平浩二 (歌手)

平 浩二(たいら こうじ、1949年1月23日 - )は長崎県佐世保市出身の歌手である。本名:平 頼敏(たいら よりとし)[1]。所属事務所はナインプランニング[2]。4歳下の弟は、『おかあさんといっしょ』の3代目うたのおにいさんを務めたアニメソング歌手たいらいさお[3]

平 浩二
出生名 平 頼敏
生誕 (1949-01-23) 1949年1月23日(75歳)
出身地 日本の旗 日本長崎県佐世保市[1]
学歴 長崎県立佐世保工業高等学校
ジャンル 歌謡曲
職業 歌手
担当楽器 ボーカル
活動期間 1969年 -
レーベル
公式サイト

経歴

エピソード

子供時代

造船関係の仕事をする父、母、6人きょうだい(3人の姉、弟と妹がいる)の8人家族で育った[3]。幼い頃は市営住宅で暮らしており、中学生の頃に一家で高台の一戸建てに引っ越した。3人の姉たちが当時芸能界で人気の御三家橋幸夫舟木一夫西郷輝彦)に夢中だったことが影響し、子供の頃から音楽に興味を持った[3]。小学校高学年になると将来の夢として歌手に憧れるようになり、長崎放送の童謡番組に予選を勝ち抜いて出演したこともある[3]

中学入学後に吹奏楽部に所属して打楽器を担当[3]。高校進学後も吹奏楽部に入部したが、部員が10人しかおらず音楽の先生がいなかったため、指揮者もこなした。同時期に地元の柔道場に通い、2年足らずで黒帯をもらった[3]

下積み時代

高校卒業後、大阪で就職して寮生活を始めたが、ギターが得意な寮仲間の弾き語りを聴いて歌手への夢が再燃[3]。父に歌手になることを相談すると作曲家・安藤実親[注釈 1]とのツテがあったことから、父子で東京に訪れて弟子入りを頼んでくれたという[3]。18歳の9月に会社を辞めて上京して安藤の内弟子となり、新宿にあった彼の家に住み込んで身の回りの世話をした。しかし半年後に安藤の許可を得て外弟子になり、新大久保のアパートに転居[3]

ほどなくしてキャバレーに出ているハワイアンバンドのボーカル見習いとなり、たまにステージで歌わせてもらったのが初仕事となった[3]。給料を貯めて買ったギターで必死にコードを覚えた後、銀座の大きなクラブのバンドボーイに転身[3]。以降、休憩時間に近くのキャバレーや小さなクラブでギターの弾き語りをしてキャリアを積んだ。その内、歌手活動を支援してくれる人物が現れ、活動拠点となるナイトクラブを開店してもらえることになったのを機に、杉並区のアパートに引っ越した[3]

歌手デビュー後

『なぜ泣かす』でデビューした頃、西田佐知子の『女の意地』を好んで弾き語りしていた。すると、日本音楽出版のプロデューサー・村上司にファルセットを用いた歌い方を高く評価された[3]。村上の勧めで、1970年に西田と競作という形で同曲のレコードを発売して35万枚のヒットとなった[3]

その後1972年に『バス・ストップ』の大ヒットにより収入が増えたため、佐世保から親きょうだいを東京に呼び寄せ、杉並区の同じアパートにもう一部屋借りて暮らすようになった[3]。翌年、葛飾区新小岩にスナック「バス・ストップ」を開店し、以後姉に経営を任せ、本人もスケジュールを縫って時々店で歌を披露した(2018年に閉店)[3]

デビューから20年が経った頃は、『よせてあげて』(ワコールのCMソング)などヒットもあり、キャバレーの仕事も入り続けて忙しかった[3]。2010年、4歳下の弟で歌手・たいらいさおと、故郷の佐世保で「兄弟コンサート」を開催した[3]

妻との生活など

21歳頃、ラジオから流れる『女の意地』を聞いた中学3年生の少女が、平の大ファンとなった[3]。後日平が営業で訪れた常磐ハワイアンセンターの楽屋に、その少女が母親と共に会いに来て初対面[3]。交流を経て1980年に結婚し、その後子供ができたタイミングで世田谷区若林の賃貸マンションに引っ越した[3]

その後、妻が見つけてきた府中市の築2年の中古の一軒家を購入して暮らし始め、2000年代前半に3階建てに建て替えた[3]。子どもたちの独立後は夫婦と義母の3人で暮らしている。また、後年には平のために「愛する君にありがとう」などの楽曲を妻が作詞・作曲している[3]

その他

趣味は、ゴルフ、映画鑑賞[1]。特技は柔道初段[1]

