性別適合手術

性別適合手術(せいべつてきごうしゅじゅつ)とは、性別移行を望む者が自身の性同一性に一致するように自分の身体的な性的特徴を変えるために行う外科的手術のこと[1]。主に外科的手法による内外性器に関する手術を指し、英語では「Gender-affirming surgery (GAS)」または「Sex Reassignment Surgery (SRS) 」と呼ぶ。日本語では性別再割り当て手術性別再割当手術)などの名称もある。性転換手術という呼び方は不適切とされている[2]。日本のGID(性同一性障害)学会日本精神神経学会では「性別適合手術」を正式な名称として用いている。主にトランスジェンダー性同一性障害者(現在は性別不合もしくは性別違和)に対して行われる。

概要

身体的な性別移行を望む者に対し、内外性器を他の性別の特徴に類似した形態を得ることを目的とする。女性から男性への手術 (Female to Male SRS; FTM SRS)男性から女性への手術 (Male to Female SRS; MTF SRS) に分類される。

FTM SRS では、子宮卵巣摘出術、膣粘膜切除・膣閉鎖術、尿道延長術、陰茎形成術や乳房切除術がある。MTF SRS では、精巣摘出術、陰茎切除術、造膣術(希望者)、女性様陰核形成術、女性様外陰部形成術がある。

併せて、MTFSRSには上記の性別適合手術の他に美容整形(顔の女性化手術(FFS)・喉頭隆起切除術[3][4][5]等)や医療脱毛・声帯手術・豊胸術などで外見や印象を女性に必然的に近づけるために行う手術等を性別適合手術の一環として行う事がある[6]

精巣や男性外陰部並びに卵巣及び子宮を切除するなど生殖能力を永久的に失わせる不可逆的な外科手術で、本人の意志に基づくものである。だが、望む性別としての新たな生殖機能も得られない。この手術を受ける者の多くは、すでに性ホルモンの摂取(ホルモン補充療法; HRT)や全身の性別適合手術の一環とされる顔面の女性化手術(FFS)、喉頭隆起切除術豊胸術、乳房切除手術等などにより、容姿が自認する性同一性としての外観を得、そしてその性別としての実生活をしており、その過程で既に生殖能力をホルモン補充療法や乳房切除術などによって不可逆に生殖能力を永続的に減退または喪失している場合もある。日本精神神経学会のガイドラインでは手術前に性ホルモンの投与や、新しい性別での実生活経験 (real life experience; RLE) をおこなうことを重要視しており、これを条件にしている病院も多い。

性別適合手術は、揺るぎのない人格としての性同一性に沿うように、そして身体的性別が本人の同一性に与える苦痛を緩和するため内外性器の外観を調整する手術と考えることができる。国際的な組織であるハリーベンジャミン国際性別違和協会(現・世界トランスジェンダー健康専門協会)の「性同一性障害の治療とケアに関する基準 (第6版)」においては、『性別適合にかかる手術は実験的でも、研究的でも、美容整形でも選択的でもなく、性転換指向(transsexualism) あるいは重度の性同一性障害の治療として極めて有効で効果的である』と記されている。

手術の方法

FTM・男性自認者への性別適合手術

女性から男性への手術 (FTM SRS) では、いくつかの段階に分けておこなわれる。

(1) 子宮卵巣摘出術
子宮、卵巣、卵管の摘出。
(2) 膣粘膜切除・膣閉鎖術
膣の内壁を切除し膣を閉じる。
(3) 尿道延長術
膣前壁皮弁、大小陰唇、前庭部の皮膚などの組織を切り取って移植し尿道を作り、のちの陰茎形成のために延長しておく。
(4) 陰茎形成術
陰茎形成には様々な方法がある。
ALT(Anterolateral Thigh Flap)
前外側大腿皮弁法
MLD(Musculocutaneous Latissimus Dorsi Flap)
広背筋皮弁法
FFF(Free Fibula Flap)
腓骨皮弁法
腹部皮弁法
下腹部、鼠蹊(そけい)部などの皮弁を用いて陰茎形成する。
陰核陰茎形成術 (Metaidoioplasty)
長期間の男性ホルモン療法により肥大した陰核の腹側の索条物を外して、上方に翻転させてミニペニスを形成する。立位での排尿が可能となる上、身体のほかの部分に組織提供部を必要とせず傷を残さないため、この手術を希望し選択する当事者も多い。このミニペニスに満足できない場合、すでに延長した尿道をそのまま利用して、本格的な陰茎形成もできる。
マイクロサージャリー法
前腕皮弁または上腕部のデルトイド皮弁を切り取り、筒状に細工して陰茎の形状にし、マイクロサージャリー(顕微鏡下での神経血管接続手術)で陰核の部分に接続する。切り取られた前腕部には、臀部の表皮をはぎ取り前腕部組織の回復処置を行うが、完全に元の状態には戻らないことが多い。性交渉を望む場合は、陰茎形成時に内部にポケット状の空間を確保し、約1年後に特殊な折り曲げ可能なインプラントを挿入して完成する。
(5) 陰嚢形成
大陰唇の組織の内部にシリコンプロテーゼを挿入し陰嚢の形状に形成する。

