本山寺 (高槻市)
本山寺(ほんざんじ)は、大阪府高槻市にある天台宗の寺院。山号は北山。本尊は毘沙門天。鞍馬寺、朝護孫子寺とで「日本三毘沙門天」ともいわれている。高槻市北郊、京都府境に近い山間部に位置する。
| 本山寺 | |
|---|---|
![]() | |
| 所在地 | 大阪府高槻市原3298 |
| 位置 | 北緯34度55分02.0秒 東経135度36分45.3秒 |
| 山号 | 北山 |
| 院号 | 霊雲院 |
| 宗派 | 天台宗 |
| 本尊 | 毘沙門天(重要文化財) |
| 創建年 | 伝・持統天皇10年(696年) |
| 開山 | 伝・役小角 |
| 正式名 | 北山本山寺霊雲院 |
| 札所等 | 役行者霊蹟札所 |
| 文化財 |
木造聖観音立像、木造毘沙門天立像(重要文化財) 宝篋印塔(府指定有形文化財) |
| 法人番号 | 2120905002201 |
![]() 本山寺 本山寺 (大阪府) | |

本堂

宝篋印塔
歴史
寺伝によると、持統天皇10年(696年)に役小角が葛城山で修行中に北西に紫雲のたなびくのを見て霊験を感じ、北摂の山に来て自ら毘沙門天像を彫り、堂を建てて修験の道場として開山したのが始まりと伝えられている。その後、宝亀年間(770年 - 781年)に光仁天皇の子・開成皇子が諸堂宇を建立して本格的な仏教寺院として創建したと伝えられている[1]。
また、当寺は院号を霊雲院といい、南方に位置する神峯山寺の奥の院ともいうが、本山寺の縁起によれば神峯山寺とは別寺とされている。本山寺の寺号は戦国時代の記録には見えており、当寺と神峯山寺との関係は明確でない[2]。しかし、北摂三山寺として、根本山と号する神峯山寺、南山と号する安岡寺とともに北山と号して天台宗に属している。
戦国時代には、松永久秀がこの寺で立身出世を祈願し、その後望みがかなったことから久秀の生誕地ともされる五百住(よすみ)にある所領の良田を寄進しているほか、芥川山城より畿内に権勢を奮っていた三好長慶や、キリシタン大名としても知られる高山友照・右近父子、甲斐国の武田信玄による信濃侵攻により駆逐され三好家に身を寄せていた前信濃守護・小笠原長時らが寺領の安堵状を出している[3]。
天正10年(1582年)の山崎の戦いの際に高山右近の兵火に罹り焼失したが、慶長8年(1603年)に豊臣秀頼が鐘楼や中の門などを再建した。
境内
文化財
高槻市指定文化財
- 木造不動明王立像 - 1998年(平成10年)10月、市の有形文化財に指定。
- 本山寺文書 2巻 11通 - 1974年(昭和49年)3月、市の有形文化財に指定。高槻市立しろあと歴史館寄託。
前後の札所
交通アクセス
脚注
- 『日本歴史地名大系 大阪府の地名』、pp.134 – 35
- 『角川日本地名大辞典 大阪府』、p.1107
- 『日本歴史地名大系 大阪府の地名』、pp.134 - 135
参考文献
- 『日本歴史地名大系 大阪府の地名』、平凡社、1986
- 『角川日本地名大辞典 大阪府』、角川書店
外部リンク
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