相生町 (会津若松市)
相生町(あいおいまち)は、福島県会津若松市の町。郵便番号は965-0031[2]。
相生町 | |
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![]() 相生町(かつての博労町付近の様子) | |
![]() 相生町 相生町の位置 | |
| 北緯37度30分4.8秒 東経139度56分6.1秒 | |
| 国 |
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| 都道府県 |
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| 市町村 |
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| 人口 | |
| • 合計 | 522人 |
| 等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
| 郵便番号 |
965-0031[2]。 |
| 市外局番 | 0242[3] |
| ナンバープレート | 会津 |
地理
会津盆地南東部に位置する会津地方の中心都市、会津若松市の北西部に位置する。周辺の地域とともに阿賀川の支流、湯川、溷川などやその支流により形成された扇状地上に発達した会津若松市街地の一部である。東は旭町、行仁町、西は昭和町、馬場本町、南は上町、北は蚕養町に接する。
歴史

甲賀町
甲賀町(こうかまち)は若松城下の城郭外北部、当時の上町に属する町で、南側は甲賀町口、北側は滝沢組町に接する幅4間あまりの通りであった。傍出町として大工町があったほか、甲賀町は文禄年間の成立で、蒲生氏郷が日野(近江)から移住した商工業者を置いた町であるとされる。このため、かつては日野町と呼ばれていたが、加藤氏が甲賀町と改称したとされる[5]。
博労町
博労町(ばくろうまち)は若松城下の城郭外北部、当時の上町に属する町で、南側は六日町、北側は滝沢町に接する幅5間の通りであった。町名はかつて住民の多くが博労であったことによるとされる。また、当町は新町に属していた時期があった。新町とは蒲生氏郷による町割り以後にできた町で、文禄年間に新しくできたとされている。当町では馬市があったが、のちに行人町に移り、貞享年間には米屋、酒屋、塩屋、茶屋、麹屋、質屋、大工などの職業が見られている[6]。
中六日町
中六日町(なかむいかまち)は、若松城下の城郭外北部、当時の上町に属する町で、南側は本郷町、北側は滝沢組町に接する幅4間の通りであった。また、西側には博労町が位置していたほか、職人、商人などが多く住んでいたとされる[7]。
五之町
五之町(ごのまち)は、若松城下の城郭外北部、当時の上町に属する町で、西側の大町から馬場町を経て東側の中六日町に至る幅3間の通りであった。また、四之町の北に位置していたほか、五之町には元禄年間に移った臨済宗実相寺があった。西側の大町から馬場町までを下五之町、東側の馬場町から中六日町までを上五之町といった[8]。
施設
学校
神社、寺院、史跡など
寺院
- 自在院
脚注
- “会津若松市の住基人口(平成29年8月1日現在)”. 会津若松市 (2017年8月3日). 2017年8月9日閲覧。
- 郵便番号
- “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- 角川日本地名大辞典 7 福島県 p906, 1983
- 角川日本地名大辞典 7 福島県 p346, 1983
- 角川日本地名大辞典 7 福島県 pp660-661, 1983
- 角川日本地名大辞典 7 福島県 p606, 1983
- 角川日本地名大辞典 7 福島県 p368, 1983
- 会津バス - 路線図


