往還町
歴史
江戸時代には往還町筋と称し、独立の町として成立したのは明治初頭になってからである[3]。
沿革

愛知大学車道キャンパス(2015年4月)
- 明治初年 - 愛知郡往還町として成立[4]。
- 1878年(明治11年)
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市往還町となる[4]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 東区に編入され、同区往還町となる[4]。
- 1941年(昭和16年)12月10日 - 水筒先町・手代町の各一部を編入し、一部が水筒先町・手代町および車道町に編入される[4]。
- 1951年(昭和31年)5月 - 往還町19番地において愛知大学が中京女子短期大学の旧校舎および旧校地を買収し、同大学名古屋分校の拡張を行った[5]。
- 1981年(昭和56年)9月13日 - 全域が筒井二丁目に編入され、消滅[4]。
脚注
- 総務省総合通信基盤局電気通信事業部電気通信技術システム課番号企画室 (2014年4月3日). “市外局番の一覧” (PDF). 総務省. p. 7. 2015年5月23日閲覧。
- “管轄区域”. 愛知県自動車会議所. 2021年9月23日閲覧。
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 253.
- 名古屋市計画局 1992, p. 740.
- “大学の歴史”. 愛知大学. 2017年2月5日閲覧。
- 名古屋市計画局 1992, p. 915.
参考文献
関連項目
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