瀬谷駅

瀬谷駅(せやえき)は、神奈川県横浜市瀬谷区瀬谷四丁目にある、相模鉄道相鉄本線である。駅番号SO13

瀬谷駅
南口バス乗り場(2024年3月)
せや
Seya
SO12 三ツ境 (1.9 km)
(1.9 km) 大和 SO14
所在地 横浜市瀬谷区瀬谷四丁目1-1
北緯35度28分13秒 東経139度28分57秒
駅番号 SO13
所属事業者 相模鉄道
所属路線 相鉄本線
キロ程 15.5 km(横浜起点)
電報略号 セヤ
駅構造 地上駅橋上駅
ホーム 2面4線
乗降人員
-統計年度-
[相鉄 1]37,765人/日
-2022年-
開業年月日 1926年大正15年)5月12日

歴史

神中鉄道瀬谷駅(1927年頃)

駅名の由来

開業時の駅の所在地「鎌倉郡瀬谷村大字瀬谷」から。なお、瀬谷の地名の由来については「瀬谷区#地名の由来」を参照のこと。

駅構造

島式ホーム2面4線を有する地上駅。海老名寄りのみ、上り線より下り線に転線する片渡り線が設置されている。橋上駅舎を持っている。なお、橋上駅舎化以前は南北それぞれに駅舎があり、ホーム間を跨線橋で連絡していた。

2012年3月までは相対式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線の形を取っていたが、3番線は貨物列車が運行していた頃に待避線として使用されていた。そのため、当時は下り列車同士の待避も可能とするため、下り線には上り線に転線可能な渡り線が設けられていた。しかし貨物列車が廃止されて以降は通常使用されなかった。

相鉄新横浜線を介したJR線・東急線とそれぞれ相互乗り入れする都心直通プロジェクト(神奈川東部方面線も参照)に伴い、下り線側に線路を新たに整備して上下線とも待避可能な2面4線にする工事が行われた。

  • 2012年4月 新設の下り待避線を新1番線とする番線変更が行われた(旧1番線⇒新2番線、旧2番線⇒新3番線、旧3番線⇒新4番線)。
  • 2012年4月29日 本線の改良工事に伴い2・3番線の使用を停止し1・4番線を使用する運用に変更
  • 2013年5月19日 再整備が完了したことから2013年5月19日より発着番線が2・3番線に変更。なお特急運行開始時の2014年4月27日のダイヤ改正では1・4番線の旅客利用はされていなかった。
  • 2015年5月31日 ダイヤ改正により、上り線にて、平日朝の特急による急行・快速の追い抜きを開始。
  • 2019年11月30日 ダイヤ改正により、下り線においても午前中の特急による急行・快速・各駅停車の追い抜きを開始
  • 2023年3月18日 ダイヤ改正以降は、平日・土休日とも朝夕を中心に特急または通勤特急の追い抜きを実施している。

一部の回送列車は当駅の1、4番線で停車または待避を行う列車が設定されている。

2022年3月12日現在、1番線、4番線にそれぞれ10両編成が1本ずつ夜間滞泊を行っており、平日下りについては当駅始発の列車に充当される。

駅構内には、stationIST(イスト)やファミリーマートといった商業施設がある。

戦時中は海軍道路沿いに鉄道の引き込み線があった。その分岐点はかつて当駅から存在していた二ツ橋駅方面に近い位置にあり、横浜市立瀬谷中学校の敷地を通過して海軍道路に通じていた。

2007年12月にICカード専用改札機が導入された。

2面4線化の整備

神奈川東部方面線構想に伴い相鉄本線に二俣川以西も通過運転を行う速達列車を運行させる計画のため、上り線のみにある待避線を2010年4月から下り線にも敷設して4線化させる工事を開始した。当駅は昔からホームの2面4線化が想定されており、新駅舎自体に待避線を設ける空間は確保されていたが、列車の編成が長大化したことから線路沿い南側のそうてつローゼンなどを閉店し、また駐輪場を一時移設した上で敷地を確保した。当初は2011年3月に完成する予定だったが、下り待避線の線路と架線を敷設した後は上り待避線を撤去して再整備が行われ、同年夏に構内工事が完成、その後も本線や分岐線を撤去しつつ再整備を行っており工事は継続され、2013年12月をもって整備は終了した。

ギャラリー

のりば

番線路線方向行先[3]
1・2 SO 相鉄本線 下り 海老名方面
3・4 上り 横浜湘南台二俣川のりかえ)羽沢横浜国大方面
  • 2・3番線が主本線で、1・4番線は待避線(副本線)である。

