小林のサインが何より欲しい」と答えたこともある[31]

萩原健一は、小林と勝新太郎について「世間を知っていて、こよなく人が良い。本当に優しい人です」と著書で語っている[34]

歌手デビューのきっかけは、映画『孤獨の人』の撮影時に、現場で西河克己監督が歌を歌える生徒役がいないかと声をかけたところ、小林が「木曽節」を歌い、そのあまりのうまさに現場が静まりかえったことがあり、たまたまそこにいたディレクターが目を付け、翌年にコロムビアからデビューが決まった[35]

ある映画の撮影で、小林が崖から飛び降りる場面で代役のスタントマンが大怪我をした。病院に小林が見舞いに行くと病室から「痛ぇ痛ぇ」と聴こえてきたのを耳にして、以来スタントマンを用いずにアクションはすべて自分がやるものとした[36]

映画『南国土佐を後にして』の撮影では、主人公が博打においてダイスを振って縦一列に並べる場面があり、その撮影には何度も失敗するだろうと長巻のフィルムが用意されたが、小林は二度目にして成功する。共演者の西村晃は驚きのあまりしばらく言葉が出なかったという[36]

14億もの債務の一因として、ゴルフ場を経営したことも要因であった。自らもゴルフ好きだった小林は、1974年茨城県水戸市の「御前山カントリークラブ」を運営する旭日総業を設立。しかし翌年には用地買収費などがかさんだことから、経営難になった。1976年3月にはゴルフ事業から手を引き、負債を芸能プロダクションに肩代わりしてもらったが、そのプロダクションも同年11月に破綻。多額の借金を背負うこととなった[37]。一説には「プロでも攻略に困るコースを作ろう」と乗り気だったが、それが災いして、客から敬遠されるゴルフ場となったという。

この借金騒動の記者会見の際、とある記者から「そう言えば、小林さんは新曲が出てましたよね?」と問われ、それが「昔の名前で出ています」だったことから、ジワジワと人気が出だし、小林自身もキャバレー周りなどを拒まずに営業したことから、ヒット曲となった[38]。小林は、このヒットで借金返済が可能になったと2004年9月12日9月19日放送の『いつみても波瀾万丈』で述懐した。

美空ひばりと結婚していたころ、一緒に清川虹子の自宅へ遊びに行き、そこには田岡一雄江利チエミや高倉健もいた[39]。酔った小林は高倉に自分の腕時計をプレゼントしようとしたが断られ、当時の小林は映画スターとして高倉より格上だったこともあり、出した以上は引けないから受け取ってくれと迫り、高倉を困らせてしまう[39]。「健さん、もらっとき。気にせんでええ。旭にはワイのをやるよってな」とその場にいた田岡が助け舟を出し、険悪になりかかった雰囲気を丸く収めてもらった[39]

後藤組組長とのゴルフ、柳川次郎組長から時計をもらった話、山口組三代目・田岡組長とは叔父・甥の関係を結びカフスをもらった話などを、自ら堂々と公表している[40]

新宗教ワールドメイトの教祖深見東州から、2007年開催の「PGA HANDA CUP フィランスロピーシニアトーナメント」に招待されたことをきっかけに交友があり、普段から親しい仲であるという[41][42]2008年に、深見が作詞・作曲した『ジダンダ!』ほか8曲を提供し、週間HIT 演歌/歌謡曲USENチャートで1位を記録する(2009年の年間リクエストは28位[43])。2009年開催の「小林旭 デビュー55周年記念 ラスト・ドリームコンサート 〜男の友情は固く、強く〜」や深見のコンサートで共演している[44]

ダウンタウンは『ダウンタウンDX』1,000回記念会見でこれまでで最も怖かったゲストに、2人そろって小林を挙げた[45]

2017年10月5日放送分のフジテレビ系『バイキング』に出演した際、米ラスベガスで起きた銃乱射事件についてコメントする中で、かつては日本映画の撮影でも実弾が用いられたことがあったと明かした。「散弾銃なんてのは、5号だとか7号だとかって撃つのは当たり前だった」と振り返った小林。「だから我々は『映画の中で本物の銃を使っただろう』って警視庁からお呼びが掛かって、銃刀法で不法所持だって、1晩2晩、警視庁で取り調べを受けた」と明かし、出演者たちを驚愕させた[46]

