瀬川瑛子

瀬川 瑛子(せがわ えいこ)、1947年昭和22年〉7月6日 - )は、日本演歌歌手女優。歌手・瀬川伸の次女[1]。本名:清水 瑛子[2](しみず えいこ、旧姓:瀬川)。身長168cm、血液型B型。既婚。

瀬川 瑛子
2022年7月25日
基本情報
生誕 (1947-07-06) 1947年7月6日(76歳)
出身地 日本の旗 日本東京都渋谷区
学歴 町田学園高等学校(現・品川エトワール女子高等学校)卒業
ジャンル 演歌歌謡曲
職業 演歌歌手女優
担当楽器
活動期間 1967年 -
公式サイト 瀬川瑛子

来歴

東京都渋谷区出身[1]。ただし父が引っ越し好きだっため物心ついた頃に世田谷区の一軒家で暮らし始め、小学生の頃に目黒区に移り、さらに中学入学する頃に品川区に転居した[1]。品川区立日野中学校(現・品川区立日野学園[1](その後転校したのか、品川区立浜川中学校卒業とされる)を経て、町田学園高等学校(現・品川エトワール女子高等学校)卒業[3]

股旅歌謡やマドロス歌謡で人気を博し、紅白歌合戦出場歴もある父親の瀬川伸が流行歌手に育てるべく、5歳の頃から2歳上の姉と共にレッスンを受けていた[4]

父のステージの前座を経て、1967年に「涙の影法師」でデビュー[1](当初の芸名は瀬川 映子)。

地道に活動を続け、1970年に7枚目のシングル「長崎の夜はむらさき」が50万枚のヒットを記録[1]

その後、ご当地歌謡が続いたが、しばらく低迷。1983年船村徹の好意で、ちあきなおみ細川たかしらとの競作で「矢切の渡し」をレコーディングして30万枚を売り上げる。

1986年には夫婦の情愛を描いた「命くれない」が1987年度オリコンシングルチャート年間1位を記録し、ミリオンセールスを記録して大ヒット(累計売上は、170万枚とされる[5])。自身の代名詞的なとなる。しかし、歌詞にある「一途に添い遂げる女」とは裏腹に、私生活では結婚生活が破綻し、夫と別居状態に陥っていた。この時に「この歌を歌う資格があるのか?」などと自問自答し、「歌を歌って初めて苦しいと感じた」と述べている。

上記の通り、24歳の頃にレコード会社の社員と結婚していたが、後に離婚。

1999年、51歳の時にバックバンドを務めていた6歳年下の清水武と再婚した。

エピソード

両親と姉と弟との5人家族として育った。「娘たちにも歌手になってほしい」という父・瀬川伸の願い[注 1]により、先述の通り姉と共に自宅で父から歌のレッスンを受けた[1]。父は普段ダジャレを連発するような朗らかで面白い人だったが、歌の指導の時は人が変わった[1]。瀬川曰く「父は、後の『巨人の星』の星一徹そのまま」というスパルタ指導で、要領のいい姉はいつの間にかレッスンを辞め、以後瀬川だけが指導を受け続けた[注 2]。レッスンでは当時小学生の瀬川には、歌詞の心情を理解するのが難しい大人の女性の歌もあり、厳しい指導で泣きながら家出しようとしてバス停にいたのを見つかってグレ戻されたこともある[注 3]

その後も厳しいレッスンに何とか励み、中学生の頃はたびたび学校を早退しては、姉が出演する[注 4]渋谷のロック喫茶「プリンス」や銀座のジャズ喫茶「銀座ACB(アシベ)」に行っていた[1]。それらの店に客として来ていた歌手の北原謙二にスカウトされ、本格的に歌の世界に入った[1]

プロになって初めてのステージは、品川公会堂で行われた父のコンサートの前座だった[1]。この時、コロムビア・ローズの「どうせひろった恋だもの」を歌ったが、緊張でまともに歌えなかったという[1]。16歳の時、当時姉が出演するNHKの歌番組『若い民謡』のプロデューサーからの紹介で、クラウンレコードの人に瀬川の歌を聴いてもらえる機会を得た[1]美空ひばりの「」を歌ったデモテープを送ったところ、2年後を目標にレコードデビューする話が決まり、少し遅れたが20歳でデビューした[1]

