島本昌弘
島本 昌弘(しまもと まさひろ、Masahiro Shimamoto、1968年[1] - )は、兵庫県神戸市出身[2][3]のゲームクリエイター・グラフィッカー。
しまもと まさひろ 島本 昌弘 | |
|---|---|
| 生誕 |
1968年[1] |
| 職業 | ゲームクリエイター |
別名義は、「しましま〜〜〜」「しましま〜」「しましま」「SIMA SIMA」「島本マサヒロ」(しまもとマサヒロ)。「しましま〜」「しましま」については、制作ゲームにおけるクレジットのみならず、後述の漫画における作者名義として使用するほか、出版物のインタビューなどにおいてもこの名義で登場する[1][2]場合がある。
また、「島本 娼弘」名義でフィギュア原型師・造形作家としても活動している(自身のウェブサイトにおけるハンドルネームとしても、この名義を使用)[3][4]。
来歴・人物
1991年、ナムコに入社。入社直後『スーパーファミスタ』(1992年3月発売)の制作にかかわる。その後主に『ファミスタシリーズ』のゲームデザイナー(企画者)などとして活躍する一方、漫画家として同シリーズの三頭身キャラクターをモチーフにした4コマ漫画『野球くん』を生み出し、ゲーム内で発行される架空のスポーツ新聞「ナムコスポーツ」(ナムコットスポーツ)や同社の広報誌などに執筆する。1997年から1999年の間、ゲーム雑誌『ファミ通PS』のナムコスポーツコーナーにおいても連載していた[5]。印刷物においては、概ね「しましま〜」または「しましま」の名義入りで発表している[6]。後に、実況パワフルプロ野球・パワプロクンポケットシリーズ(コナミ→コナミデジタルエンタテインメント)の藤岡謙治も広報誌やガイドブックでキャラクターモデルを使用した4コマ漫画を発表している。
トレーディングカードゲーム(アーケードゲーム)のデザイナーとしても活動している[7]。
詳細情報
ゲームソフト
- ファミスタシリーズ
- スーパーファミスタ(企画担当。「SIMASIMA」名義)
- スーパーファミスタ2(企画担当。「SIMA SIMA」名義)
- 架空チーム「ヤクタターズ」の監督「しましま」としても、架空スポーツ新聞「ナムコットスポーツ」の監督の一言欄に登場する。
- スーパーファミスタ3(『野球くん2』執筆。「しましま」名義)
- チームエディットモードの発掘選手(架空選手)の中で、近畿エリアの選手「しましま」として登場する(プロフィールは、25歳・兵庫県出身・右投げ右打ち・キャッチャー)。
- スーパーファミスタ4(グラフィック担当。「しましま〜〜〜」名義)
- スーパーファミスタ5(『魔球くん』執筆)
- ファミスタ'93(企画・グラフィック担当。「しましま」名義)
- ワールドスタジアムEX(サブ企画担当)
- ワールドスタジアム2
- ワールドスタジアム3
- ワールドスタジアム4
- ワールドスタジアム5
- ファミスタ64(キャラクターデザイン担当)
- ファミスタアドバンス
- ファミスタモバイル
- 幽☆遊☆白書シリーズ(同名の漫画・アニメを原作とし、1993年から1995年にかけて、ナムコがスーパーファミコン=SFC用ソフトとして全4作品発売していたシリーズ[8])
- 幽☆遊☆白書(SFC用ソフトシリーズ1作目)(1993年12月22日。企画・演出担当。「しましま〜」名義)
- 幽☆遊☆白書 特別編(1994年12月22日、上記シリーズの3作目。メイン企画担当。「しましま〜」名義)
- タイムクライシス(プレイステーション版)
- テイルズ オブ ファンタジア(プレイステーション版。「SPECIAL THANKS」としてクレジット)
- R4 -RIDGE RACER TYPE 4-(「JOGCON Project Team」の一員として、「島本マサヒロ」名義で参加)
- カムライ-神来-(2000年10月5日、当時のナムコから発売されたコンピュータRPG。奥田孝明とともにディレクター。「SCENARIO CONCEPT」としてもクレジット)
- ゼノサーガ エピソードI[力への意志](岡本進一郎とともに、ナムコからコ・プロデューサーとして制作に参加)
漫画
作詞
- いかすぞ!僕らの鈴木の唄
脚注
- 『スーパーファミスタ2百科』(1993年5月、小学館発行。書籍コード:ISBN 4091024327)掲載の開発者インタビュー内プロフィール。
- 『ナムコ公式ガイドブック ワールドスタジアムEX』(1996年8月、ナムコ・徳間書店インターメディア発行・徳間書店発売。書籍コード:ISBN 4198200084)掲載の開発者インタビュー内プロフィール。
- 2000年当時の自身のサイト内プロフィール ※当時は、「島本」または「Masahiro Shimamoto」で表記。インターネットアーカイブ2000年6月21日付保存キャッシュより。
- SBG:人気フィギュア原型師のオリジナル作品に会える! ※「SOFTBANK GAMES」2003年7月4日付記事
- 1997年2月7日号から1999年4月9日号まで、月1回の割合で連載。
- 無記名の場合もある。
- ツイッターのプロフィールより。
- ほかのゲーム機でも同原作ソフトが発売されたが、それぞれ別会社からの発売であり関係は無い。
- インタビューとともに掲載されたノワーズ30号のPDFファイル(バンダイナムコゲームス公式サイト内)
- 『幽☆遊☆白書』(1994年2月1日発行。企画:Vジャンプ編集部、編集:ホーム社)
- C3 2003の情報ページ ※週刊レプリカント(竹書房)公式サイト内。
外部リンク
- + 侵略ロボのページ +(島本の運営するサイト)
- インターネットアーカイブに保存されている上記サイトのキャッシュ一覧(2003年 - 2005年)
- インターネットアーカイブに保存されている旧同名サイトのキャッシュ一覧(1998年 - 2001年。2005年以降は別サイトへのリダイレクト)
- ■島本 娼弘 (optune) on Twitter(島本のツイッター。2009年7月26日 - )
- Masahiro Shimamoto(制作に関わったゲームソフトの一覧。Moby Gamesより。リンク先は英語)
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