出演

映画

大草原の渡り鳥』 (1960年)

その他

テレビドラマ

舞台

  • 一心太助 (1982年)

音楽番組

CM

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回曲目出演順対戦相手
1977年(昭和52年)/第28回昔の名前で出ています19/24石川さゆり
1986年(昭和61年)/第37回2熱き心に09/20五輪真弓
1992年(平成4年)/第43回3さすらい09/28八代亜紀
1993年(平成5年)/第44回4あれから20/26小林幸子
1994年(平成6年)/第45回5熱き心に(2回目)22/25和田アキ子
1995年(平成7年)/第46回6腕に虹だけ19/25島倉千代子
1996年(平成8年)/第47回7北帰行19/25由紀さおり安田祥子

ラジオ番組

  • 小林旭「たかが青春・されど青春」文化放送

音楽

シングル

#発売日タイトル作詞作曲編曲
1950年代
11958年
9月20日
女を忘れろ[注釈 4]野村俊夫 船村徹
21958年
11月15日
ダイナマイトが百五十屯[注釈 5]関沢新一
31958年
12月10日
真夜中の街角西沢爽
41959年
1月15日
パパの歩いた道[注釈 6]井上梅次 大森盛太郎
51959年
3月15日
ホロホロ東京[注釈 7]伊野上のぼる
星野哲郎
船村徹
61959年
4月20日
俺に逆らうな[注釈 8]西沢爽
71959年
5月1日
地獄船[注釈 9]吉沢ひかる
81959年
7月15日
十字路西沢爽遠藤実藤原秀行
91959年
9月20日
銀座旋風児[注釈 10]吉沢ひかる 小川寛興
101959年
10月20日
ギターを持った渡り鳥[注釈 11]西沢爽 狛林正一
111959年
12月1日
波止場の無法者[注釈 12] 小杉太一郎
121959年
12月25日
口笛が流れる港町[注釈 13] 狛林正一
1960年代
131960年
2月10日
やくざの詩[注釈 14]滝田順 中村八大
141960年
3月1日
ダンチョネ節[注釈 15]西沢爽遠藤実狛林正一
151960年
3月15日
炭坑もぐら荒川利夫 浜口庫之助
161960年
6月1日
鹿児島おはら節[注釈 16]西沢爽遠藤実狛林正一
171960年
7月10日
アキラの会津磐梯山[注釈 17] 浜口庫之助
181960年
8月1日
ノーチヨサン節[注釈 18] 狛林正一
191960年
9月10日
さすらい[注釈 19]
201960年
9月20日
ズンドコ節遠藤実狛林正一
211960年
9月20日
アキラのホイホイ節西沢爽
野村俊夫
倉若晴生
狛林正一
221960年
10月5日
アキラのソーラン節[注釈 20]西沢爽遠藤実山路進一
231960年
11月20日
アキラのおてもやん[注釈 21] 狛林正一
241960年
12月5日
アキラのブンガワンソロ[注釈 22]
251961年
4月30日
アキラのデカンショ[注釈 23]みずの稔
星野哲郎
遠藤実狛林正一
261961年
4月30日
黒い傷痕のブルース[注釈 24]水島哲J.Schachtel
271961年
4月30日
アキラのまっくろけ節[注釈 25]西沢爽 狛林正一
281961年
5月20日
山の渡り鳥星野哲郎 牧野昭一
291961年
7月20日
アキラのラバさん石田一松
細田義勝
河辺公一
301961年
8月5日
思い出した思い出した[注釈 26]添田さつき
西沢爽
鳥取春陽
市川昭介
市川昭介
311961年
9月20日
チュンガを踊ろう水島哲P.Prado狛林正一
321961年
9月20日
流れもの[注釈 27]西沢爽遠藤実山路進一
331961年
10月5日
北帰行[注釈 28] 宇田博狛林正一
341961年
12月10日
アキラの奴さん西沢爽遠藤実山路進一
351961年
12月20日
落日のシャイアン[注釈 29]水島哲ゾンマー・ラット狛林正一
361962年
2月5日
サーカスの唄[注釈 30]西條八十古賀政男
371962年
3月20日
郷愁水島哲水島哲
狛林正一
381962年
3月20日
アキラでツイスト[注釈 31] 狛林正一
391962年
4月20日
アキラのええじゃないか関沢新一 服部良一
401962年
6月20日
渚のチャペル水島哲V.Gilbert狛林正一
411962年
7月20日
ダヒル・サヨ[注釈 32]浜口庫之助M.Velarde Jr.
421962年
8月20日
俺もゆくから君もゆけ[注釈 33]宮島郁芳
