海神社 (西ノ島町)
海神社(かいじんじゃ[1])は、島根県隠岐郡西ノ島町別府に鎮座する神社。別府港の東方、黒木御所跡の北方に鎮座する旧村社で『延喜式神名帳』に載せる「海神社 二座」に比定されている(式内社論社)。
| 海神社 | |
|---|---|
![]() 海神社・拝殿(西ノ島) | |
| 所在地 | 島根県隠岐郡西ノ島町別府409 |
| 位置 | 北緯36度06分51秒 東経133度02分45.9秒 |
| 主祭神 | 不詳 |
| 社格等 | 式内小社・旧村社 |
| 創建 | 不明 |
| 本殿の様式 | 隠岐造銅板葺 |
| 例祭 | 7月21日 |
| 主な神事 |
神幸祭(船渡御祭)(隔年7月21・22日) 御蒸祭(秋季大祭)(10月21日) |
祭神
不詳。
当神社の文献上の初見は元禄16年(1703年)の『島前村々神名記』で[2]、そこに「別府村 六社大明神」と載せてこれを式内「海神社」に比定し、「志賀三社一座、住吉三社一座」を祀るとしている。『式神名帳』の2座を綿津見三神と住吉三神に充て、それぞれ3柱の計6柱を祀るとする訳で、明治2年(1869年)の『島前旧社取調帳』にも9寸程の神像が6躯あると報告されている。また、明治初めの当神社神主の報告には、明治まで祭神を「ワタツミノカミノヤシロフタクラ」と唱えて来たともいうが[3]、明治5年に式内「海神社」と定められて以来、「祭神不詳」とされている。なお、上記『旧社取調帳』には神像6躯とは別に紐鏡が2面あると報告されているので、当神社が確かに式内社であればこの紐鏡2面が本来の「海神社 二座」の御霊代であった可能性があり、古唱の「ワタツミノカミノヤシロフタクラ」は「少童神、二座」を意味するもので、本来の祭神は少童神であった可能性が指摘されている[4]。
由緒
本殿の背後に古墳があり、境内隣接地からは黒曜石製の石鏃等が出土していることから、古くからの社地であったらしく、事実式内社であるとすれば先住の海人が祀ったものとも思われ[5]、また、国内神名帳である『隠州神名帳』に「従三位上 海原明神」と「従四位上 云海彦明神」が見えるので、このいずれかである可能性もあるが[6]、近世以前の由緒、沿革は不詳とするほかなく、式内社の比定にも異説がある(後述)。
近世になって六社大明神と称されたことが確認でき、上述『島前村々神名記』以降式内社に比定された。明治5年10月に社名を「海神社」に改めて村社に列し、以後鎮座地別府の氏神として崇められている。
祭祀
神事
境内社
伊勢社、稲荷社
脚注
参考文献
- 式内社研究會編『式内社調査報告』第21巻 山陰道4、皇學館大學出版部、昭和58年
外部リンク
- 西ノ島の神社(松浦康麿)(焼火神社)(平成21年9月12日閲覧)