MTF・女性自認者への性別適合手術

男性から女性への手術 (MTF SRS)では、以下の3つの手法が一般的である。

陰茎会陰部皮膚翻転法
尿道と直腸の間を切ってスペースを作り、そこに海綿体、陰茎、精巣を除去し陰茎の皮膚で女性外陰部を形成して残った陰茎と全ての陰嚢の皮膚の血流を残したまま移植して膣を形成する。これを造膣と呼ぶ。感覚を残すために、動脈と静脈と神経をつないだ陰茎亀頭の3分の1を移植して陰核を形成する。感覚には個人差が大きく、また術後約1年間は、神経が未結線のために無感覚である。また、術後3か月以上の長期間に渡って、1日2~3回程度定期的にプロテーゼ(スティック、ダイレーターとも呼ばれる)による拡張ケア(ダイレーション)を行い、膣の収縮を抑えることが必要である。長年の女性ホルモン投与による男性器の萎縮などの理由で陰茎や陰嚢の皮膚が不足する場合に、尿道を利用して造膣することも近年可能になった。この術法はモロッコ在住のフランス人医師のジョルジュ・ビュルー (de: Georges Burou) によって1960年代に考案され後の1973年に彼がスタンフォード大学医学部においてその術法を公開したことで世界に普及した。1966年にジョンズ・ホプキンス大学病院で行われた性別適合手術もこの技法を基に若干の変更を加えられたものである。現在タイ王国などアジア諸国も含めて世界的にこの手法が主流となった。
大腸法(S字結腸法)
1.上行結腸、2.横行結腸、3.下行結腸、4.S状結腸
尿道と直腸の間を切ってスペースを作り、下腹部を15cm程度開腹して、大腸の肛門側部分であるS字結腸を10数cm使用して造膣をおこなう。性交渉を重視する場合に用いられる手法。分泌される腸液がバルトリン腺液に似た効果を与えるが、膣形成に使用されるS字結腸は血流を確保する目的で完全に腸と切り離せない。そのため常に分泌し続け、ナプキンなどで常時ケアをしなければならないという欠点がある。しかし、術後の膣収縮が少なく、ダイレーションが陰茎会陰部皮膚翻転法に比べて少ない回数で済むという利点がある。デンマークやスウェーデンなど欧米圏ではかつて1950年代を中心にこの手法が行われていたが、現在では古典的な術法とされ、陰茎会陰部皮膚翻転法では十分な奥行きが確保できない場合にしか行われない。日本では、岡山大学病院がこの技法を基に腹腔鏡手術とした手法で行っている[7]
造膣なし性別適合手術
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律 では造膣形成術が必要要件ではない。よって、術法は精巣摘出術、陰嚢全皮膚切除術、陰茎切除術、余剰陰茎皮膚切除術、陰嚢内組織摘除術、女性外陰部形成術で造膣をして身体に穴を開けない方式のために金銭面にも身体面に負担が少なくダイレーションやナプキンを持ち歩く等のアフターケアも行う必要がないが術後の日々や定期的なケアを行う必要がある[8]
造膣する際には、どちらの方法でも難しいのは血行の保持であり、うまくいかない場合はその皮膚に血が通わなくなるため、その皮膚組織が壊死して脱落する可能性がある。