西沢爽
鳥取春陽
狛林正一
431962年
9月20日
秋の銀座久保田宵二江口夜詩
441962年
12月10日
恋の花に気をつけな 浜口庫之助
451963年
1月10日
アキラでボサ・ノバ[注釈 21]水島哲 狛林正一
461963年
5月5日
俺は地獄の部隊長[注釈 34]西沢爽
471963年
10月5日
とかくこの世は住みにくい[注釈 35]星野哲郎市川昭介安藤実親
481963年
11月20日
男の道[注釈 36]加藤和枝 市川昭介
491964年
2月20日
花と怒涛[注釈 37]杉野まもる古賀政男佐伯亮
501964年
3月20日
恋の山手線小島貞二浜口庫之助小杉仁三
511964年
7月20日
知らん顔小林旭 市川昭介
521964年
10月15日
宇宙旅行の渡り鳥水島哲叶弦大重松岩雄
531964年
10月15日
自動車ショー歌星野哲郎
541964年
11月1日
歩道 米山正夫福田正
551964年
11月10日
スキー小唄星野哲郎叶弦大
561964年
12月10日
東海節重松岩雄
571965年
1月1日
送春譜赤倉正人
581965年
1月15日
口笛の凍る町[注釈 38] 米山正夫小杉仁三
591965年
3月1日
いろ町小唄星野哲郎陸奥明
叶弦大
重松岩雄
601965年
4月1日
遠い旅前田利克
611965年
4月10日
アングスティアシン寺部ヨリ寺田猪俣公章
621965年
5月1日
男の旅路星野哲郎北原じゅん重松岩雄
631965年
6月1日
蒙古放浪記 仲田三孝
641965年
8月10日
鳴らないラッパ 米山正夫福田正
651965年
10月10日
名酒節黒田純叶弦大重松岩雄
661965年
11月1日
赤い流れ星星野哲郎 北原じゅん
671965年
12月1日
無国籍者の唄[注釈 39] 米山正夫小杉仁三
681966年
2月1日
泣くなさすらい[注釈 40]関根浩子 北原じゅん
691966年
3月1日
野球小唄星野哲郎叶弦大重松岩雄
701966年
5月1日
かけ橋音頭[注釈 41]淡路総合
開発促進協議会
安田彫花
711966年
10月1日
旅の灯り[注釈 42]清水みのる
星野哲郎
陸奥明
叶弦大
重松岩雄
721967年
4月1日
ギター片手に[注釈 43]加藤日出男 川上始
731967年
8月1日
つらい恋だぜ加藤日出男野田ひさ志狛林正一
741967年
9月1日
落日[注釈 44]川内康範 北原じゅん
751968年
3月1日
恋の世界旅行杉たくみ叶弦大重松岩雄
761968年
5月1日
赤道を駈ける男[注釈 45]水島哲高見弘
771968年
12月1日
泣かせる夜だぜ大矢弘子野田ひさ志福山峯夫
781969年
5月10日
旅心関沢新一小杉仁三
1970年代
791970年
2月1日
幸せの切符水島哲 狛林正一
801970年
4月1日
月に吠える唄星野哲郎叶弦大小杉仁三
811970年
6月1日
七十年子守唄水島哲今泉俊昭狛林正一
821970年
12月25日
ついて来るかい[注釈 46] 遠藤実只野通泰
831971年
2月25日
にっぽん無宿永井ひろし小松美穂安藤実親
841971年
8月25日
ごめんね 遠藤実只野通泰
851971年
10月25日
純子
861972年
6月20日
俺が憎けりゃうらみなよ
871972年
8月20日
哀歌西沢爽植内要
瀬戸善明
小山恭弘
881972年
11月20日
オロロン慕情 遠藤実
891973年
9月20日
夜明けの船で丹古晴己 小山恭弘
901974年
4月25日
もどって来たのかい 遠藤実斉藤恒夫
911974年
9月25日
恋すすき関沢新一遠藤実只野通泰
921975年
1月25日
昔の名前で出ています星野哲郎叶弦大斉藤恒夫
931975年
6月25日
ゴルフショー歌川口真
941975年
9月25日
ひとり暮らしが淋しくて山口洋子森田公一竜崎孝路
951976年
3月25日
ショーがないね節高田ひろお首藤正毅原田良一
961976年
5月25日
泣いて昔が返るなら星野哲郎叶弦大斉藤恒夫
971976年
9月25日
世間鳥井実
981977年
1月25日
北へ石坂まさを竜崎孝路
991977年
7月7日
さすらいの道伊藤アキラ 森田公一
1001977年
10月25日
もう一度一から出なおします星野哲郎叶弦大斉藤恒夫
1011978年
2月25日
夢ん中[注釈 47]阿久悠森田公一EDISON
1021978年
3月25日
霧の都会[注釈 48]ちあき哲也叶弦大小杉仁三
1031978年
