紀元前200年
紀元前200年(きげんぜん200ねん)は、ローマ暦の年である。ローマ建国紀元554年、プブリウス・スルピキウス・ガルバ・マクシムスとガイウス・アウレリウス・コッタの年[1]。
| 世紀 | 前3世紀 - 前2世紀 - 前1世紀 |
|---|---|
| 十年紀 |
前220年代 前210年代 前200年代 前190年代 前180年代 |
| 年 |
前203年 前202年 前201年 紀元前200年 前199年 前198年 前197年 |
できごと
紀元前200年頃の東半球の情勢

地中海世界中部以西では共和政ローマとイリュリア王国が、北アフリカでは、カルタゴ、ヌミディア王国、マウレタニア王国、および、ベルベル人が勢力を張っている。ヨーロッパ大陸には、ケルト人、ゲルマン人、スラブ人、バルト人、フィン人、トラキア人(ダキア人)、ゲタイ等が勢力を張る首長制社会と、極北に住むサーミ人、フィン・ウゴル諸族等による狩猟採集社会がある。東アフリカではナイル川中流域のメロエ王国やエチオピアのアクスム王国が繁栄。地中海世界東部および古代オリエントではアレクサンドロスの王国旧領が分裂しつつも勢力を保っている。中央アジアではパルティア王国に代表される連邦国家群のほか、スキタイ、サルマタイ、サカ等の遊牧社会も目立つ。インド以東のアジアでは、インドのマウリヤ朝マガダと中国の漢王朝(前漢帝国)が二大帝国を築いている。漢の北では遊牧国家・匈奴が猛威を振るい、南では閩越国と南越国が栄えている。朝鮮半島では古朝鮮に加えて辰国が興っていたともされる。日本列島は、弥生文化による農耕社会の西日本と、狩猟採集社会が続く東日本に分かれている。
図説から外れるが、西半球では、メソアメリカでオルメカ文明とマヤ文明が、南アメリカではナスカ文化が栄え、ティワナク文化が揺籃期を迎えている。
図説から外れるが、西半球では、メソアメリカでオルメカ文明とマヤ文明が、南アメリカではナスカ文化が栄え、ティワナク文化が揺籃期を迎えている。
共和政ローマ
古代オリエント
- 一説に紀元前200年頃、グレコ・バクトリア王国の第3代国王エウテュデモス1世が死去し、一子・デメトリオス1世が即位する。
脚注
注釈
出典
参考文献
- T. R. S. Broughton (1951). The Magistrates of the Roman Republic Vol.1. American Philological Association
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