笑うと前歯が出るため、デビュー当時のニックネームは「ビーバー」だった[3]。また、中学で吹奏楽部に入部した当初トランペットを希望したが、顧問から「お前は前歯が出てるからダメだ。シンバルをやれ」と言われたことから、打楽器をやることになった[3]

既婚、息子と娘がいる[3]

前川清とは小・中学校の同級生[3]

2015年5月に発売された「ぬくもり」の歌詞が、Mr.Childrenの「抱きしめたい」(1992年12月発売)酷似していることが12月に指摘される騒動に巻き込まれた[10]。作詞には関わっていないが、所属レコード会社の徳間ジャパンコミュニケーションズの公式サイトを通じ、歌い手として謝罪した[10]

ディスコグラフィ

シングル

#発売日A/B面タイトル作詞作曲編曲規格品番
1 1969年
11月
A面なぜ泣かす 池田充男 野崎真一 山倉たかし SN-842
B面あなたがほしい
2 1970年
3月
A面博多ブルース あべさとし大原繁仁 SN-932
B面想い出の長崎高原としお八坂邦生田辺信一
3 1970年
10月
A面女の意地 鈴木道明有明春樹 SN-1032
B面なやばしの夜吉田央坂紘田辺信一
4 1971年
3月25日
A面おんなは女 山口洋子 筒美京平 SN-1082
B面いいわけ猪俣公章有明春樹
5 1971年
8月10日
A面その名はふるさと ちあき哲也 筒美京平 SN-1172
B面それでも愛する
6 1972年
2月5日
A面いつか男は去って行く なかにし礼 筒美京平 高田弘 SN-1219
B面行きずりの女
7 1972年
9月1日
A面バス・ストップ千家和也 葵まさひこ SN-1270
B面涙になるばかり有馬三恵子 曽根幸明
8 1973年
2月
A面夜明け前 千家和也 葵まさひこ SN-1291
B面別れ芝居
9 1973年
5月
A面名前は暁子 SN-1316
B面ひとり歩き
10 1973年
10月
A面冬の駅 SN-1338
B面泣くだけ泣かせて
11 1974年
7月
A面夢物語 SN-1403
B面みれん
12 1975年
1月
A面涙ごころ SN-1429
B面私の好きなひと
13 1975年
5月
A面陽のあたる場所 有馬三恵子 中村泰士 竜崎孝路 SN-1450
B面愛した仲
14 1975年
8月
A面さびた鍵吉田旺 SN-1468
B面すねたあなたサン桂子あかのたちお
15 1975年
11月
A面おもいでの花川上志摩子 坂元政則 小谷充 SN-1487
B面散りゆく花にひと言を荻原秀夫
16 1976年
3月
A面別れの伝言 有馬三恵子 葵まさひこ SN-1504
B面愚かにも
17 1976年
9月
A面愛のあかし 鳥井実 浜圭介小笠原寛 RS-19
B面おんな橋小谷充
18 1976年
11月
A面あなたの命 池田充男 野崎真一 伊藤雪彦 RS-38
B面わかれ恋
19 1978年
1月
A面女の指 山口洋子森田公一竜崎孝路 L-193R
B面テール・ランプ 竜崎孝路
20 1979年
7月
A面約束ということ 小椋佳 萩田光雄 L-295R
B面無人列車
21 1980年
10月
A面涙は心の雨 いではく 遠藤実 京建輔 L-367R
B面背中あわせ
22 1982年
6月
A面東京の灯 市場馨 三島大輔 斉藤恒夫 L-1596
B面夢のつづき
23 1983年
8月
A面暗い港のブルースなかにし礼早川博二 竜崎孝路 L-1636
B面落葉のセレナーデ實川翔風鳥仙楽
24 1985年
5月25日
A面愛人荒木とよひさ三木たかし L-1708
B面不忍ブルース梶健吾人見光由薗広昭
25 1987年
9月25日
A面余韻梅宮蕾斉藤文博 高田弘 L-1795
B面バラードがしみる夜佐藤三樹夫TAI
26 1989年
11月28日
01鬼の棲み家吉岡治 市川昭介 丸山雅仁 10L3-4123
02ともし灯坂口照幸
27 1991年
11月10日
01雨のベイサイドやしろようTAI 高田弘 WPDL-1521
02選択冬杜花代子岩城一生
28 1994年
4月25日
01よせてあげて高杉碧富田伊知郎飛澤宏元 WPD6-9001
02バス・ストップ千家和也 葵まさひこ
29 2005年
3月24日
01微笑みの再会[注釈 2] 山崎ハコ宮本光雄 FBCM-34
02ミ・ノーチェ東京山上路夫佐伯一郎小杉仁三
30 2006年
10月25日
01島の女 永井龍雲神保正明 FBCM-51
02酔々々逢坂俊季朝月廣臣近田博子
31 2008年
12月10日
01人生ありがとう松井由利夫四方章人 石倉重信 FBCM-80
02秘密鳥井実水島正和
32 2010年
12月8日
01蝉しぐれ峰崎林二郎花岡優平 中村力哉 FBCM-117
02微笑みの再会[注釈 2] 山崎ハコ
33 2012年
12月12日
01わたしゃ百歳まで恋をする 松浦エミ たつみあきら 塚田満穂 FBCM-155
02想い出…
34 2015年
5月13日
01愛・佐世保 平浩二 猪股義周 TKCA-90689
02ぬくもり沢久美西つよし
35 2016年
11月30日
01九十九島 平浩二 TKCA-90860
02愛・佐世保
(ニューバージョン)
36 2018年
3月28日
01最終便 TAKAKO[注釈 3] 矢野立美 YZYM-15067
02あなたへ 平浩二
37 2022年
12月14日
01愛する君にありがとう TAKAKO[注釈 3] 吉川さくら YZYM-15107
02ジェラシー