5月25日
私の名前が変わります星野哲郎馬飼野康二
1041978年
9月25日
北海岸丹古晴己中川博之神山純
1051979年
3月5日
哀愁列島杉紀彦遠藤実斉藤恒夫
1061979年
4月25日
赤いトラクター[注釈 49]能勢英男米山正夫小杉仁三
1071979年
9月25日
おまえに逢いたい丹古晴己船村徹栗田俊夫
1081979年
10月25日
デカンショ酒場桑名賢一
榎戸孝雄
桜井稔
小杉仁三
小杉仁三
1091979年
11月25日
漁港列島能勢英男米山正夫
1980年代
1101980年
1月25日
わかれの演歌山田孝雄叶弦大斉藤恒夫
1111980年
2月25日
女房きどり星野哲郎
1121980年
6月5日
やどかりちあき哲也竜崎孝路
1131980年
6月25日
日暮れ・行き暮れ村田さち子 寺内タケシ
1141980年
8月25日
あざみ白書阿久悠小林亜星伊藤雪彦
1151980年
10月25日
みだれ雲[注釈 50]阿木燿子宇崎竜童服部克久
1161981年
12月25日
思いやり[注釈 51]なかにし礼藤崎良大和圭太郎
1171982年
4月5日
お世話になったあの人へ中山大三郎城賀イサム中林慶一
1181982年
9月1日
泣いた数だけ倖せに[注釈 52] 中村泰士馬飼野俊一
1191983年
2月25日
最后にもひとつ喜多條忠大野克夫斉藤恒夫
1201983年
12月1日
おまえと出直そう 遠藤実
1211984年
3月25日
星海峡高田ひろお安治行
1221984年
11月25日
水たまり杉本真人
1231985年
10月25日
望郷さすらい港町杉本真人
1241985年
12月1日
熱き心に阿久悠大瀧詠一大瀧詠一
前田憲男
1251986年
11月20日
旅空夜空
〜言うもはずかし〜
宇崎竜童若草恵
1261987年
2月10日
大野克夫
1271987年
9月25日
古城の月小椋佳萩田光雄
1281988年
1月1日
昭和舟歌いではく遠藤実薗広昭
1291988年
4月25日
五月雨ワルツ浅木しゅん杉本真人前田俊明
1301989年
9月25日
夜の旅人さいとう大三叶弦大斉藤恒夫
1990年代
1311990年
4月25日
やどかりの歌星野哲郎四方章人宮崎信冶
1321991年
12月21日
雪散華 西村賢三宮崎慎二
1331993年
9月22日
あれから阿久悠鈴木キサブロー川村栄二
1341995年
2月22日
腕に虹だけ内館牧子ひうら一帆
1351995年
10月21日
アキラのジーンときちゃうぜ[注釈 53]小林旭
白土謙二
井上大輔東京スカパラ
ダイスオーケストラ
1361996年
12月1日
乾いた花びら阿久悠浜圭介今泉敏郎
1371997年
6月21日
惚れた女が死んだ夜はみなみ大介杉本真人伊戸のりお
1381999年
2月20日
どんでんちあき哲也徳久広司小野寺忠和
2000年代
1392001年
6月21日
昭和恋唄阿久悠谷村新司萩田光雄
1402002年
5月22日
酒挽歌たきのえいじ浜圭介今泉敏郎
1412003年
5月21日
からす仁井谷俊也大谷明裕竜崎孝路
1422003年
11月21日
旅の酒
〜放浪編〜
荒木とよひさ叶弦大前田俊明
1432004年
10月6日
翔歌阿久悠宇崎竜童宮崎慎二
1442005年
7月21日
THE アキラ節
〜マイトガイ・ヒット・パレード〜
-宮川泰
溝渕新一郎
1452006年
6月7日
アキラのもったいない音頭水木れいじ叶弦大萩田光雄
1462007年
9月5日
折紙人生 小林旭森園勝敏
小林孝至
1472008年
6月4日
酒場恋唄 遠藤実伊戸のりお
1482009年
7月8日
ジダンダ! 深見東州-
2010年代
1492010年
4月21日
遠き昭和の…高田ひろお杉本眞人宮崎慎二
1502011年
8月24日
昭和・露地裏話星野哲郎杉本眞人蔦将包
1512012年
5月30日
クレオパトラの夢[注釈 54]ちあき哲也鈴木キサブロー宮崎慎二
1522012年
6月20日
昭和・男道宇山清太郎四方章人前田俊明
1532013年
2月20日
素晴らしき哉人生阿久悠鈴木キサブロー若草恵
1542014年
3月19日
ひとりの女にさくらちさと徳久広司前田俊明
1552014年
9月3日
いとしいとしというこころ[注釈 55]阿久悠鈴木キサブロー川村栄二
1562015年
9月2日
風の守唄さくらちさと浜圭介矢野立美
1572016年
1月27日
時の旅人鈴木キサブロー宮崎慎二
1582018年
2月28日
人生思い出橋

