州浜
概要

家紋の洲浜
鎌倉時代の京都にあった菓子店「松寿軒」の考案による。のち京都の和菓子店「植村義次」によって作られた豆飴の断面が州浜紋に似ていたため、「州浜(すはま)」という名前になった。
浜辺の入り組んだ様子を意匠化した「州浜」のデザインは、家紋の他、饗宴や婚礼の飾り物を置く島台などに使われおり、江戸時代にはめでたいイメージを持った菓子としてよく知られるようになった[2]。随筆『嬉遊笑覧』(1830年)には州浜の原型について、麦芽・大豆を粉にして練り、竹皮に包んだ「飴ちまき」であり、「豆飴」ともいう、とある[2]。
餅菓子の一種である「すあま」とは別物であるが、江戸時代には当項の菓子である「州浜」を「すあま」と呼ぶ例がみられたり[2]、逆にその「すあま」が地域によって「すはま」と呼ばれている例もある(呼称の異同については「すあま」も参照)。
現在では、州浜粉を使った菓子全体を「州浜」・「すはま」と呼ぶようになっている。
脚注
- “アサマNEWSパートナーNo.199 (38)餅菓子の文化と微生物”. アサマ化成. 2022年11月30日閲覧。
- 中山圭子『事典 和菓子の世界』増補改訂版 岩波書店 2018年、ISBN 978-4-00-061259-3 pp.84-86.
関連項目
- すはまだんご - 豆政の商品。
- 吉祥豆 - 甘春堂のすはま商品。
- 真盛豆 - 金谷正廣の州浜粉を使った商品。
外部リンク
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