各国において

日本

日本で手術の実績を持つおもな大学は、埼玉医科大学岡山大学関西医科大学大阪医科大学札幌医科大学。 かつて埼玉医科大学総合医療センターでは2007年まで原科孝雄が形成外科教授であったこともあり、日本で初めて公式な性転換手術を施行し、症例数も多く、技術的に難しく国内では前例がなかったFTM(女性から男性へ)の性転換手術にも実績があったが同教授の定年と共に性転換手術が休止状態になり、手術希望者に大きな衝撃を与えた。2010年度より後任医師により本格再開したが、2012年度より後任医師が別大学の准教授に就任したために現在も適合手術が行われているかは不明。

一方、西日本では1999年9月、岡山大学病院が西日本の大学病院としては初の手術を計画していることが明らかになった[9]。当時はまだ性転換手術と呼ばれた。2001年に手術を実施[10]。2018年には全国で初めて公的医療保険の対象となる手術を実施している[11]

このほかの病院・医院でも、手術の実施のため入れて各科の専門家で構成するジェンダークリニックを設置している。ただし必ずしもこれらすべての病院が積極的に手術を行っているわけではないため、手術を希望する患者のすべてをさばける状態とは言えない。また、日本は性別適合手術の後進国と感じられているため、性別適合手術を希望する人の一部が、施術医療機関が整っていて熟練した医師のいるタイ王国で手術を受けている。日本国内で上記5か所以外にも、積極的に手術を行っている私立病院(主に美容形成外科や産婦人科)は存在する。総合病院ではない比較的小規模な病院であっても全身麻酔下での手術であるため、手術医に加え、専門の麻酔科医の参加や入院設備のある施設で行われるべきである。

性別適合手術ではないが、2012年5月に東京都新宿区の診療所「湊川クリニック」(廃止)で、乳房の切除手術を受けた女性が死亡する事故が発生し、性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン改訂の議論が起こる契機となった[12][13]

イギリス、アメリカ合衆国

手術の名称は、アメリカ英語では Sex Reassignment Surgery” (SRS)イギリス英語では Gender Reassignment Surgery” (GRS) が好まれる

オランダ

オランダでは性別適合にかかる正当な医療行為として健康保険の適用が認められ、さらにMtFのための顔面の女性化の手術や豊胸手術にも性別適合にかかる正当な医療行為として健康保険の適用が認められている[14]

イラン

イランでは、1980年代中頃以降、法的な性別の変更は認められ、性別適合手術はイラン政府により同国の当事者に無償で提供されている。ブラジルでは2007年より、キューバでは2008年より、北欧諸国同様に、性別適合手術が無償で提供される。

タイ

タイ王国では、性別適合手術が盛んで外国人でも条件があるものの手術を受けることが可能である。

歴史

日本

  • 日本では1950年から1951年にかけて、日本医科大学付属病院及び竹内外科病院によりMTFの永井明子に対しておこなわれた。
  • 1969年、ブルーボーイ事件。十分な診断をせずに性別再判定手術を行なった医師が優生保護法違反により逮捕された。
  • 1997年5月28日、日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」を答申。
  • 1998年10月、埼玉医科大学総合医療センター原科孝雄教授が日本国内初の公式な性別再判定手術で日本初のFTMの手術となる性転換手術を行う。ついでMTFの手術も実施し後に多数の手術を手がける。
  • 2002年3月23日、日本精神神経学会では、「性転換手術」などと呼ばれていた名称をより手術の正式な名称として「性別適合手術」とした[15]
  • 2007年3月、原科孝雄が埼玉医科大学を定年退職。
  • 2007年5月22日、非ガイドラインルート性別適合手術の第一人者、和田耕治が死去。

ヨーロッパ

1930年ベルリンにて、性科学者マグヌス・ヒルシュフェルトの保護監察下において、デンマークの画家リリー・エルベに対して睾丸摘出手術(去勢術)が施術された。翌年の1931年には、ドイツのドレスデン州立婦人科診療所において、彼女に陰茎切断、卵巣と子宮の移植も伴った世界初の性別適合手術がクルト・ヴァルネクロス(de:Kurt Warnekros)によって施術された。彼女は法的性別の変更も認められたが、間もなく拒絶反応により50歳で死亡した。現在、生殖器の移植が行われない理由の一つには免疫抑制が極めて困難なことがある。しかし近年、免疫抑制剤なしで子宮の移植手術を行う研究がなされている[16]