アルバム

  • 小林旭 歌のアルバム(1958年
  • マイトガイ小林旭 大いに歌う(1959年
  • マイトガイとびあるく(1960年
  • アキラのズンドコ節(1960年)
  • アキラのおてもやん(1960年)
  • アキラとウエスターン (1961年
  • 小林旭 ヒットパレード①(1965年
  • 月に吠える歌 港の歌(1970年
  • アキラの流れ者人生 にっぽん無宿(1971年
  • 純子〜小林旭 夜に唄う〜(1971年)紙ジャケットCDで発売
  • 知床旅情・北帰行 小林旭・抒情歌集(1971年12月
  • 小林旭 デラックス・アルバム(1973年
  • 昔の名前で出ています〜小林旭オリジナルアルバム〜(1975年)紙ジャケットCDで発売
  • 小林旭 ベスト・アルバム 男の慕情(1977年
  • 果てしなき旅(1977年)
  • さすらいの道・小林旭 オンステージ(1977年)ライブ・アルバム
  • 哀愁列島 十二人の女たち(1979年)
  • お世話になったあの人へ(1982年
  • 熱き心に オリジナル ベスト ヒット(1986年2月25日
  • 旅空夜空 -熱き心に- (1986年9月25日、ポリドール、28CX-1380)オリジナル・アルバム
  • 日本のうた〜あの頃、あの時、懐かしの抒情歌集〜(1987年8月25日
  • 小林旭全曲集(1992年11月21日
  • あれから(1993年11月21日、SRCL-2798)ソニー・ミュージックレコーズより発売
  • アキラ・ザ・グレート(1993年11月21日、SRCL-2799)
  • ベストヒット全曲集 (1995年3月24日
  • アキラ節(1996年)ミニアルバム、東京スカパラダイスオーケストラとの共演作
  • 昭和抒情歌集(1999年
  • アキラ 1 (2002年大滝詠一監修、民謡&俗謡集
  • アキラ 2 (2002年)大滝詠一監修、ポップス&カバー集
  • アキラ 3 (2002年)大滝詠一監修、主題歌&ヒット集
  • アキラ 4 (2002年)大滝詠一監修、ユーモア・ソング集
  • GOLDEN☆BEST 小林旭2003年)ユニバーサルより発売
  • GOLDEN☆BEST 小林旭 マイト・ガイ・デラックス2004年)日本クラウンより発売、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.1 (2005年)日本コロムビア編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.2 (2005年)日本コロムビア編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.3 (2005年)日本クラウン編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.4 (2005年)日本クラウン編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.5 (2005年)日本クラウン編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.6 (2005年)ポリドール編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.7 (2005年)ソニー編、二枚組
  • 小林旭コンプリートシングルズVol.8 (2005年)ガウス編
  • GOLDEN☆BEST 小林旭 ヒット全曲集2009年1月)ソニーより発売、二枚組
  • チェンジザストリーム・キープオンライジング(2007年)
  • ジダンダ!(2009年2月)マイトガイ・レーベル
  • 決定盤 小林旭大全集(2009年2月)コロムビアより発売、二枚組