利用状況

2022年度の1日平均乗降人員37,765人である[相鉄 1]。相鉄線全27駅中第8位。

近年の1日平均乗降・乗車人員推移は下表の通り。

年度別1日平均乗降・乗車人員[* 1]
年度 1日平均
乗降人員[* 2]
1日平均
乗車人員[* 3]
出典
1980年(昭和55年) 21,049 [横浜市統計書 1]
1981年(昭和56年) 21,310 [横浜市統計書 1]
1982年(昭和57年) 21,436 [横浜市統計書 1]
1983年(昭和58年) 21,448 [横浜市統計書 1]
1984年(昭和59年) 21,690 [横浜市統計書 1]
1985年(昭和60年) 21,934 [横浜市統計書 1]
1986年(昭和61年) 22,433 [横浜市統計書 1]
1987年(昭和62年) 22,746 [横浜市統計書 1]
1988年(昭和63年) 23,255 [横浜市統計書 1]
1989年(平成元年) 23,345 [横浜市統計書 1]
1990年(平成02年) 23,186 [横浜市統計書 1]
1991年(平成03年) 22,972 [横浜市統計書 1]
1992年(平成04年) 22,545 [横浜市統計書 1]
1993年(平成05年) 22,471 [横浜市統計書 1]
1994年(平成06年) 22,277 [横浜市統計書 1]
1995年(平成07年) 22,049 [横浜市統計書 1]
1996年(平成08年) 21,364 [横浜市統計書 1]
1997年(平成09年) 20,701 [横浜市統計書 1]
1998年(平成10年) 20,424 [横浜市統計書 1]
1999年(平成11年) 40,554 20,370 [神奈川県統計 1]
2000年(平成12年) 40,330 20,346 [神奈川県統計 1]
2001年(平成13年) 40,368 20,437 [神奈川県統計 2]
2002年(平成14年) 40,101 20,375 [神奈川県統計 3]
2003年(平成15年) 40,018 20,358 [神奈川県統計 4]
2004年(平成16年) 40,711 20,743 [神奈川県統計 5]
2005年(平成17年) 41,517 21,164 [神奈川県統計 6]
2006年(平成18年) 41,472 21,145 [神奈川県統計 7]
2007年(平成19年) 42,400 21,559 [神奈川県統計 8]
2008年(平成20年) 43,162 21,902 [神奈川県統計 9]
2009年(平成21年) 42,834 21,715 [神奈川県統計 10]
2010年(平成22年) 42,887 21,728 [神奈川県統計 11]
2011年(平成23年) 42,194 21,377 [神奈川県統計 12]
2012年(平成24年) 42,866 21,703 [神奈川県統計 13]
2013年(平成25年) 43,860 22,195 [神奈川県統計 14]
2014年(平成26年) 43,630 22,027 [神奈川県統計 15]
2015年(平成27年) 44,474 22,429 [神奈川県統計 16]
2016年(平成28年) 44,358 22,348 [神奈川県統計 17]
2017年(平成29年) 44,491 22,406 [神奈川県統計 18]
2018年(平成30年) [相鉄 2]44,738 22,474 [神奈川県統計 19]
2019年(令和元年) [相鉄 3]44,085 22,215 [神奈川県統計 20]
2020年(令和02年) [相鉄 4]34,150 17,168 [神奈川県統計 21]
2021年(令和03年) [相鉄 5]35,684 17,920 [神奈川県統計 22]
2022年(令和04年) [相鉄 1]37,765 18,948 [横浜市統計書 1]

駅周辺

概要

戦後しばらくの間は、商業施設は南口のスーパーマーケットなどが主であり、貸し自転車店や風呂桶店があった。金融機関は横浜南農協と瀬谷郵便局だけであった。北口は戸塚区役所瀬谷支所・横浜市立瀬谷小学校横浜市立瀬谷中学校・瀬谷消防署・瀬谷北郵便局などが主だった施設であった。

1950年代後半に横浜市は瀬谷の市街地造成を打ち出したが、上瀬谷通信施設周辺の工場化・住宅化を嫌った在日米軍が基地周囲に電波緩衝地区の設定を要求、1959年には当駅を含む極めて広範囲に電波規制と建設規制が布かれ、開発が遅れることとなった。