人物

東京都出身だが、先述の「長崎の夜はむらさき」がヒットした時期より長崎県出身と公表していた。これは、「長崎の夜はむらさき」のキャンペーンで長崎で歌を披露すると、司会者が「それでは長崎出身の歌手、瀬川瑛子さんが歌います」と紹介されたことが発端[1]。当時キャンペーンで多忙だったこともあってその場で訂正できず、事実を言う機会を逃したせいでそのまま長年に渡って長崎出身のイメージが独り歩きしてしまったという[1]。デビュー50年目の2016年に東京都出身を打ち明けている[6][注 5]

中学生の頃、母は大井町で喫茶店を経営していた[1]

歌手活動以外にも柔和な人柄(研ナオコ曰く「この世界って、テレビに映っている時と映っていない時で変わる人いるんですけど、瀬川さんはどこで会っても、このまま(=テレビのまま)の人」)、端々で見受けられるズレたコメントセンスなどの天然要素とマイペースさがウケ、バラエティ番組にも多数出演。ノーベル製菓「のど黒飴」のCMには長年出演している。

趣味は麻雀[5]。この時ばかりは人物が豹変し、役作りや聴牌をハイペースで行なうという。長時間の対局も苦ではなく、過去には森光子と8時間麻雀で対戦したことがあるという[7]。また、ABEMATVの麻雀大会で優勝したこともある[5]

若手時代は長身とスタイルの良さを生かし、週刊誌のグラビア記事に登場していた。

山田邦子清水ミチココロッケ栗田貫一林家たい平のモノマネレパートリーとしても有名であり、各々「モォ〜ッ[注 6]、(ゆっくりした口調で)「瀬川瑛子でございます」のパターンを持っている[注 7]。父・瀬川伸からは長年『芸人は物真似をされて初めて一流だと認められる。』と教わってきたため、自身がモノマネをされることを非常に喜んでいる[5]

邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』では共演者の「瀬川A子(山田邦子)」「瀬川B子西田ひかる)」に混じって「瀬川C子」を名乗ってコントを演じていた。

料理上手で知られるが、中華料理は苦手な様子である。なお、父の実家は函館の中華料理屋で、瀬川も幼少期は父が経営する品川大井町の焼肉屋を手伝っていた。

好きなことは、温泉に入ること[5]。苦手なものは、辛い食べ物[5]

