淀橋
淀橋(よどばし)は、東京都新宿区と中野区の境の神田川に架かる青梅街道上の橋。および東側にある交差点の名称、現在の新宿駅西口の一帯(新宿区西新宿)を指す地域の旧称でもある。
| 淀橋 | |
|---|---|
![]() 2009年の様子 | |
| 基本情報 | |
| 国 |
|
| 所在地 | 東京都新宿区 - 中野区間 |
| 交差物件 | 神田川 |
| 座標 | 北緯35度41分47.6秒 東経139度41分12.5秒 |
| 関連項目 | |
| 橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式 | |

新宿駅(1925年)
元々は青梅街道の南側に広がる農村であったが、新宿駅の発展とともに、駅周辺を中心とする繁華街が形成された。さらに、1960年代後半以降の淀橋浄水場跡の開発(新宿副都心計画)により超高層ビルが林立するオフィス街へと発展した。1990年、東京都庁が千代田区丸の内からこの地に移転し、現在では副都心(新都心)と呼ばれる。
橋
名称
淀橋(橋の名称)はかつて姿見ずの橋、面影橋などと呼ばれていたが[1]、「淀橋」となった理由にはさまざまな説がある。
- 「姿見ずの橋」は中野長者伝説から来たもので[2]、花嫁はこの橋を渡ると行方不明になるという言い伝えがあった。
淀橋地域
沿革
- 1889年(明治22年)5月 - 市制町村制に先立ち、南豊島郡柏木村・角筈村・内藤新宿添野町のうち二番地が合併して、南豊島郡淀橋町となる[3]。また、これに隣接して大字柏木字淀橋姿(これで「よどばし」と読む)も同時期に存在した。
- 1896年(明治29年) - 南豊島郡が廃止され、豊多摩郡となる[4]。淀橋町には豊多摩郡役所が置かれた[5]。
- 1922年(大正11年)12月11日 - 西武軌道の角筈(新宿駅西口) - 淀橋間が開通[6]。
- 1932年(昭和7年)10月1日 - 淀橋町・大久保町・戸塚町・落合町が合併して淀橋区となり、東京市の区として発足した[7]。大字角筈のうち以下の字(淀橋・本村・砂利場・二軒家前・長町・東田・豊水・鷹場・谷中前)の区域が淀橋区淀橋となる。
- 1947年(昭和22年)3月15日 - 淀橋区が、四谷区・牛込区と合併して新宿区となる[8]。新宿区淀橋として地名が存続。
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 新宿区淀橋の名称が住居表示の実施により消滅、西新宿五丁目、西新宿六丁目(公園通り西側)、西新宿二丁目と西新宿四丁目(それぞれ一部)になる。
脚注
- 江戸名所図会 1927, p. 485.
- 淀橋市場のご紹介 - 東京都中央卸売市場
- 新修新宿区史編集委員会 1967, pp. 116–117.
- 新修新宿区史編集委員会 1967, p. 117.
- 新修新宿区史編集委員会 1967, p. 165.
- 一般国道20号と地域の歴史 - 東京国道事務所
- 新修新宿区史編集委員会 1967, pp. 166–167.
- 新修新宿区史編集委員会 1967, p. 226.
- 新修新宿区史編集委員会 1967, p. 152.
参考文献
- 斎藤長秋 編「巻之四 天璣之部 淀橋」『江戸名所図会』 2巻、有朋堂書店〈有朋堂文庫〉、1927年、480-481,485頁。NDLJP:1174144/245。
- 新修新宿区史編集委員会 編『新修新宿区史』東京都新宿区役所、1967年3月。NDLJP:3002679。(要登録)
関連項目
This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.









