政所茶
歴史
永源寺こんにゃくと並び歴史は古い。室町時代に永源寺五世管長の越渓秀格禅師が、この地の水質・地質が茶の栽培に適していることを見つけ、村人に栽培を奨励したことに始まる[1]。茶摘み歌でも「宇治は茶所、茶は政所…」と歌われ、宇治茶と並ぶ茶どころとしてその名を全国的に知られた[1]。本居宣長の著書『玉勝間』には「政所人ども夏は茶を多くつくりて出羽の秋田に出し、ここでもお茶が秋田へくだる…」と記され、東北の地にまで浸透していたことがうかがえる。朝廷や彦根藩にも献上されていた。
太平洋戦争終戦後は村人の集落離散や少子高齢化によって、政所茶の生産量は減少の一途をたどり、現在では30軒ほどの農家で生産される希少な茶となっている。
特徴
寒暖のはっきりした場所で栽培され、かつ手摘みで収穫されているので、香りが良く、苦みの中にほのかな甘みがある。
脚注
- 政所茶 東近江市
関連項目
- 木地師(政所町周辺で茶業とともに盛んな伝統産業)
外部リンク
- 政所茶(東近江市)
- 政所茶について(政所園)
- 政所茶(誠盛堂茶舗)
- 政所と政所茶について(滋賀県立大学「政所茶レン茶゛ー」)
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.