ディスコグラフィ

シングル

  • 全て日本クラウンからリリース。
    • 1〜20:瀬川映子名義、21〜:瀬川瑛子名義。
#発売日A/B面タイトル作詞作曲編曲規格品番
1 1967年
4月1日
A面涙の影法師 宇山清太郎 新井利昌 CW-633
B面哀しき雨
2 1967年
12月1日
A面恋に死にたい南沢純三 CW-759
B面星は濡れている真木たつみ
3 1968年
9月1日
A面恋はいのち南沢純三 CW-851
B面東京はうそつき八反ふじを
4 1969年
3月12日
A面別れたいのに 水沢圭吾 CW-914
B面霧に濡れた恋
5 1969年
7月1日
A面西大寺ブルース松村又一飯田三郎新井利昌 CW-957
B面星のブルース槇一哉 新井利昌
6 1969年
11月1日
A面すてばちブルース秋津健中川博之新井利昌 CW-989
B面みれんの街角真木たつみ 新井利昌
7 1970年
3月1日
A面長崎の夜はむらさき古木花江 CW-1029
B面思い直して 真木たつみ
8 1970年
8月25日
A面星は濡れている新井利昌 湯野カオル CW-1083
B面星の流れに清水みのる利根一郎
9 1970年
11月25日
A面函館の雨はリラ色 星野哲郎 新井利昌 CW-1105
B面みんな消えても
10 1971年
6月25日
A面たそがれ・港町 新井利昌 馬飼野康二 CW-1150
B面港のジーナ
11 1971年
11月25日
A面女が泣いてる 関沢新一 新井利昌 CW-1120
B面幼なじみのブルース
12 1972年
3月25日
A面高知の夜 星野哲郎 市川昭介高見弘 CW-1224
B面さよなら想い出馬飼野康二
13 1972年
8月20日
A面あのひとの雪国 新井利昌 馬飼野俊一 CW-1257
B面霧の湖
14 1972年
11月20日
A面ここにひとりの悲しい女 千家和也松岡直也 CW-1286
B面夜の子守唄 田辺信一
15 1973年
2月20日
A面再見上海 星野哲郎 鏑木創 CW-1316
B面さよならはゆるさない新井利昌馬飼野康二
16 1973年
9月20日
A面新宿落志伝 関沢新一 新井利昌 CW-1364
B面こんな女に誰がした新井利昌湯野カオル
17 1974年
4月25日
A面釧路の夜白い夜 星野哲郎 市川昭介竜崎孝路 CW-1411
B面忍ぶ酒馬飼野康二
18 1974年
11月25日
A面噂・モトマチ・涙町 鏑木創 CW-1461
B面どうってことないじゃない
19 1975年
11月25日
A面たばこ 小杉仁三 CW-1523
B面思い川
20 1976年
7月25日
A面ゆきずり港宇山清太郎 関野幾生小山恭弘 CW-1578
B面夜のつまびき星野哲郎湯野カオル
21 1976年
9月25日
A面酒のこころ伊藤アキラ粟野圭一馬場良 CW-1587
B面女の館松井由利夫中村千里竹村次郎
22 1977年
2月25日
A面長崎霧情 星野哲郎 新井利昌 CW-1624
B面元町ブルース はやし・こば
23 1978年
1月25日
A面女の港町関沢新一朴椿石 池多孝春 CW-1711
B面女の夢畠山忠士中村千里
24 1978年
6月25日
A面東京夜景星野哲郎臼井邦彦小谷充 CW-1752
B面新宿物語二条冬詩夫前田利明新井利昌
25 1978年
11月25日
A面月あかり 星野哲郎 朴椿石池多孝春 CW-1792
B面港のなみだ雨伊藤雪彦
26 1980年
1月25日
A面冬の小樽丹古晴己新井利昌小杉仁三 CW-1887
B面夜はゆれている中山大三郎関野幾生清水路雄
27 1980年
6月5日
A面横須賀ブルース松井由利夫 サトウ進一 神保正明 CWA-4
B面(カラオケ)-
28 1981年
1月25日
A面新潟ブルース山岸一二三山岸英樹小杉仁三 CWA-57
B面夜の落し子遠山すばる中川博之安形和巳
29 1981年
4月25日
A面相生橋星野哲郎 船村徹 丸山雅仁 CWA-78
B面ひろしま、そして雨ン中三宅立美
30 1981年
8月25日
A面愛なき夜 関沢新一 古賀政男 馬場良 CWA-91
B面向島ブルース
31 1982年
10月25日
A面雪子はひとり山口孝 新井利昌小杉仁三 CWA-148
B面こんな女に誰がした関沢新一小林郁夫
32 1983年
3月25日
A面うわさ川新本創子 船村徹 丸山雅仁 CWA-164
B面鷗になりたいヨシダヒロシ
33 1983年
4月15日
A面矢切りの渡し石本美由起 南郷達也 CWA-179