デュエット・シングル

発売日デュエット曲順タイトル作詞作曲編曲規格品番
1990年
8月25日
小川エレナ01デュオ・ランバダ石坂まさを美波有 高田弘 WPDL-1510
02デュオ・ランバダII石坂ゆたかいわせ秋美
2002年
12月1日
葉石01やる気まんまん平博さいとう聖子大場吉信JSDB-3002
2015年
11月4日
北原ミレイ01甘い罠 秋浩二猪股義周 TKCA-90724
02居酒屋阿久悠 大野克夫

オリジナル・アルバム

ベスト・アルバム

発売日タイトル規格品番
2001年5月23日平浩二 ベスト撰集EWCB-86025
2004年8月1日平浩二 定番ベストTECE-1006
2005年7月27日究極のベスト!平浩二WPCL-70528
2008年4月23日平浩二 名選集HMCD-1014
2009年8月21日テイチクミリオンシリーズ 平浩二TECE-1046
2010年11月10日平浩二 40周年記念アルバム バス・ストップ〜人生ありがとうFBCX-1045
2012年7月25日平浩二 ゴールデン☆ベストTECE-1114
2019年12月11日50th Anniversary 平浩二〜魅惑のすべて〜YZYM-5004

出演番組

テレビ

ほか多数

ラジオ

  • コージとクーコの夢の中へ(ラジオ日本、2004年-2005年3月)
  • マイハートフルSONG(KBS京都ほか、2005年-)-松尾ともことともにパーソナリティー。

映画

  • 女の意地 (1971.5.5公開、日活) 主題歌、歌手役で出演

CM

  • 太平洋証券(日債銀・ワリシン)1985年 - テーマ曲歌唱

脚注

注釈

  1. 当時こまどり姉妹村田英雄水前寺清子などの作曲を手掛けていた。
  2. デュエット:松尾ともこ
  3. 平の妻・高子淑江のペンネーム。

出典

  1. プロフィール / 平浩二”. 徳間ジャパン. 2021年9月26日閲覧。
  2. 株式会社ナインプランニング
  3. 週刊文春2023年3月16日号「新・家の履歴書」第822回・平浩二p62-65
  4. 平浩二が東京プリンスホテルで歌手生活50周年記念パーティー開催 「声の続く限り」、うたびと、2019年12月11日。
  5. 佐世保観光名誉大使を創設 長崎新聞 - 2015年11月25日
  6. 佐世保観光名誉大使紹介 平浩二(たいらこうじ)”. 佐世保市 (2021年3月17日). 2021年4月26日閲覧。
  7. “歌手の平浩二さん救急搬送 くも膜下出血”. Web東奥(東奥日報社 ). (2021年4月6日). https://www.toonippo.co.jp/articles/-/498397 2021年4月28日閲覧。
  8. 平浩二、集中治療室から一般病棟に”. サンスポ.com (2021年4月21日). 2021年4月28日閲覧。
  9. “平浩二がステージ復帰「頑張って歌っていく」4月公演中くも膜下出血で搬送”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2021年5月17日). https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202105170000439.html 2021年5月17日閲覧。
  10. 平浩二、ミスチル歌詞盗作騒動を謝罪「確かに酷似、驚愕」”. ORICON NEWS (2015年12月15日). 2023年3月30日閲覧。

関連項目

外部リンク

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