本中山
本中山(もとなかやま)は、千葉県船橋市の地名。現行行政地名は本中山一丁目から本中山七丁目。郵便番号273-0035[2]。
本中山 | |
|---|---|
![]() 下総中山駅北口(2017年6月) | |
![]() 本中山 本中山の位置 | |
| 北緯35度42分52.03秒 東経139度56分35.8秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 15,266人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
273-0035[2] |
| 市外局番 | 047[3] |
| ナンバープレート | 船橋 |
地理
本中山は船橋市の最西端に位置し、北で市川市中山、北北東で市川市若宮、北東で東中山、東で二子町、南東で市川市原木、南で市川市高谷、南西で市川市田尻、西で市川市鬼高、北西で市川市鬼越、北北西で市川市高石神と隣接する。周辺が市川市域に囲まれたような状態になっているため、住民が生活をする中では市川市側の人々との関わりが強い地区となっている。JR東日本総武本線を中心にその南北が住宅地として利用されている。本中山のすぐ北は市川市中山となっており、下総中山駅北口からまっすぐ船橋と市川の境界を越え、中山法華経寺までの参道と門前町が直線的に伸びている。地区の最寄駅は地区の北部にある京成本線の京成中山駅と中央部にあるJR総武本線の下総中山駅、南部にある東京地下鉄(東京メトロ)東西線の原木中山駅の3駅で、東京都区部までの交通の利便性が良く、船橋市内でも高齢化の進んでいない区域の一つとなっている。
歴史
船橋市の同じ西部でも他と別の歴史的な経緯をたどっている。1889年(明治22年)の町村制施行時に周辺の村々と合併して葛飾村(のち葛飾町)となり1937年(昭和12年)の船橋市成立の際に同市の一部となったが、葛飾村成立以前は現市川市の中山や若宮などの法華経寺周辺に位置していた集落との親交が深く、連合町村などを形成したため、船橋市の他の地区からは一風変わった地区として捉えられる場合が多い。
世帯数と人口
2017年(平成29年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 本中山一丁目 | 671世帯 | 1,190人 |
| 本中山二丁目 | 1,259世帯 | 2,247人 |
| 本中山三丁目 | 2,214世帯 | 4,187人 |
| 本中山四丁目 | 1,700世帯 | 3,287人 |
| 本中山五丁目 | 748世帯 | 1,546人 |
| 本中山六丁目 | 970世帯 | 1,823人 |
| 本中山七丁目 | 654世帯 | 986人 |
| 計 | 8,216世帯 | 15,266人 |
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[6]
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 本中山一丁目 | 全域 | 船橋市立小栗原小学校 | 船橋市立葛飾中学校 |
| 本中山二丁目 | 全域 | ||
| 本中山三丁目 | 全域 | ||
| 本中山四丁目 | 全域 | ||
| 本中山五丁目 | 全域 | ||
| 本中山六丁目 | 全域 | ||
| 本中山七丁目 | 全域 |
参考文献
- 「歩いてみる船橋」船橋市郷土資料館、平成8年3月28日発行
脚注
- “船橋市町丁別人口”. 船橋市 (2017年11月24日). 2017年11月30日閲覧。
- “郵便番号”. 日本郵便. 2017年11月30日閲覧。
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年11月30日閲覧。
- 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
- “過去の住居表示による住所の変更一覧”. 船橋市 (2016年2月28日). 2020年12月29日閲覧。
- “小・中学校通学区域表(住所別)”. 船橋市 (2016年12月22日). 2017年11月30日閲覧。
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