B面(カラオケ)-
34 1983年
11月20日
A面わすれ宿中山大三郎 CWA-200
B面漁火の海新本創子新井利昌あかのたちお
35 1983年
12月20日
A面酒場手毬うたみや秀和 船村徹 南郷達也 CWA-213
B面夢二の女田渕朋子
36 1985年
2月21日
A面姿川新本創子 CWA-276
B面のぞみ (希望) 船村徹
37 1985年
6月21日
A面思案橋恋灯り馬津川まさを中山治美 CWA-294
B面盛り場恋おんな内重のぼる南条健
38 1985年
8月21日
A面恋は紫文れいじ 北原じゅん CWA-302
B面香港の夜新本創子
39 1986年
3月21日
A面命くれない 吉岡治 馬場良 CWA-345
B面忘れ傘
40 1987年
5月25日
A面サザン瀬戸ブルース星野哲郎中村典正南郷達也 CWA-421
B面サザン瀬戸 【歌唱:浜野美砂
41 1988年
2月5日
A面憂き世川 吉岡治 北原じゅん 馬場良 CWA-456
B面演歌人生
42 1989年
4月12日
A面春の海 星野哲郎 新井利昌 丸山雅仁 CWA-520
B面サッポロ霧情
43 1989年
10月21日
A面ふたり川[注 8]里村龍一大葉庸 南郷達也 CWA-549
B面雨情話大沼里榮久保田衛
44 1990年
3月21日
01人生晴れたり曇ったり吉岡治弦哲也高田弘 CRDN-2
02夜明けの雨坂口照幸 幸耕平 南郷達也
45 1990年
7月21日
01涙は女の化粧水新本創子 CRDN-21
02むすめ上州鴉吉岡治岡千秋馬場良
46 1990年
10月21日
01海の城下町 星野哲郎 井上かつお 丸山雅仁 CRDN-35
02小田原最終便
47 1991年
2月5日
01とんぼりたきのえいじ叶弦大前田俊明 CRDN-60
02見返り橋大沼里榮久保田衛南郷達也
48 1991年
3月21日
01潮騒の町 星野哲郎 新井利昌 丸山雅仁 CRDN-69
02あなたのアベ・マリア
49 1991年
7月21日
01おんなの忠臣蔵 吉岡治 船村徹 CRDN-88
02おとこの忠臣蔵南郷達也
50 1991年
10月5日
01居酒屋『藤乃』 里村龍一中村典正 丸山雅仁 CRDN-100
02桐の花井上かつお
51 1991年
10月21日
01やっちゃ場繁盛記 岡まさと 稲沢祐介 高田弘 CRDN-96
02ねおん話
52 1991年
12月16日
01夫婦松 里村龍一中村典正 丸山雅仁 CRDN-115
02恋情け岡千秋
53 1992年
6月21日
01北の恋歌新條カオル安形和巳馬場良 CRDN-140
02恋して候里村龍一聖川湧丸山雅仁
54 1992年
9月23日
01人生つづら坂たきのえいじ 弦哲也馬場良 CRDN-147
02夢落葉里村龍一丸山雅仁
55 1993年
1月21日
01昭和の女 遠藤実 馬場良 CRDN-165
02惚れたら素直になりました
56 1993年
7月25日
01夢仕度 たきのえいじ 北原じゅん 池多孝春 CRDN-191
02海燕
57 1993年
10月21日
01ふたりが一番[注 9]秋元康深大郷 竜崎孝路 CRDN-205
02酒のこころ伊藤アキラ粟野圭一
58 1994年
5月1日
01小樽化粧 志賀大介 山本あやお 馬場良 CRDN-234
02霧雨の宿
5901ふるさと景色 原譲二鈴木操 CRDN-235
02望郷列車里村龍一聖川湧 丸山雅仁
60 1995年
3月5日
01夫婦つづり 池田充男 船村徹 CRDN-270
02酒に聞かせるひとり歌南郷達也
61 1995年
7月6日
01八百八町秋元康後藤次利竜崎孝路 CRDN-334
02男と女の涙酒西沢爽叶弦大前田俊明
62 1995年
9月21日
01笑いじわ 阿木燿子 宇崎竜童 竜崎孝路 CRDN-300
02立つ鳥
63 1996年
4月24日
01花と嵐水木れいじ叶弦大馬場良 CRDN-317
02宵待ち波止場麻こよみむらさき幸鈴木英明
64 1997年
1月22日
01まさかの女秋元康 後藤次利 CRDN-361
02雨のひと里村龍一井上かつお丸山雅仁
65 1997年
8月21日
01北物語大津あきら浜圭介川村栄二 CRDN-391
02みちくさ田久保真見津村泰彦竜崎孝路
66 1998年
4月15日
01雨、降りやまず たかたかし 浜圭介 川村栄二 CRDN-540
02雪平野
67 1999年
2月10日
01煌めきたいのちあき哲也津村泰彦 竜崎孝路 CRDN-598
02冬のさくら中谷純平馬飼野俊一