1970年代になると、金融機関は南口に横浜信用金庫、北口に横浜銀行が出店し、その後北口にも八千代信用金庫、南口にも静岡銀行(その後撤退)が進出した。スーパーマーケットは北口に西友(2006年閉店)が出店し、南口の相模鉄道資材置き場跡地にも相鉄ストアが出店した。同年代半ば以降には北口にバス乗り場が設置され、相模鉄道バスは細谷戸団地行、神奈川中央交通戸塚駅東口行、鶴間駅行、原町田行の路線が乗り入れていた。また、ダイオー(ラオックス)も開店した。

1983年に放映された『早春スケッチブック』の舞台となった希望ヶ丘駅周辺と共に、主人公が八千代信用金庫瀬谷支店の渉外課長という設定で、同支店と北口広場でロケ撮影が行われた。他には、南口から少し離れた厚木街道沿いにある洋食レストラン「シオタ」でもロケ撮影が行われた。

冷戦終結後の1994年に電波規制が解除されると当駅周囲の再開発が行われ、北口の再開発1988年事業計画決定・2000年事業完了)は店舗が少ないこともあって順調に進み、4棟のマンションが建設されるなど一部地域を除いてほぼ完成している。またスーパーマーケットでは1999年マルエツ、翌2000年ユータカラヤが出店した。さらに1998年には相鉄駐車場ビルが完成し、1階が「瀬谷駅北口交通広場」(バス・タクシー乗り場)となっている。

2009年4月より駅北側(元:ダイソーから宝くじ売り場付近)に地上3階建ての商業ビルを建設し、2010年7月1日に「スマイルストリート瀬谷」として開業した[4]

一方、南口の再開発(1988年事業計画決定、1991年「瀬谷駅南口街づくり協議会」発足)は権利関係などが絡んで大きく遅延しており、2000年代に入ってからは一部商店が閉店し、跡地が駐車場・駐輪場となった箇所も見られ、北口や環状4号線沿いの賑わいに比べて活気がなくなっていた。しかし、2010年代半ばになると都市計画の決定や再開発組合の設立など再開発に向けて大きく進展・計画も具体化しており、2019年8月の着工と2021年9月の竣工を目指して都市型住宅・商業施設・公益施設(区民文化センター)からなる地下1階・地上10階建ての複合再開発ビルの建設が進められた。また、これに合わせて新たに駅前広場(バス・タクシー乗り場)も整備された[5][6][7]

2005年の環状4号線の部分開通で跨線橋が仮設(仮高架化)され、交通量は増加傾向にある。この他、駅周辺の観光資源として瀬谷八福神があり、年始になると、その窓口として瀬谷八福神めぐりスタンプブック(御朱印帳)の販売なども行われる。

駅前の雑居ビル2Fに八重樫東経営のスポーツバー「居酒屋ダイニングカウント8」があるが、客足が伸びず赤字続きであったかとから『坂上&指原のつぶれない店』で丹道夫の指導による経営改革が行われ、2019年11月に放映されている。

北口

南口

ギャラリー

バス路線

交通広場(バスターミナル)は北口と南口の2か所にあり、神奈川中央交通(一部は神奈川中央交通東に委託)のバス路線が乗り入れている。下記の路線以外に、かつては戸塚駅東口や町田バスセンターまで神奈川中央交通の路線が運行されていた。この他、南口より銀座通りを経由して下瀬谷行きの相模鉄道バスが運行されていた時期もある。

北口

停留所名は「瀬谷駅」である。2番乗り場からの細谷戸線(瀬31系統)はかつて相模鉄道バスが運行していたが、2007年12月に路線撤退を発表し、翌2008年8月16日から神奈川中央交通へ移譲されている。

各路線の詳細は神奈川中央交通東・大和営業所を参照。

南口

停留所名は「瀬谷駅南口」である。再開発により2022年4月1日から南口広場が供用開始となり、泉区方面の路線が発着するようになった。

各路線の詳細は神奈川中央交通戸塚営業所を参照。

その他

横浜市では、当駅から北方向にある在日米軍上瀬谷通信施設跡地(2015年6月に返還)を結ぶアクセス鉄道として、AGT路線「上瀬谷ライン(仮称)」の新設を検討している[8][9]

相模鉄道では将来的に地下駅化する構想もあり、瀬谷区のマスタープランによると、「半地下計画」とされている。

隣の駅

相模鉄道
SO 相鉄本線
特急
通過
通勤急行(平日上りのみ運転)・快速・各駅停車
三ツ境駅 (SO12) - 瀬谷駅 (SO13) - 大和駅 (SO14)
  • 当駅 - 三ツ境駅間には、1960年まで二ツ橋駅が存在していた。

