岩村卯一郎

岩村 卯一郎(いわむら ういちろう、1928年9月8日 - 2004年8月28日)は、日本政治家衆議院議員(1期)。新潟県議会議員(6期)。新潟県議会議長。長男は、新潟県議会議員の岩村良一。

岩村 卯一郎
いわむら ういちろう
生年月日 (1928-09-08) 1928年9月8日
出生地 日本の旗 日本 新潟県新発田市
没年月日 (2004-08-28) 2004年8月28日(75歳没)
死没地 日本の旗 日本 東京都目黒区
出身校 法政大学法学部
所属政党 自由民主党
称号 藍綬褒章

選挙区 旧新潟2区
当選回数 1回
在任期間 1990年2月19日 - 1993年7月18日

経歴

新潟県北蒲原郡(現在の新発田市)出身で、新発田中学校を経て17歳の時に予科練に志願[1]1953年法政大学法学部卒業。渡邊良夫衆議院議員の秘書を務め、第2次岸内閣厚生大臣に任命されたときは、大臣秘書官を務めた[2]

1967年から新潟県議会議員を6期務め、副議長と議長を各1年務めた[3]自民党新潟県連の幹事長だった1989年には、君健男が癌のため新潟県知事を辞職したのに伴って多数の同党県議から推されて知事選への立候補の意思を表明した[4]が、後に金子清への候補者一本化に同意した。

1990年第39回衆議院議員総選挙では旧・新潟2区稲葉修渡辺紘三が引退したことを受けて立候補した。自民党の公認候補は佐藤隆稲葉大和白沢三郎の3名となったものの、長年培った地元との結びつきなどを活かして稲葉、白沢らを破って当選[5]。当選後に自民党から追加公認を受け、宮沢派に所属した。

1993年の第40回衆議院議員総選挙では落選し、陣営を支えた弟や市議ら計7人が公職選挙法違反(買収)で逮捕されている[6]

1996年の第41回衆議院議員総選挙では地盤とする新発田市北蒲原郡、さらに豊栄市の自民党県議らから支持を受けて[7]新潟3区から無所属で立候補し、社民党から推薦を得た[8]が、稲葉大和に敗れて落選した。また、選挙後に豊栄市の選挙対策委員会や後援会の幹部らが公職選挙法違反で逮捕され、有罪判決が下されている[9]

2004年8月28日肺炎のため逝去した。

脚注

  1. 毎日新聞、1996年10月11日付朝刊、新潟地方面
  2. 衆議院議員名鑑、P.82
  3. 新潟県議会 歴代議長、副議長
  4. AERA、1989年5月9日号、P.18
  5. 朝日新聞、1990年5月30日付朝刊、P.2
  6. 朝日新聞、1993年7月30日付夕刊、P.2
  7. 毎日新聞、1996年10月3日付朝刊、新潟地方面
  8. 毎日新聞、1996年10月7日付朝刊、新潟地方面
  9. 毎日新聞、1997年2月19日付朝刊、新潟地方面

参考文献

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