映像作品

  • 小林旭50周年記念コンサート(2005年

著作

脚注

注釈

  1. 梅宮辰夫ヨットハーバーを経営している小林旭の実弟から、「小林の生年は1935年生まれと聞いた」と証言している[1]
  2. 戦時中は軍属の特別報道官として南方へ出征していたが、終戦直前、マラリアに罹患して帰国している。
  3. 第24話(最終回)では監督も手掛ける。
  4. 日活映画「女を忘れろ」主題歌。小林は突然ガバチョ!の書籍「突ガバ読本」の中で「80万枚くらい売れただろう」とコメントしている。
  5. 日活映画「二連銃の鉄」挿入歌。
  6. 日活映画「嵐を呼ぶ友情」主題歌。
  7. 雑誌「平凡」募集歌。
  8. 日活映画「俺は挑戦する」主題歌。
  9. 日活映画「二連銃の鉄」主題歌。
  10. 日活映画「二階堂卓也 銀座無頼帖 銀座旋風児」主題歌。
  11. 日活映画「ギターを持った渡り鳥」主題歌。
  12. 日活映画「波止場の無法者」主題歌。
  13. 日活映画「口笛が流れる港町」主題歌。
  14. 日活映画「やくざの詩」主題歌。
  15. 日活映画「海から来た流れ者」主題歌。
  16. 日活映画「海を渡る波止場の風」主題歌。
  17. 日活映画「赤い夕陽の渡り鳥」主題歌。
  18. 日活映画「東京の暴れん坊」主題歌。
  19. 日活映画「南海の狼火」主題歌。
  20. 日活映画「大草原の渡り鳥」主題歌。
  21. 日活映画「歌う暴れん坊」主題歌。
  22. 日活映画「波濤を越える渡り鳥」主題歌。
  23. 日活映画「でかんしょ風来坊」主題歌。
  24. 日活映画「黒い傷あとのブルース」主題歌。
  25. 日活映画「風に逆らう流れ者」主題歌。
  26. 日活映画「太陽、海を染めるとき」主題歌。
  27. 日活映画「大森林に向って立つ」主題歌。
  28. 日活映画「北帰行より 渡り鳥北へ帰る」主題歌。
  29. 日活映画「高原児」主題歌。
  30. 日活映画「さすらい」主題歌。
  31. 日活映画「夢がいっぱい暴れん坊」主題歌。
  32. 日活映画「遥かなる国の歌」主題歌。
  33. 日活映画「渡り鳥故郷へ帰る」主題歌。
  34. 日活映画「俺は地獄の部隊長」主題歌。
  35. 日活映画「銀座の次郎長 天下の一大事」主題歌。
  36. 日活映画「関東遊侠伝」主題歌。
  37. 日活映画「花と怒涛」主題歌。
  38. 日活映画「拳銃無頼帖 流れ者の群れ」主題歌。
  39. 日活映画「野郎に国境はない」主題歌。
  40. 日活映画「俺にさわると危ないぜ」主題歌。
  41. 坂芳子とのデュエット
  42. 日活映画「不敵なあいつ」主題歌。
  43. 日活映画「命しらずのあいつ」主題歌。
  44. 日活映画「対決」主題歌。
  45. 日活映画「赤道を駈ける男」主題歌。
  46. 日活映画「ネオン警察 女は夜の匂い」主題歌。
  47. テレビ朝日系テレビドラマ「江戸プロフェッショナル・必殺商売人」、及び「必殺からくり人・富嶽百景殺し旅」主題歌。
  48. 東映映画「多羅尾伴内」主題歌。
  49. ヤンマーのトラクター「YMシリーズ」、及び「フォルテシリーズ」CMソング。
  50. フジテレビ系テレビドラマ「旅がらす事件帖」主題歌。
  51. 日本テレビ系テレビドラマ「幻之介世直し帖」主題歌。
  52. ニッカウヰスキーハイニッカ」CMソング。
  53. 小林旭 with 東京スカパラダイスオーケストラ名義。
  54. 八代亜紀とのデュエット。
  55. 浅丘ルリ子とのデュエット。