68 1999年
8月4日
01むすめ上州鴉吉岡治岡千秋馬場良 CRDN-628
02命のさすらい志賀大介新井利昌 小杉仁三
69 1999年
8月25日
01長崎夢情 新本創子 彩木雅夫 CRDN-630
02YOKOHAMAベイブルース
70 2000年
1月21日
01小犬の神様 西沢爽 船村徹 蔦将包 CRDN-654
02おかあさん
71 2000年
3月23日
01あなたが命沢村友美也 原譲二南郷達也 CRDN-667
02長崎セレナーデ星野哲郎鈴木操
72 2000年
11月22日
01懲りない私岡田冨美子平尾昌晃伊戸のりお CRDN-709
02酔いどれピアノもず唱平伊藤薫川村栄二
73 2001年
3月14日
01連理の枝 野村耕三 新井利昌佐伯亮 CRDN-807
02春雷今泉敏郎
74 2002年
1月23日
01東京はぐれ鳥小関理樹上野旬也 渡辺博史 CRDN-838
02街道〜おんな唄山本茂北道良
75 2002年
8月21日
01おしどり春秋たきのえいじ八木架寿人佐伯亮 CRDN-858
02花の舞台に有難う池田充男船村徹蔦将包
76 2003年
3月28日
01命花福田恒原譲二前田俊明 CRDN-878
02外白渡橋高畠じゅん子中川博之 竜崎孝路
77 2004年
4月1日
01みんないい女かず翼円広志 CRCN-1130
02女ざかり伊丹れい新井利昌今泉敏郎
78 2004年
10月21日
01かさね酒 池田充男 弦哲也 前田俊明 CRCN-1160
02おんなの石北線
79 2005年
6月22日
01わすれ宿中山大三郎船村徹南郷達也 CRCN-1195
02私乃悲川白鳥園枝関野幾生竜崎孝路
80 2006年
2月8日
01花散里 木下龍太郎 蔦将包 CRCN-1231
02おしどり善哉
81 2006年
7月5日
01帰らぬ夢星野哲郎 船村徹 丸山雅仁 CRCN-1262
02萩の宿里村龍一
82 2007年
4月4日
01年々歳々 さくらちさと 中村典正 南郷達也 CRCN-1290
02これからですね
83 2008年
1月9日
01恋問川木下龍太郎原譲二 CRCN-1335
02愛の川 原譲二
84 2008年
9月3日
01おしどり酒 水木れいじ 中村典正 前田俊明 CRCN-1371
02泪のワルツ
85 2009年
3月4日
01月夜舟 CRCN-1398
02また逢えそうなブルース
86 2009年
11月4日
01命の絆 原譲二 南郷達也 CRCN-1442
02おんなの絆沢村友美也原譲二
87 2010年
4月7日
01GO!GO!侍ニッポン
〜私も輝きます〜
ペリー荻野 小杉保夫 CRCN-1466
02あっぱれ!みなさま
88 2010年
6月2日
01口紅水仙 仁井谷俊也 徳久広司 石倉重信 CRCN-1474
02一念草
89 2011年
2月2日
01桜雨〜さくらあめ〜 CRCN-1513
02嵯峨野路ひとり
90 2011年
11月2日
01いたわり坂 CRCN-1574
02しあわせ暦
91 2012年
6月6日
01男嫌い田久保真見有賀十三 CRCN-1621
02涙の影法師宇山清太郎新井利昌
92 2013年
2月6日
01のこり月円香乃 北原じゅん 伊戸のりお CRCN-1673
02あなたがいいの仁井谷俊也
93 2013年
11月6日
01母さんの手 円香乃 新井利昌 南郷達也 CRCN-1741
02旅の駅
94 2014年
10月8日
01契り花新本創子小杉仁三 CRCN-1823
02夢のように日は過ぎて幸田りえ西つよし若草恵
95 2015年
12月2日
01泣きたい夜 麻こよみ 原譲二 前田俊明 CRCN-1916
02あなたのそばに
96 2016年
12月7日
01小雪坂 円香乃 徳久広司 伊戸のりお CRCN-8011
02涙色
97 2017年
10月25日
01白い宿 さいとう大三 幸耕平 南郷達也 CRCN-8099
02思い出みれん
98 2018年
10月24日
01相生の雨森坂とも徳久広司 CRCN-8193
02忘れ傘吉岡治北原じゅん馬場良
99 2020年
5月13日
01二人羽織遥北斗山口正光 南郷達也 CRCN-8332
02父娘酒落合博章藤田たかし
100 2021年
3月31日
01いのちの人よ 伊藤薫 若草恵 CRCN-8395
02夢の中で
101 2022年
9月28日
01愛恋川かず翼 徳久広司 南郷達也 CRCN-8519
02黄昏みなと日野浦かなで

