添地町 (名古屋市)
歴史
沿革
- 明治4年 - 愛知郡添地町となる[2]。
- 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区成立に伴い、同区添地町となる[2]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市成立に伴い、同市添地町となる[2]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 東区成立に伴い、同区添地町となる[2]。
- 1911年(明治44年) - 天理教愛知分教会が9番地の1に移転[3]。
- 1913年(大正2年)4月 - 中京ローラー製造所主である尾崎喜三が印刷用ローラー工場を設置[4]。
- 1945年(昭和20年)3月19日 - 名古屋大空襲により、天理教愛知大教会(1941年3月8日、愛知分教会より改称)が焼失[3]。1947年(昭和22年)12月に同市瑞穂区初日町に移転再建している[3]。
- 1981年(昭和56年)9月13日 - 葵一丁目および葵二丁目にそれぞれ編入され、消滅[2]。
脚注
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 753.
- 名古屋市計画局 1992, p. 740.
- 天理大学おやさと研究所 1977, p. 6.
- 名古屋市会事務局 1963, p. 203.
参考文献
関連項目
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