出典

  1. ギンディ小林「『仁義なき戦い』悪人大名鑑」『映画秘宝』第19巻第4号、洋泉社、2013年3月21日、47頁。
  2. 小林旭”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年1月4日閲覧。
  3. 【昭和のことば】小林旭の雄姿か、アニメキャラか…世代の分かれ目!? マイトガイ(昭和34年) zakzak 2019年8月28日
  4. 旭, 小林. 「俺はいいとこAダッシュさ」小林旭が語る“銀幕スター列伝” 石原裕次郎、萬屋錦之介、三船敏郎、鶴田浩二…”. 文春オンライン. 2023年6月4日閲覧。
  5. 小林旭『さすらい』新潮社、2001年。ISBN 4-10-450401-7。
  6. 小林旭”. Kinenote. 2022年7月9日閲覧。
  7. 小林旭|プロフィール」『HMV&BOOKS online』。
  8. 毎日放送テレビ制作局(編)『突ガバ読本』シンコーミュージック、1984年、86-87頁。ISBN 4-401-61148-9。
  9. 日本で最初にヒットしたロックンロール・ナンバーダイナマイトが百五十屯の破壊力”. Tap The Pop (2018年11月17日). 2022年8月16日閲覧。
  10. ギターを持った渡り鳥”. 日活. 2021年5月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年5月13日閲覧。
  11. 裕次郎、渡哲也…浅丘ルリ子が語る昭和大スターとの交遊録”. 女性自身 (2015年5月5日). 2022年7月23日閲覧。
  12. 小林旭 『さすらい』 新潮社
  13. 山平重樹「第五章 落日の「栄光」」『実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界』取材・写真協力 田岡満(第1刷)、双葉社(原著2009年11月22日)、260-262頁。ISBN 4575301728。
  14. 実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界、第五章 落日の「栄光」、267-271ページ。
  15. 「お嬢」「おじさん」と呼び合った”. NEWSポストセブン. 2022年8月17日閲覧。
  16. “小林旭、暴力団とのゴルフでPGA名誉会員を辞退”. 日テレNEWS24. (2008年10月18日). オリジナルの2013年4月7日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130407024336/http://www.news24.jp/entertainment/news/162378.html 2014年7月6日閲覧。
  17. “著名人と暴力団との関係が指摘された事例” (日本語). 朝日新聞: p. 39. (2011年8月24日)
  18. 小林旭 インタビュー”. MUSICSHELF (2007年11月29日). 2014年7月6日閲覧。
  19. 小林旭&浅丘ルリ子 コンビ継続誓う”. デイリー (2013年6月28日). 2022年7月22日閲覧。
  20. “東てる美「小林旭にイジメられ」舞台降板”. nikkansports.com. (2014年3月26日). オリジナルの2014年3月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140327072946/http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20140326-1275490.html 2014年7月6日閲覧。
  21. “東てる美 小林旭に受けた“いじめ”で「女優人生で最悪の4日間」(女性自身)”. Yahoo!ニュース. (2014年4月3日). オリジナルの2014年5月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140508030840/http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140403-00010002-jisin-ent 2014年7月6日閲覧。
  22. “舞台降板の東てる美、小林旭を痛烈批判”. デイリースポーツONLINE. (2014年3月26日). オリジナルの2014年3月26日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140326090248/http://daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/03/26/0006810086.shtml 2014年6月19日閲覧。