デュエット・シングル

発売日デュエットA/B面タイトル作詞作曲編曲規格品番
1980年
11月25日
エディ・土屋A面二人だけの夜 山田孝雄 サトウ進一 神保正明 CWA-46
B面私が誘った夜だから
1998年
8月26日
古谷一行01地球最後の日なかにし礼小林亜星川村栄二CRDN-560
2012年
10月3日
北川大介01もういくつ寝るとしあわせが 荒木とよひさ 平尾昌晃溝淵新一郎 CRCN-1654
02世界で一番お似合いの前田俊明

タイアップ曲

楽曲タイアップ
1993年ふたりが一番黄桜・CMソング
2010年GO!GO!侍ニッポン〜私も輝きます〜時代劇専門チャンネル「時代劇体操」挿入歌

NHK紅白歌合戦出場歴

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1987年(昭和62年)/第38回命くれない3/20尾形大作
1988年(昭和63年)/第39回2憂き世川16/21鳥羽一郎
1990年(平成2年)/第41回3人生晴れたり曇ったり6/29新沼謙治
1996年(平成8年)/第47回4笑いじわ16/25憲三郎&ジョージ山本

出演(ドラマほか)

関連人物

脚注

注釈

  1. 瀬川によると「当時父は、『函館から体一つで上京した自分が、多くの方とのご縁に恵まれ、こうして家を持ち白いご飯を食べることができるのは、歌手になったおかげだ』というのが口癖でした」と回想している。
  2. 本人は、「本当は私も辞めたかったんですけど、“私まで拒絶したら父が可哀想だ”と思っていたら逃げ遅れた(笑)」と回想している[1]
  3. 瀬川によると、レッスンで菊池章子の『星の流れに』を歌ったが、父が激怒された。この歌は戦争の犠牲になった女性の悲哀を歌っており、“こんな女に誰がした”という歌詞がある。父から「情感が全く込められていない!」と言われたが、小学生だったため歌詞の意味をいくら考えても分からず、父を理不尽に思ったとのこと[1]
  4. 姉は父のレッスンは辞めたが、10代の頃に独自に歌手活動をしていた模様。
  5. また、別の記事のインタビューで本人は、「言い訳ですが、最初に司会者の方に長崎出身と紹介された時、びっくりしてすぐに訂正しようとしたんですけど曲が始まったので歌わなければなりませんでした。言いそびれたせいでその後は心苦しさを感じながら歌手活動を続けました。2016年の明石家さんまさんの番組の中で、『私本当は渋谷区出身なんです』と公表して懺悔しました。私の人生の中であんなにスッキリしたことは、なかったですね」と述懐している[1]
  6. コロッケが瀬川のまねをする際、このようによく牛の鳴き声のようなものを取り入れて表現している。後年瀬川が「私のまねをする時どうして牛みたいなの?」とコロッケに直接訪ねたところ、「以前瀬川さんの公演に出させてもらった時、お付きの方が忘れ物をした。普通ならすごい怒るのに瀬川さんは怒らず一言『もう~』って言われたんです。それから瀬川さんは僕の中で牛と同じになった。すみません!」と理由を明かされた[8]
  7. また、たまに「コロッケがものまねする瀬川瑛子」のものまねを瀬川自身が披露することもある[5]
  8. デュエット:大木凡人
  9. デュエット:美川憲一

出典

  1. 『週刊現代』2023年12月2・9日号.
  2. 瀬川瑛子 - プロフィール - 日本クラウン”. 日本クラウン株式会社. 2024年4月12日閲覧。
  3. 『読売年鑑 2016年版』(読売新聞東京本社、2016年)p.512
  4. BS朝日 - ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~”. archives.bs-asahi.co.jp. 2021年8月29日閲覧。
  5. 【特別対談企画 第7弾!】瀬川瑛子さん×鷲見社長”. SOMPOケア (2023年6月30日). 2024年2月26日閲覧。
  6. ,デイリースポーツ,2016年4月25日
  7. https://web.archive.org/web/20121117080219/http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20121116-OHT1T00256.htm/ 瀬川瑛子、森さんとの麻雀が思い出「左手でパシーン」]
  8. コロッケ 瀬川瑛子のものまねが“牛”の訳明かす”. スポニチアネックス (2018年1月6日). 2024年2月26日閲覧。

参考文献

  • 「「私の地図」第572回・瀬川瑛子」『週刊現代』2023年12月2・9日号、講談社、2023年11月27日、62-64頁、JAN 4910206421232

外部リンク

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