1946年ロンドンにて、形成外科医ハロルド・ギリーズ(en:Harold Gillies)によって、世界初の陰茎形成術がFtMのローレンス・マイケル・ディロン(en:Michael Dillon)に対して施術された。ギリーズはまた、1951年にMtFのロバータ・カウエル(en:Roberta Cowell)に対し、血管と神経を残したまま海綿体を除去した陰茎を翻転させ小陰唇を形成することにも成功した。この術法は後のジョルジュ・ビュルーによる陰茎会陰部皮膚翻転法の前まで、外陰部形成術として広くおこなわれた。

2003年6月12日付けの欧州人権裁判所の記録(ファン・キュック対ドイツ事件[17])では、性別適合手術は「必要な医療行為」であり、民間の保険会社が性別適合手術の費用を「正当な医療行為ではない」として負担しなかったことを容認したドイツ国内の判決を、原告の性同一性と自己決定権をないがしろにするものであり、人権と基本的自由の保護のための条約第6条の「公平な審理と裁判を受ける権利」そして同第8条の「私生活の権利」の蹂躙にあたるとしてドイツ政府に治療費と精神的苦痛に対しての損害賠償を命じる判決が下された。

国際原則

ジョグジャカルタ原則第17原則においては、国家は診療録開示やインフォームド・コンセントの権利とともに性別適合に関する身体変更を法的に正当で差別的でない治療とし、その治療や看護、支援も容易に受けられるようにする義務があることが記された。

性別適合手術を受けた著名人

日本

参考文献

  • 山内俊雄編著 『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年。
  • 野宮亜紀・針間克己・大島俊之・原科孝雄・虎井まさ衛・内島豊著 『性同一性障害って何?—一人一人の性のありようを大切にするために』 緑風出版、2011年(増補改訂版)。ISBN 9784846111014

脚注

  1. Standards of Care for the Health of Transgender and Gender Diverse People, Version 8”. World Professional Association for Transgender Health. 2024年2月3日閲覧。
  2. 「反トランス感情」を煽る偏向報道が蔓延、保守派メディアは『書きかえ』告発され訂正”. フロントロウ (2023年6月30日). 2023年12月4日閲覧。
  3. 顔の女性化手術(FFS)”. Bangkok Plastic Surgery Clinic. 2023年11月11日閲覧。
  4. GID(性同一性障害)の外科的治療”. 甲府昭和形成外科クリニック. 2023年11月11日閲覧。
  5. 性別適合手術としての「のど仏」形成手術”. 東京警察病院 形成外科・美容外科. 2015年6月15日閲覧。
  6. 性同一性障害”. 一般社団法人 日本形成外科学会. 2023年4月9日閲覧。
  7. SRSに関する情報”. 岡山大学病院ジェンダーセンター. 2018年9月5日閲覧。
  8. ガモン病院のMtF(外性器のみ造形-造膣無し)手術”. タイSRSガイドセンター. 2023年9月24日閲覧。
  9. “岡山大が性転換手術計画 倫理委に申請へ 性同一性障害を対象 西日本初”. 中国新聞. (1999年9月8日)
  10. 難波祐三郎「性同一性障害に対する包括的治療」『岡山医学会雑誌』第126巻第2号、2014年、109頁、doi:10.4044/joma.126.1092019年9月24日閲覧
  11. “性同一性障害 保険適用の恩恵わずか”. 中日新聞: 朝刊第2社会面. (2018年11月6日). https://www.chunichi.co.jp/article/feature/iryou/list/CK2018110602000294.html 2019年9月24日閲覧。
  12. “性別適合手術、病院を限定 安全優先、学会が指針改訂”. 佐賀新聞. (2014年5月31日). http://www.saga-s.co.jp/sp/news/national/10208/69202 2015年1月9日閲覧。
  13. 「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第4版)」一部改訂のお知らせ”. 日本精神神経学会. 2015年3月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年1月9日閲覧。
  14. 性同一性障害とオランダ法(大島俊之著)
  15. 戸籍の性別変更と人権
  16. Transplantation of the human uterus
  17. http://www.menschenrechte.ac.at/orig/03_3/Kuck.pdf 欧州人権裁判所の記録(2003年6月12日判決)「ファン・キュック対ドイツ事件」
  18. News, A. B. C. (2017年4月21日). Caitlyn Jenner reflects on how life has changed since transitioning”. 2017年9月28日閲覧。

関連項目

外部リンク

学会

資料

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