  23. “小林旭「バイキング」に登場!人生初のコメンテーターに挑戦”. ザテレビジョン. (2017年10月4日). オリジナルの2017年10月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20171006130549/https://thetv.jp/news/detail/123315/ 2017年10月6日閲覧。
  24. 財団法人 職業技能振興会(厚生労働省認可) FOS 財団法人 職業技能振興会 オフィシャルWEBサイト TOPページ”. 財団法人 職業技能振興会. 2014年7月7日閲覧。
  25. 協会のご案内”. JGIS NPO法人 日本ゴルフ指導者協会. 2014年7月6日閲覧。
  26. 小林 旭[プロフィール]”. TEICHIKU RECORDS. 2014年7月6日閲覧。
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  28. 「第47回日本アカデミー賞」坂本龍一さん、阿部秀司さんに会長特別賞を贈賞”. ORICON NEWS. oricon ME (2024年1月16日). 2024年1月16日閲覧。
  29. 小林旭がモンゴル観光大使に 「熱き心に」熱唱 「馬に乗ってギターを背負うと似合うでしょ」”. サンスポ. 産経新聞社 (2024年5月4日). 2024年5月4日閲覧。
  30. 小林 旭 公式/Akira Kobayashi official [@mightyguy_akira] (2024年5月4日). "本日無事にモンゴル観光大使に正式任命頂きました。モンゴル政府、大使館関係者の皆々様、ありがとうございました、そして、式典からショーまで暑い中駆けつけてくださった皆様、ありがとうございました。モンゴルのお祭りは楽しんで頂けましたか?". X(旧Twitter)より2024年5月4日閲覧
  31. ジャッキー・チェンが「マイ・アイドル」「サインがほしい」という日本人は?”. OHTA PUBLISHING CO. 2022年7月30日閲覧。
  32. ジョン・ウーを魅了したマイトガイこと小林旭の魅力とは”. CINEMATODAY. 2022年7月30日閲覧。
  33. 本格デビューから65周年を迎える、我らがマイトガイ・小林旭の歴史を辿る計22作品!「小林旭 デビュー65周年記念 日活DVDシリーズ」DVDが4月2日より順次発売決定!”. PR TIMES. 2022年7月30日閲覧。
  34. 「日本映画監督・俳優論」p.148、ワニブックス
  35. 高崎俊夫幻の日活映画『孤独の人』をめぐって」、清流出版、2016年4月18日閲覧。
  36. 2014年9月3日・夢グループ主催「小林旭、浅丘ルリ子60周年記念イベント」での回想より
  37. ゴルフの腕と経営は別 小林旭の二会社が倒産『朝日新聞』1976年(昭和51年)10月13日朝刊、13版、22面
  38. http://music-calendar.jp/2015110301
  39. 実録 神戸芸能社 山口組・田岡一雄三代目と戦後芸能界、第五章 落日の「栄光」、262-263ページ。
  40. 週刊ポスト2019年7月12日号、p136-p137
  41. “演歌とオペラの最強"兄弟"が大暴れ”. スポーツ報知. (2014年11月20日)
  42. “深見東州今度は小林旭と熱唱”. 東京スポーツ. (2014年11月20日)
  43. 2009 USEN演歌年間リクエストランキング (PDF). 株式会社USEN (2009年). 2014年5月25日閲覧。
  44. 森樹「劇団座長&演歌歌手としての「彼」に迫る!」『Quick Japan』第117巻、太田出版、2014年12月、198-199頁。
  45. ダウンタウン、『DX』歴代最恐ゲストは小林旭「急にフリスク食いだした」 2016/09/08マイナビ
  46. 小林旭、過去の撮影で実弾使用 警視庁の取り調べも 日刊スポーツ 2017年10月5日12時51分(日刊スポーツ新聞社、2017年10月20日閲覧)
  47. NHK音楽特番「我が心の大滝詠一」。“ロンバケ”誕生40周年に、小林旭や島津亜矢、氷川きよしらが大滝作品を。小泉今日子は大滝とデュエット”. オトカゼ (2021年3月18日). 2021年4月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年4月29日閲覧。
  48. 「今月の広告批評」『広告批評』第128号、マドラ出版、1990年5月1日、106 - 107頁、NDLJP:1853094/55

関連項目

外部リンク

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