脚注

注釈

  1. 駅の北側には構内線(ヤード)があった。現在の北口広場と中学校付近である。このうち一部は海軍道路に沿って海軍関連施設へと引き込まれていた。
  2. 同日から労働組合がストライキを計画していたため、新駅舎オープンの貼り紙とストライキ告知の貼り紙が同時に掲出された中での切り替えであった。結局早朝始発から数本が運休となり、スト解除後の駅舎オープンとなった。

記事本文の出典

  1. 瀬谷駅2・3番線のホームドアの運用を開始します”. 相模鉄道 (2022年3月17日). 2022年3月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年3月18日閲覧。
  2. 瀬谷駅1・4番線のホームドアの運用を開始します”. 相模鉄道 (2022年7月7日). 2023年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年8月2日閲覧。
  3. 瀬谷 駅構内マップ”. 相模鉄道. 2023年6月5日閲覧。
  4. 相鉄線瀬谷駅北口に複合商業施設 7月1日(木)、「スマイルストリート瀬谷」がオープン (PDF) (株式会社相鉄アーバンクリエイツ 2010年5月13日)
  5. 2018年に大きく変わる瀬谷駅南口、再開発計画の内容は?はまれぽ.com 2015年7月12日)
  6. 瀬谷駅南口第1地区再開発 既存建物の解体始まる 21年夏のビル竣工へタウンニュース 2019年1月10日号)
  7. 瀬谷区 瀬谷駅南口1再開発 8月着工へ建通新聞 2019年5月14日/神奈川)
  8. 横浜の米軍跡地に新交通システム案 相鉄・瀬谷駅と結ぶ”. 朝日新聞(2020年1月12日作成). 2020年1月26日閲覧。
  9. 米軍跡地へ新交通、2駅整備へ 横浜市、22年事業着手”. 朝日新聞(2020年1月26日作成). 2020年1月26日閲覧。

利用状況の出典

相模鉄道の1日平均利用客数
  1. 相鉄グループ要覧2023-2024 (PDF) (Report). p. 69. 2023年10月22日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年10月22日閲覧
  2. 相鉄グループ要覧2019-2020 (PDF) (Report). p. 16. 2023年10月22日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年10月22日閲覧
  3. 相鉄グループ要覧2020-2021 (PDF) (Report). p. 17. 2020年9月27日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年10月22日閲覧
  4. 相鉄グループ要覧2021-2022 (PDF) (Report). p. 19. 2021年12月1日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年10月22日閲覧
  5. 相鉄グループ要覧2022-2023 (PDF) (Report). p. 18. 2023年10月22日時点のオリジナル (pdf)よりアーカイブ。2023年10月22日閲覧
私鉄の統計データ
  1. 横浜市統計書 - 横浜市
  2. レポート - 関東交通広告協議会
  3. 神奈川県県勢要覧 - 神奈川県
神奈川県県勢要覧
  1. 平成13年 (PDF) - 227ページ
  2. 平成14年 (PDF) - 225ページ
  3. 平成15年 (PDF) - 225ページ
  4. 平成16年 (PDF) - 225ページ
  5. 平成17年 (PDF) - 227ページ
  6. 平成18年 (PDF) - 227ページ
  7. 平成19年 (PDF) - 229ページ
  8. 平成20年 (PDF) - 233ページ
  9. 平成21年 (PDF) - 243ページ
  10. 平成22年 (PDF) - 241ページ
  11. 平成23年 (PDF) - 241ページ
  12. 平成24年 (PDF) - 237ページ
  13. 平成25年 (PDF) - 239ページ
  14. 平成26年 (PDF) - 241ページ
  15. 平成27年 (PDF) - 241ページ
  16. 平成28年 (PDF) - 249ページ
  17. 平成29年 (PDF) - 241ページ
  18. 平成30年 (PDF) - 225ページ
  19. 令和元年 (PDF) - 225ページ
  20. 令和2年 (PDF) - 225ページ
  21. 令和3年 (PDF) - 217ページ
  22. 令和4年 (PDF) - 221ページ
横浜市統計書 9運輸 -鉄道、軌道駅別利用人員

関連項目

外部リンク

This article is issued from Wikipedia. The text is licensed under Creative Commons - Attribution - Sharealike. Additional terms may apply for the media files.