川上大造
経歴
旧高田藩士の家に生まれる[1]。旧制高田中学校から第四高等学校を経て[1]、1917年(大正6年)東京帝国大学政治科卒[1]。さらに1921年(大正10年)東京帝国大学法律科を卒業した[1]。卒業後は帰郷し、高田市で弁護士事務所を開業した[1]。1924年(大正13年)高田市学務委員に任じられ、同年暮れに高田市会議員に当選した[1]。1931年(昭和6年)には新潟県会議員に当選し[1]、1939年(昭和14年)には市会議長に就任した[1]。
1945年(昭和20年)高田市長中川潤治が召集され、市長が空席となったため[2]、市会は市会議長の川上を推薦し、5月30日に正式に就任した[1]。市長在職中に終戦を迎え、占領軍との折衝や食料や燃料、住宅資材などの確保、引揚者の援助に力を尽くした[3]。
1946年(昭和21年)秋、戦時中の市町村長は公職追放の対象となるため、11月20日付で市長を退職した[3]。1950年(昭和25年)に死去した。
脚注
注釈
- 『全国歴代知事・市長総覧』170頁には生年没年とも「不詳」。
出典
- 『高田市史 第2巻』384頁。
- 『高田市史 第2巻』383頁。
- 『高田市史 第2巻』500頁。
参考文献
- 高田市史編集委員会編『高田市史 第2巻』高田市、1958年。
- 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。
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